22.筋肉令嬢、町を案内する
私たちは鶏を横目に旧セラフの中に入っていく。
「えーっと……これが旧セラフです……か?」
「そう……ですね」
そこには荒れ果てた旧セラフはなく、立派なレンガ調の建物がズラリと並んでいた。
ほとんど町の面影がなかった旧セラフが、今では立派な町となっている。
外壁が高くてそこまで気にならなかったが、目の前に来ると建物自体は思ったよりも背が高い。
『ボス、ドウデスカ!』
突然、聞こえてきた声に私以外は警戒を強める。
「あっ、ゴブさん! よく寝れたかな?」
『ハイ』
声をかけてきたのはリーダー格のゴブさんだ。
少し目の下が黒くなっており、血走った目をしているが、足取りはふらついていない。
やはり寝不足の鶏とは違うね。
「あれがゴブさん……ですか?」
ルシアン様は驚いた顔でゴブさんを見ていた。
ゴブリンを見るのは初めてなんだろうか。
実際に間近で見ると、ゴブリンの体は大きいが力は大したことない。
きっとルシアン様も力比べしたら勝てるぐらいだろう。
まぁ、ルシアン様ならあの可愛い顔でゴブリンは即死だ。
「ゴブさんはゴブリンのリーダーで、あそこでぼーっとしているのが豚さんです」
私はこの町を作るのに協力してくれたゴブリンと豚さんを紹介する。
ルシアン様やアシュレイは初めて見たのか、首を捻っていた。
確かにセラフから旧セラフまでの道のりで見たのは、虫に似た変わった魔物ばかりだったからね。
「オーガとオークジェネラルだと……」
ただ、ガレスさんだけは勘違いしていた。
この機会にちゃんと魔物の勉強をした方がいい気がする。
屋外訓練にはゴブリンや豚さんがたくさんいるから、勉強のために連れてってもいいかもしれない。
「リリナー、入っていい?」
建物の中が気になるのか、ジャックがウズウズとしていた。
私が頷くと駆け足で建物の中に入っていく。
「ジャック、待ちなさい!」
そんなジャックを後ろからお母さんが追いかけていた。
「くくく、本当に元気な少年だ」
ルシアン様はジャックと彼のお母さんを見て、優しそうに微笑んでいた。
ひょっとして家族の仲が良いのが羨ましいのだろうか。
私には父様やお兄様がいたけど、ルシアン様には家族がいないものね。
側付きマッチョとして、私がルシアン様の側にいてあげよう。
それがルシアン様に私ができることだ。
「ルシアン様も少年ですよ?」
「ああ……そうだな」
顔は笑っていても、どこか悲しそうなルシアン様はゆっくりと建物の中に入っていく。
中は――。
「なにこれ……」
私も開いた口が塞がらなかった。
外側だけレンガで建物ができていると思っていた。
だが、中にもテーブルや椅子、ベッドまで用意されている。
『アイツラガヤッタ』
ゴブさんは疲れて横になっている豚さんを指差していた。
どうやら一番反抗的な長豚がベッドの布団を藁で用意し、木でできた家財は次豚が作ったらしい。
三兄弟の豚さんって思っていたよりも、建築に関して才能があることに驚いた。
だから、トカゲさんも旧セラフに連れてきたのだろう。
その後も他の建物を見ていくと、同じように内装、外装ともに綺麗にできていた。
「まるで夢みたいだ……」
ルシアン様も驚いて、ボーっとしてしまうほどだ。
「最後は水飲み場ですね」
私は水飲み場と湯浴み場を案内していく。
水飲み場は旧セラフの真ん中辺りにあり、湯浴み場は入り口側にある。
一日で水が溜まっているのか、少し心配だが最悪アクアナッツを割って誤魔化せばいいだろう。
まずは中央にある水飲み場からだ。
ここはちょっとした池を意識して作ってもらったが――。
「まるで噴水みたいですね」
目的地に着くと、噴水のように水が溢れ出ていた。
あれから出てくる水の量が増えたのだろう。
丸くレンガで縁取られた水飲み場は、外に向かって流れる仕組みになっていた。
「お母さん、水がたくさんあるよ!」
ジャックはお母さんの手を掴むと、急いで水飲み場に近づいていく。
手で水を掬うと、勢いよく口に流し込む。
「うっめぇー!」
水もアクアナッツしか飲めないこの地域では、大量にある水は人間にとって恵みになるのだろう。
アシュレイも急いで駆け寄っていた。
「リリナ……」
「ルシアン様、どうかれましたか?」
ルシアン様に呼ばれて、振り返ると瞳からポタポタと涙が溢れ出ていた。
「ありがとう」
「うぇ!? ルシアン様!」
「本当に感謝する!」
ルシアン様は何度も何度も私に頭を下げた。
初めて見たルシアン様の涙に胸が苦しくなる。
「私が不甲斐ないばかりに、ルシアン様の天涙を出させてしまい――」
私はルシアン様を喜ばせるために、側付きマッチョになったのに……。
そんなことを考えていると、突然ルシアン様が抱きついてきた。
「ふぁ!?」
「天涙? ああ、これは嬉し泣きだよ」
私を見上げるルシアン様の潤んだ瞳はキラキラと輝いていた。
初めて会った時のように、ルシアン様の魅力に引き込まれそうだ。
「くくく、あいつ計算高いな」
その様子をガレスさんは笑って見ていた。
「ガレスさん、笑ってる場合じゃないですよ! これで側付きマッチョが解雇になったら――」
「ふふふ、私がリリナを離さないから大丈夫だ」
どうやら私の側付きマッチョはこれからも継続……ん? 今なんて言ったかしら?
「私を離さない……?」
ルシアン様はこくりと頷く。
「くっ……もう限界です」
「へっ……?」
私はルシアン様を引き剥がすと、勢いよく外壁を飛び越えていく。
ルーカス様の婚約者として、あれだけ心が乱されないように訓練してきたのに、ルシアン様になると話は別だ。
「はぁん? あいつ飛んで行ったぞ!」
水を飲んでいたアシュレイの口から、ポタポタと水が流れ出ていた。
だけど、そんなことは気にしていられない。
この私の気持ちを落ち着かせられるのは――。
私は近くの森に着くと、大きく息をする。
「私の心臓が保たないわよおおおおお!」
叫んだ声が空気を震わせて、風となり周囲へ広がっていく。
これで少しは私も落ち着くかしら。
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