14.筋肉令嬢、セラフに帰ります ※一部アシュレイ視点
しばらく自称アースドラゴンの顔を叩いていると、次第に腑抜けた面が凛々しくなっていた。
顔の筋肉が解れたのか、それとも気合いが入ったのかしら。
これならアースドラゴンと自己紹介されても、顔だけは信じてしまいそうだ。
「リリナー、早く帰らないとお母さんに怒られちゃう!」
ジャックは空を指さしていた。
空を見ると陽は落ちてきて、少し薄暗くなっている。
私は知らぬ間に自称アースドラゴンを長いこと叩いていたようだ。
地面や山を叩くことはあっても、生き物を叩くことはあまりないからね。
隠れていた私が出てきたのだろう。
「おほほほ、さぁ、帰りましょうね!」
今頃、令嬢を装っても遅いかもしれない。
だが、ここにはジャックしかいないから問題ないわよね。
「騎士様って、噂で聞いたことあるオネエってやつかな……」
ジャックはボソッと呟いていたが、私のことをお姉ちゃんとでも思っているのだろう。
私には兄様しかいないから、新鮮な気持ちで嬉しいわ。
「トカゲさん、起きて!」
『ふぁ!? 心地良すぎて寝ていたな……』
自称アースドラゴンが静かだと思ったら、そのまま眠っていたようだ。
次は私の願いを叶えてもらう番だね。
「アクアナッツを運びたいから、セラフに送ってもらってもいいかな?」
『セラフって……あの何もない荒れた土地か?』
「んー、たぶん合っているかな?」
私はジャックの方を見ると、顔を縦に振っていた。
やっぱり今のセラフはそういう印象を持たれているようだ。
確かに帝国のスラム街に似ているものね。
綺麗なのはルシアン様がいた屋敷ぐらいだ。
まぁ、ここもセラフとそこまで変わらないけど……。
「じゃあ、トカゲさんお願いね!」
『仕方ないなー』
私はジャックとともに自称アースドラゴンの背中に乗る。
しっかりとアクアナッツの幹で編み込んだ網も体に固定して準備完了だ。
中には大量のアクアナッツがあるから、ルシアン様も喜んでくれるといいな。
そんなことを考えていると、帰るのが楽しみになってきた。
『走るぞ!』
自称アースドラゴンのかけ声とともに、私たちはセラフに向かった。
♢ ♢ ♢
「ったく! あいつはどこに行ったんだ!」
ルシアン様の護衛任務から立ち去ったと思ったら、どこにも見つからない。
早速二日目にしてサボっているのだろうか。
それとも……。
「リリナー!」
俺が声を出しながら探していると、ガレスさんがやってきた。
「リリナはまだ見つからないのか?」
「どこにも見当たらないです」
静かな空気が流れていく。
「「はぁー」」
俺とガレスさんのため息が重なる。
この騎士団に残るのは、帰る場所がないやつらばかりだ。
過去にここに来たやつらは、初日に逃げ出していった。
やっとまともなやつが来たと思ったが、俺の思い違いのようだ。
生まれも育ちも、きっと俺とは正反対だろう。
見た目は女受けが良くて、どこか華やかでもあり、堂々とした立ち振る舞いをするあいつなら、どこでも働く場所はある。
これで俺が安眠できるなら、それはそれで良い。
あんな男を誘うような体を見せつけられて――。
「いや、もう少し探してきます」
あいつなら男に狙われていてもおかしくない。
今頃男たちに囲まれて、やましいことをされているのかもしれない。
そう思うと、俺の体は勝手に動いていた。
俺が再び探しに行こうとすると、街の方が騒がしい。
――カン!カン!カン!
硬質な音が、セラフの町中を響き渡る。
突然、鳴り響く警鐘に俺とガレスさんはお互い顔を見合わせる。
「俺はルシアン様の元に行く。お前は民の避難と状況を確認してくれ!」
「わっ……わかりました!」
俺とガレスさんはその場で二手に分かれて走り出した。
今まで警鐘を鳴らす機会はなかった。
基本的には近くで災害が起きた時か、住民を避難させる時ぐらいだ。
今まで魔物が近寄ってきても、鳴ることのなかった警鐘に戸惑いを隠せない。
俺が町に着くと、仲間が近寄ってくる。
「状況はどうだ!」
「アシュレイさん……もう俺たちは終わりです」
仲間の顔が絶望に陥っていた。
小さい時から面倒を見ていた弟分だが、こんな顔を見ることは過去に一度もなかった。
毎日食べるものもなく、必死に生きていた時ですらまだ笑っていた。
「落ち着け!」
震える仲間の肩をゆっくりと撫でて、落ち着かせる。
ここまで混乱しているところを見ると、本当に命をかける時がきたのだろう。
息を落ち着かせると、仲間が重々しく口を動かしていく。
「あっ……アース……ドラゴンが……こっちに向かっている」
その言葉に俺も覚悟を決めるしかなかった。
――アースドラゴン
それは旧セラフを放置するしか手段がなくなった原因だ。
一瞬で地形を変えるほどの力に、剣でも傷をつけられない頑丈な鱗を持っていると言われている。
過去に騎士たちが旧セラフの奪還を試みたが、誰一人帰ってこなかったと言われるぐらいやつに勝てるようなものはいない。
「今すぐに住民を非難させろ!」
「はい!」
アースドラゴンが何の目的でこっちに向かっているのかはわからない。
ただ、今は安全に逃げることを第一優先に考えなければいけない。
せめて、ルシアン様に助けてもらったこの命で、ルシアン様や住民を守れるなら本望だ。
「急いで逃げてくれ!」
俺も積極的に声をかける。
そんな中、住民の一人が泣きついてきた。
「ジャックが……息子のジャックが帰ってきてないのよ!」
遊びに行ったまま、子どもが帰ってきていないのだろう。
今すぐ逃げるように声をかけるべきだが、泣き叫ぶ母親を見て何も言えないでいた。
子どもを心配する母親は、自分を犠牲にしてまで息子を助ける。
俺が何か言っても止められるわけではない。
「ジャックは昨日の少年のことかな?」
「はい」
振り向くと、そこにはルシアン様とガレスさんがいた。
ルシアン様は優しく母親の肩を撫でる。
第一優先に逃げればいいものを民のために自身の安全は気にしない。
それがルシアン様の良いところでもあって、脆いところだ。
「昨日の力が強い騎士様と旧セラフに行くって――」
「リリナか!」
ガレスさんは少年のことを知っているのだろう。
それにしても、その少年とリリナが旧セラフに行ったってことだよな……。
「おい……あいつが、まさかアースドラゴンを殴ったんじゃないだろうな!?」
ガレスさんの言葉を聞いて、俺は同じことが脳裏にチラついた。
あいつならやりかねない。
そう思う反面、ルシアン様と間接キスしただけで、逃げていくようなやつがアースドラゴンを殴れるのだろうか。
「アシュレイ、せめて民が逃げる時間だけでも確保するぞ!」
「はい!」
震える手を握りしめて、俺はガレスさんとともに迫り来るアースドラゴンの元へ向かった。
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