9.筋肉令嬢、毒見役は奪い合いです
「ふぁー、よく寝た」
外からの日差しが窓からチラつかせる。
目を覚ました私は、大きく体を伸ばす。
硬そうな寝床だったけど、意外にもぐっすりと寝られた。
長い移動と路上生活で身体が限界だったのかもしれない。
ちらりと隣を見ると、アシュレイはすでに目を覚ましていた。
「おはようございます!」
「ああ」
目が合うとすぐに逸らされてしまった。
どこか体調が悪いのか、顔色が悪く、目の下が黒くなっている。
私の寝相が悪かったのだろうか。
今まで同じ部屋で誰かと過ごしたことがないので、自分の寝相が悪いことも知らなかった。
明日から気をつけるか、部屋を変えてもらうことも視野に入れておこう。
「朝は何か訓練とかはありますか?」
「いや、朝は特にないぞ」
プロテイン公爵家では朝から走り込みをしていたが、騎士団では朝からの訓練はないようだ。
私は衣服を整えて、少しだけその場で体を動かす。
急に動くと体がうまく付いてこれないからね。
「どうかしましたか?」
「いや、何もない」
やけにアシュレイからの視線を感じたが、気のせいだろうか。
準備運動を終えた私は早速、屋敷の周囲から町の中を走ることにした。
屋敷の敷地内だけだと、何周もしないといけないからね。
「やっぱりどこも町として機能していないのかしら」
町の中はどこか静かで殺風景だ。
朝だから人が少ないのか、そもそも人が少ない町なのかわからない。
ただ、言えることは雰囲気がどことなく帝国のスラム街に近い。
昨日の見た親子はまだ裕福なのかもしれない。
現に私が走っていると、怪しげな視線を向けられている。
「あいつ人間か?」
「速すぎて霞んで見えるぞ……」
何か話しているようだが、走っている私の耳には聞こえない。
町の様子を確認しながらぐるりと一周した頃には、大体の町の規模と大きさを知ることができた。
屋敷に戻ると、なぜかガレスさんが入り口で待っていた。
「こんなところでどうしましたか?」
「おお、急に現れたからびっくりした」
しばらくガレスさんの前にいたのに、なぜか驚かしてしまった。
きっとガレスさんも立って寝ていたのだろう。
「ルシアン様の食事の時間だ」
ルシアン様の名前が出た瞬間、私は足に力を込めて走り出す。
目指すは大広間。
今頃ルシアン様がプロテインドリンクを求めて……はっ!?
「プロテインドリンクの材料がないわ……」
まさかこんな時に思い出すなんて……。
ルシアン様に仕える者として、そんな失態をするとは。
「おい、こんなところで何してるんだ?」
悩んでいる時に声をかけてきたのはアシュレイだ。
どこか怪しんだ目で私を見つめてくる。
「プロテインドリンクの材料がなくて……」
「ああ、あの見た目が泥水のやつか」
アシュレイの中でもプロテインドリンクの見た目はやはり泥水らしい。
それは泥水に失礼な気がする。
「ひどい……」
私のプロテインドリンクは泥水よりも、ドロドロしているわ。
泥水もプロテインドリンクと一緒にされたら、失礼ですものね。
「うぉ!? いや、決して悪く言っているわけではないからな。味はすごい美味かったぞ」
「本当ですか! これでアシュレイも虜だね!」
やっぱりアシュレイもプロテインドリンクが好きになったようだわ。
私はつい嬉しくなり、アシュレイの手を握る。
「ななな、なにやってんだよ!」
アシュレイはすぐに手を振り払って歩き出した。
「ねー、アシュレイー!」
「うるさい!」
アシュレイに声をかけるが、全く顔を合わせてくれなくなってしまった。
それにしても、アシュレイもどこに向かっているのだろうか。
「アシュレイはどこに行くんですか?」
「はぁー、ルシアン様の護衛だ」
「えっ、いいなー! 私も……あっ、私もルシアン様の食事に呼ばれていたんだった」
プロテインドリンクのことを考えていたが、そもそもルシアン様の食事に呼ばれていたんだった。
毒見役のために私を呼んだのかしら。
「ふふふ、楽しみだね」
「なぜ、あれを見て笑えるのか俺にはわからんな」
アシュレイはどこか思い詰めるような暗い表情をしていた。
せっかくルシアン様の護衛なのに、もったいないわね。
そんなことを思っていると、いつの間にか大広間に到着していた。
「アシュレイ到着しました!」
「……リリナ到着しました!」
大広間に着くと名前を伝えるようだ。
誰かわからない人を神聖なルシアン様の食事を見せるわけにはいかないものね。
「二人ともおはよう」
「「おはようございます!」」
私とアシュレイは一例する。
チラッと見えたテーブルの上にはパンとスープが置いてあった。
やはり食べるものが少ないようだ。
プロテイン公爵家では、朝から山のように肉と野菜を食べているからね。
「私は毒見役をすればいいですか?」
「ああ」
私は椅子に座ろとしたら、アシュレイに止められた。
「なぜ、お前がやる必要があるんだ?」
アシュレイはどこか驚いた顔をしていた。
まさかアシュレイも毒見役をしたいのだろうか。
唯一ルシアン様から与えられた、私の仕事をアシュレイは奪うつもりだ。
「これは私の仕事です!」
「なっ!? 俺はお前を心配して――」
「私の体は丈夫です!」
「いや、そういうことを言ってるわけではなくて……」
私とアシュレイが言い合いをしていると、ルシアン様はどこか面白そうに笑っていた。
「なら二人でやってもいいけど?」
「いや、これは私の仕事です!」
「それなら俺がやります!」
やはりアシュレイは私の仕事を奪う気だった。
ルシアン様に気に入られようとしたって、そうもいかないわ。
私は素早く移動して、パンを一口サイズにちぎるとすぐに口の中に入れる。
「おい!」
アシュレイの静止なんてお構いなし。
喉を焼けるような感覚もなく、むしろふっくらとしたパンで美味しい。
「毒はないので大丈夫です。むしろ……美味しいです!」
スープもパンと同じように毒はなかった。
ルシアン様もどこかホッとして、朝食を食べ始めた。
私はアシュレイの隣に戻ると、どこかもやもやした顔をしている。
「どうしたんですか?」
「……なぁ、さっきお前が食べたそのパンって……」
「すごくふっくらして美味しかったですよ!」
どうやらアシュレイもお腹が空いているのだろう。
昨日の夜も何も食べられずに、お腹が空いていたからね。
「それって……ルシアン様と間接キスじゃないか!?」
「……えっ?」
私はルシアン様が食べていたパンを見る。
確か手でちぎって食べたけど、直接口はつけていないはず。
それにルシアン様も直接はその部分を食べていない。
「別にそんなこと――」
「じゃあ、スープはどうなんだ?」
そういえば、スープを食べてからスプーンを変えたところは見ていない。
それに食器に毒が塗られている可能性を考えると……。
「「……」」
ルシアン様は沈黙の中、スープをそのまま口に入れる。
「ち、ちちち、違います! あれは毒見しただけで、決してルシアン様にやましい気持ちが……」
大きな目をパチパチとさせているルシアン様と目が合った。
ああ、私は決して間接キスがしたかったわけではない。
「わわわ、私がルシアン様とそんなことするなんて、神様が許さないです! 失礼します!」
あまりの恥ずかしさに私は大広間を後にした。
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