茶会
ニューヨーク郊外の骨董品店で、リリー・ダンフォードはあるティーセットに目を奪われた。
淡い桜色の磁器に金の縁取り。カップとソーサーが六組揃い、細工は緻密。
古びた木箱に収められ、ひと目で分かるほど時代の重みがあった。
「これ、どこの製品かわかる?」
リリーが店主に尋ねると、年老いた男性はためらいがちに答えた。
「持ち主が、行方不明になってね……。その家ごと競売にかけられたのさ」
奇妙な話だったが、リリーはそれを購入した。理由は、夢で見たのと同じティーセットだったから。
それ以来、彼女は毎晩ティータイムを楽しむようになった。
茶葉はアッサム、砂時計で3分。静かな時間。
不思議と心が落ち着くのだった。
だがある夜、ポットに注いだ湯が淡く赤く濁っていた。
茶葉のせいかと気にせず飲んだが、舌にどこか鉄のような味が残る。
次の夜も、次の夜も、同じようにお茶はわずかに赤い。
やがてティーカップの底に、髪の毛のような繊維が混じるようになった。
「フィルターが壊れてるのかしら…」
洗っても洗っても、ティーセットには薄紅色のしみが浮かぶ。
ある日、夢を見た。
リリーは見知らぬ屋敷のサンルームで、誰かとお茶を飲んでいた。
相手は顔のない女。
彼女は口のない顔で笑い、ティーカップを差し出す。
「いただいて……わたしの、こころ……」
目が覚めると、喉が焼けるように渇いていた。
起き抜けにお茶を淹れると、ポットから鮮明な赤茶色の液体が流れ出た。
それはもう、紅茶の色ではなかった。
リリーはある夜、ティーセットを洗いながらふと気づいた。
カップの内側に、微かに彫られた文字がある。
AMELIA
——名前だった。
調べてみると、この名前の持ち主、アメリア・グリーンという女性が1920年代に実在していた。
婚約者と暮らすはずだった館で、彼女は毒入りの紅茶を飲んで死亡している。
不審死だったが、男は失踪し、事件は迷宮入りとなった。
その晩、リリーはいつものようにお茶を淹れた。
だが湯を注いだ瞬間、カップの内側から赤い液体が溢れた。
そしてテーブルの上に置いた6つのカップのうち、ひとつが勝手に揺れ始める。
カチン、カチン、カチン……
まるで誰かが席に着いたかのように。
やがて揺れるカップが傾き、中の液体がテーブルにこぼれる。
そのしみは、はっきりと人の顔のような形になった。
口を開け、無言で叫ぶ女の顔。
リリーは恐怖に震えながらも、セットを箱に戻し、屋根裏へ封印した。
けれどその夜から、6つのカップすべてが夢に現れるようになった。
顔のない女が1つずつカップを手に取り、無音でリリーに言う。
「ひとつ、たりない……あなたが座って」
やがてリリーは、お茶を飲まずにいられなくなった。
朝も、昼も、夜も、カップの中に何があろうと、彼女は飲んだ。
熱く、重く、甘い香りがするそれを。
だが毎回、ティーセットの数がひとつずつ増えていった。
屋根裏に封じたはずのティーセットが、食器棚に戻っているのだ。
ある日、リリーは失踪した。玄関に靴が残され、ドアは施錠されていた。
彼女の家を訪れた妹は、ティーセットがきれいに6組そろったテーブルを見て奇妙に思った。
その夜、妹は夢を見た。
顔のない女が、満面の笑みで彼女にティーカップを差し出していた。
「ようこそ。これで、六人そろったわ」