23.筋肉令嬢、初めての体験
「ふぅー、だいぶ落ち着いわね」
高まる気持ちを落ち着かせるのに、どれくらい経ったのだろう。
しばらく声を出していたら、やっと落ち着いてきた。
その間、森の中はざわざわとしていたが、何か出てくることはなかった。
「それにしても森が近くにあったなんてね」
セラフの周囲は草木があまりなく、土地が干からびているところが多い。
日差しも強くない森に住む方が生活はしやすそうだが、ここに住まない理由があるのだろうか。
そんなことを思いながら、ルシアン様の元へ戻っていく。
突然、飛び出して行ったから、怒ってなければいいけど……。
「誰もいない……ですね」
町に戻るとルシアン様はすでにいなかった。
周囲は静かになっており、鶏だけが未だに寝ている。
「トカゲさんもゴブさんたちもいない」
建物の上に飛び上がり、町全体を見渡すと誰一人としていない。
体の大きなトカゲさんもいないってことは、セラフまで帰ったのだろうか。
もしくはみんな食べられ……いや、最悪なことは考えないようにしよう。
さすがにトカゲさんが食べることはしない気がする。
もし、食べていたらぶつ切りにしてプロテインにするわ。
「おーい、やっと帰ってきたか!」
足元から声がすると思い、下を見るとアシュレイが手を振っていた。
私はすぐに建物から飛び降りた。
「相変わらず人間離れした身体能力だな……」
建物から飛び降りただけなのに、アシュレイは驚いていた。
「みなさん、どこに行きましたか?」
「ん? ルシアン様たちなら、湯浴みをしているところだぞ」
「トカゲさんたちも?」
「みんな一緒にな」
どうやらルシアン様たちは、疲れを取るために湯浴みをしているらしい。
ちなみに湯浴みに関しては、トカゲさんは饒舌に紹介していたと聞いた。
残っている中で、一番お湯を気に入ってくれたのはトカゲさんだったものね。
「みんな仲良くできているのかな……?」
ただ、人間と魔物って中々仲良くなるのは難しい。
お互いに強さを見せつければ、強い繋がりを感じることはあるけど、それを忘れるほど湯浴みが良いのかしら。
「お前に怯えて……」
なぜかアシュレイはジーッと私の方を見ていた。
私に怯えているって聞こえてきたけど、私みたいなマッチョが売りの女性に魔物が怯えるはずない。
「んっ? どうかした?」
「とりあえず、俺はお前が帰ってくるのを待っていたんだよ。早く来いよ!」
アシュレイは私の手を持って湯浴み場まで引っ張っていく。
よほどアシュレイも湯浴みがしたかったのだろう。
たしかにセラフって草木が少ないから、日差しが直接当たって暑いものね。
私も汗をかいて、体がベタベタする。
「湯浴み場が一番大きい……」
湯浴み場はトカゲさんが入れるように、町の中で一番大きな建物になっていた。
その隣には木の柵で仕切ってあり、屋根のない湯浴み場も存在しているらしい。
開放的になった湯浴み場は初めてみたが、トカゲさんたちにとったら、開放的なほうが良いのだろう。
「あぁー、疲れが取れる」
「久しぶりに湯浴みをしたよ」
どうやらルシアン様は湯浴みをしている最中なんだろう。
外にいても声が聞こえてくる。
少し気になるが湯浴み場を覗くようなことはしないわ。
そんな品格がないこと――。
「おい、いつまで服を着てるんだ?」
「ちょ……アシュレイ!?」
隣を見ると、建物に入ってもいないのに、服を脱いでいるアシュレイがいた。
私というマッチョな令嬢がいるのに、アシュレイには恥じらいというものはないのだろうか。
私は急いで手で目を隠す。
「そんなに恥ずかしがることないじゃんか。俺って貧弱か?」
少し寂しそうにアシュレイは腹筋を叩きながら、私の方をチラッと見つめてくる。
お父様や兄さまの腹筋をピタッとした服越しでは見たことがある。
ただ、男性の腹筋を直接見たのは初めてだ。
「いえ、しっかりしていると思います」
女性の私と違って綺麗に腹筋が割れている。
お父様や兄様の方が、凹凸はくっきりとしているが、ここまで人によって差があるとは思いもしなかった。
「ちょ……お前……そんな触り方するなよ……っ!」
「えっ……!?」
手のひらの下で、熱を帯びた皮膚が僅かに震えている。
うっすらと浮かぶ汗が、アシュレイの腹筋の谷間を伝って流れ落ちていく。
その一滴が自分の指先に触れた瞬間、心臓が飛び跳ねるように脈打った。
私が見上げると、頬を赤く染めて、目を背けるアシュレイの姿があった。
私は腹筋が気になりすぎて、無意識にアシュレイの腹筋をなぞるように触っていたのだ。
「あっ……いや……私は触りたいわけではなくて……」
一歩下がろうとするが、なぜかアシュレイは私の腕を掴んでいた。
「気になるならいつでも触らせてやる」
どこか真剣な顔でアシュレイは見つめてくる。
でも、その言葉は私にとっては朗報だった。
「いいんですか!?」
「えっ……」
男性の腹筋を堂々と触らせてもらえるなんてそんな機会はない。
アシュレイから言ってきたのに、本人はどこか戸惑っているような気がする。
「ダメなんですか?」
「おっ……お……男に二言はねぇ!」
できればルシアン様の腹筋を触らせてもらえるほうが私にとっては嬉しいが、この際アシュレイで我慢してあげよう。
私はもう一度アシュレイの腹筋に触れようとすると、アシュレイの体が少しだけ震えていた。
震えていても腹筋が揺れないって、すごい……勉強になるわ……。
自分の腹筋をそんな風に見られないからね。
「ねぇ、二人とも何してるの?」
突然、声をかけられて私は横に顔を向けると、柵から顔を出しているルシアン様がいた。
その隣にはガレスさんやジャックもこっちを見ていた。
どうやらトカゲさんの背中に乗っているのだろう。
「いや、これは――」
「リリナは私のものだけど?」
なぜかルシアン様はアシュレイに対して、キリッと睨んでいた。
いつもの優しいお顔も素敵だが、キリッとした表情も素敵だ。
「いえ、これはこいつが触りたいって言うので……」
アシュレイ……。
その言い方だとまるで私が変態のような聞こえ方がするわよ。
触らせてあげるって言ったのはアシュレイからであって、私が言ったわけではない。
誤解される前に私が言い返さないと……。
「本当はルシアン様の腹筋が見たかったです!」
「なんだと!?」
「ん? 私の?」
早く言い返さないとって思っていたら、つい本音が漏れてしまった。
そんな私を見て、ルシアン様はニコリと笑っていた。
「私の腹筋を見たら、これからも一緒にいてくれるのか?」
ルシアン様はゆっくりと背伸びをしていく。
少しずつ見えてくるルシアン様の上半身に、私は目を向けることすらできなかった。
せっかく気持ちが落ち着いてきたのに、高鳴る胸の音が今にでも伝わってしまいそうだ。
「ごめんなさい! もう保ちません!」
あまりにも衝撃が強すぎて、私は再び森の中に逃げることにした。
今度は叫ぶだけで落ち着くかしら。
真っ白な肌に透き通った鎖骨が――。
「うわああああああ!」
――ズドオオオォォォン!
私は恥ずかしくなって、チラつくルシアン様の幻影を振り払うように手を振ったら、森の木までまとめて薙ぎ倒していた。
BLじゃないのに、BL臭が漂っておりますwww
これもこれでこの作品の良さということで、叩かないでくださいね| |д・)




