7.王子、プロテインドリンクに命をかける ※ルシアン視点
私は自室に戻ると、ベッドに横たわる。
彼のおかげでメイドを失わずに済んだ。
それだけでも肩の力がスッと抜ける。
食事を摂るのも命がけで、いつも気が抜けない。
すでに何人の人が私のために亡くなったのか……。
それを思うと、自分が生きている価値はあるのかと思ってしまう。
「くくく、まさか体が丈夫だからって、自ら毒を食べると思わなかったな」
今回は彼が名乗りをあげてくれて助かったが、次はどこで狙われるのかわからない。
それだけセラヴィア連邦王国の次期国王を決める戦いが激しくなってきた。
五つある連邦王国は、次期国王を決めるたびに各国の王候補が死んでいく。
それは王の決め方に問題がある。
各国の代表者はその国の一人。
もちろんこの国には私しか継げる人が生きていない。
その国の代表者が自国以外の人に投票して、セラヴィア連邦王国の国王を決める。
投票権は他にも現国王と各国の国民票があり、全部で十一票あることになる。
ただ、どちらも自国の代表者を選ぶのは目に見えている。
それを打破するのが協力と殺人だ。
互いに国同士が協力することもあれば、暗殺して代表者を減らし、別の国王候補に国民票を集めようとしたりと様々だ。
困っている国を助けた他の国の候補者は、新しい国王として投票する価値があるからな。
それだけ周囲の協力と国民票が重要になる。
「あの鏡に映る、子どもの姿も見慣れないな」
私もそんな国王決定の被害にあったその一人だ。
今回の国王候補になったタイミングで、何者かに呪いをかけられて子どもの姿になってしまった。
本来の姿は彼よりも少し年上ぐらいだ。
それなのに今は10歳にもなっていないような少年になってしまった。
だから、こんな中でも私の手足となって助けてくれる人物に声をかけていたが、彼はかなりの大当たりだった。
異質の存在なのは、目を瞑ることになりそうだけどな。
――トントントン!
「ルシアン様、特製プロテインドリンクを作ってきました!」
扉を叩く音とともに、彼の声が聞こえてきた。
『プロテインドリンク』と聞こえたが、何のことだろうか。
ドリンクだから飲み物なのはわかるが、毒が入っている環境で飲み物を飲むことすら恐怖に感じている。
「どうした?」
とりあえず、扉を開けると嬉しそうに立っているリリナがいた。
本当に犬みたいな彼についクスッと笑ってしまう。
「ふへっ! ルシアン様が笑ってる」
私が笑うだけで、彼は太陽のような笑顔を向けてくれる。
ただ、それよりもチラッと視界に入ってしまう『プロテインドリンク』ってのが気になる。
目に入っているものが、飲み物であれば泥水を私に飲ませる気だろうか。
本当に泥に似たような色だからな。
「あっ、ルシアン様もプロテインドリンクが気になりますか?」
「あっ……ああ」
気になってはいるが、私は飲みたくないという意味で気になっている。
ここは毒が怖いからという理由で――。
「毒は入っていないので安心してください」
私が断る前に先に言われてしまった。
どうしようか迷っていると、遅れてガレスがやってきた。
「はぁはぁ……リリナ、どうやってルシアン様の部屋がわかったんだ?」
「それぐらい気配でわかりますよ」
また彼は意味のわからないことを言い出した。
部屋の外から私の気配でどこにいるのかわかるものだろうか。
「「はぁー」」
呆れて私とガレスはため息をついた。
彼の様子からして、あれが彼の普通なんだろう。
毒を食べても効かず、拳を一振りしたら剣を簡単に折って、走ったら見えない速さで移動する。
どれもが普通ではないのに、彼は当たり前のようにやっている。
「それよりもルシアン様、プロテインドリンクですよ!」
そう言って彼は嬉しそうにコップを差し出してきた。
その様子はまるで、褒められたくて尻尾を振っている犬のようだ。
彼はまだあの泥水を私に飲ませる気だろう。
私はガレスに視線を向けるが、逸らして全く目を合わせようとしない。
一方、キラキラとした期待を帯びた彼の視線に私は覚悟を決めることにした。
「ああ、ありがとう……」
私はプロテインドリンクを手に取り、コップの中を覗く。
沸々と気泡が出ているのは毒ではないのか。
そう思わせる見た目に、口に入れるのも戸惑ってしまう。
「ルシアン様、リリナがいなければ今頃あのメイドはこの世に――」
「わかっておる!」
彼がいなければ、あのメイドは助からなかったからな。
チラッと見たガレスはどこか嬉しそうにしていた。
いつも私が迷惑をかけているから、ここぞとばかりに復讐するつもりだな。
私はこれでも次期国王を目指すこの国の代表者だ。
勢いよくコップを口元に近づけて、喉に流し込んでいく。
ああ、喉を通っていくのがこんなにも遅い飲み物が存在するのかと思うほど、ドロっとしている。
泥水よりも粘性が高く、喉にへばりつくような感覚に今すぐにでも吐き出したいほどだ。
だが、味は――。
「思ったよりも美味いんだな」
「はい! 見た目は悪いですが、味は褒められるんです!」
やはり見た目が悪いことは彼も知っているようだ。
味はどことなくチキンスープに似ている。
飲み物として飲むのは抵抗あるが、スープだと思えばまだマシだ。
目を瞑ってしまえば泥水みたいなのはわからないからな。
「ルシアン様、私にも一口いただけますか?」
ガレスも少し興味が出てきたのだろう。
そのままコップを渡すと、ガレスも一口飲んだ。
「本当に見た目が悪いだけなんだな……」
ガレスも私と同じように驚いていた。
「おかわりもあるので、また欲しくなったら教えてくださいね」
そう言って、嬉しそうにスキップしながらリリナは去って行った。
床が少しひび割れているが、そこは見ていなかったことにしておこう。
きっとあれが彼の普通なんだろうからな。
「本当に変わったやつだな」
「ルシアン様が拾ってきたんですからね」
「人聞きの悪い。彼はたまたま付いてきただけだ」
ガレスはまるで私が悪いかのように、ジーッとこっちを見つめてくる。
彼はマッチョを売っていたから、私が買っただけだ。
優秀な人材は集めておいて損はないからな。
「ルシアン様……」
「どうしたんだ?」
「鏡を見てください!」
ガレスはすぐに鏡を持ち出してきた。
ジーッと見つめていたのは、私の口にプロテインドリンクがついていたからか。
私は拭き取ろうと、手を口元に持ってこようとしたら、違和感を覚えた。
「ガレス、鏡を貸してくれ!」
鏡を受け取ると、私は自分の姿を確認する。
「呪いが……解けたのか?」
そこに映るのは若い頃の私だった。
普段の少年の姿から、少しだけ成長した姿をしている。
手が大きくなっていたように感じたのは、気のせいではなかった。
「プロテインドリンクが呪いを打ち破ったのか……?」
私とガレスの視線がコップの底に僅かに残っているプロテインドリンクに向く。
彼が作ったものなら、そういうことも起こる可能性がある。
私とガレスはそう思った。
「ははは、彼は神様か!」
まだ本来の姿ではないが、懐かしい姿につい笑いが止まらない。
このままプロテインドリンクを飲み続ければ、呪いはなくなるかもしれない。
そう思うと、真っ暗だった道が照らされたような気がした。
「ガレス、絶対に彼を逃すんじゃないぞ!」
「ええ、むしろルシアン様を好いているので、大丈夫でしょう」
「ああ、そうか……。でも、私も彼も男性だからな……」
静かな空気が流れる。
男性同士がダメなわけではない。
好みは色々あると私は思っている。
だが、世継ぎのことを考えると断るしかない。
そもそも男性が好きなわけではないからな。
「でも、リリナは小さなルシアン様が好きだから、今の姿は大丈夫でしょうか?」
ガレスの言葉に私はドキッとしてしまった。
そうだ、彼は小さな私を好いている。
少し大きくなってしまった私では彼を引き止められないかもしれない。
呪いの存在がこんなにも、今後を左右するようになるとは思いもしなかった。
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