13.筋肉令嬢、穴掘りをする
『ああ、いい湯だな……』
「コレスキ」
自称アースドラゴンとゴブリンはとろけたように、湯に体を当てている。
初めての湯浴みに、魔物でも年寄りに見える。
いや……旧セラフにいたってなると、昔からここにいた年寄りの魔物かもしれない。
「地面が泥んこになってきたね」
ジャックが言うように、湧き出るお湯を吸った土が、じわじわとぬかるんできた。
コツンと叩いてできた水はそこまで勢いがないため、出てくる量も限度がある。
しかし、勢いよく出ているお湯の方は止められず今も出続けている。
このまま出続ければ、周囲は泥沼化してしまう。
「お湯を溜めた方がもっと効果ありますよ?」
それにせっかくなら、ちゃんと湯浴みをして、筋肉を休ませた方が筋トレの効果は高まる。
本来はお湯を溜めたところに体を浸かるのが湯浴みだ。
今は垂れ流し状態になっているし、いつまでお湯が出てくるのかもわからない。
『どうしたらいいんだ?』
『ナニスル……?』
自称アースドラゴンとゴブリンはこっちを見つめて首を傾けている。
知能は高めでも人間みたいに頭が回らないから、どうすればいいのかわからないのだろう。
「まずは穴を掘って、そこにお湯を溜められるようにしよう!」
私は指を曲げ伸ばししてから拳を握る。
多少は地面に亀裂が入っても仕方な――。
『待った! それならわしがやる!』
自称アースドラゴンは少しだけ場所を移動すると、大きな手を使って勢いよく地面を掘っていく。
『おりゃおりゃおりゃ!』
「まるでうちの上腕三頭筋みたいだわ」
トカゲだと思っていたが、実は超大型犬なのかもしれない。
我が家でも「上腕三頭筋」という、顔が三つある黒い犬を飼っている。
その子に動きがそっくりだ。
屋外訓練で偶然見つけて、連れて帰ってきたのも今ではいい思い出。
いつも戯れて、噛みついてくるところを撫でまわして遊んでいる。
『オレハナニスル?』
自称アースドラゴンだけ作業をしていたため、どこかゴブリンはつまらなさそうにしていた。
せっかく手伝ってくれるなら、しっかりお湯の排出ができる場所を作った方が良いだろう。
旧セラフは破壊される前の面影で、壊れた外壁があるからちょうど良いわね。
「泥を使って、できた穴から外に繋ぎましょうか」
お湯と混ざって柔らかくなった泥で、外まで流れる道を作っていく。
元々旧セラフの街の構造は大きな外壁に囲まれて、水が流れているような窪みが残っている。
ひょっとしたらここまで荒地ではなく、自然豊かで川などもある環境だったのかもしれない。
『オマエラヤルゾ!』
『『『ウオオオオオオオ!』』』
体が大きなゴブリンがボスなのか、仲間を鼓舞するとすぐに作業に取り掛かる。
「アクアナッツは近くても大丈夫?」
ジャックはアクアナッツの木を心配していた。
水を溜める池と湯浴み場は近くに隣接している。
その間にアクアナッツがあるため、お湯の影響がアクアナッツにも伝わってしまいそうな気がする。
「少しでも離したほうがいいかもしれないね」
私はアクアナッツの木を掴むと、足をグッと踏ん張るように力を入れる。
「よっし!」
そのままスクワットのように膝を伸ばすと、アクアナッツは勢いよく抜ける。
これを別のところに埋め直せば問題ないわね。
『あいつは異次元だな』
『テアワセハイノチガケ』
どこか視線を感じると思ったら、自称アースドラゴンとゴブリンは手を止めて、こっちを見ていた。
何かあったのかと思い、私は手を振るとすぐに作業を再開しだした。
アクアナッツを植え替えると、あとはゴブリンたちに任せればすぐに完成するだろう。
「トカゲさん、ちょっといいかな?」
やることがなくなった私は自称アースドラゴンに声をかける。
『わわわ、わっしはサボっておらんぞ!?』
あれだけトカゲと呼ばれて怒っていたのに、今は特に気にしていないようだ。
それに私だって普段から筋トレをサボった時にしか、怒らないからね。
私が毎日怒っているかのような発言に少しムッとしてしまう。
「頼みごとがあるんだけど――」
『わしがそんなのを引き受ける……』
――バアァァァン!
少し怒りを抑えるために、軽く地面を叩く。
『どんなことでも引き受けます』
なぜか、自称アースドラゴンは頭を下げて、小さく丸まっていた。
私はただ怒りをコントロールしていただけなのに、怒っていると勘違いさせてしまったのかな?
「それは助かるわね」
そんなことはないと伝えるために、私は自称アースドラゴンの頭を軽く撫でる。
『死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……』
まるで呪術のように呟きだした。
心配になった私が顔を覗き込むと、自称アースドラゴンは白目を向いていた。
「さっきまでお湯に当たっていたから、湯当たりにでもなったのかしら?」
地面から出てくるお湯は美肌になるが、長いことお湯に浸かっていると気分が悪くなることがある。
きっと自称アースドラゴンも遅れて気分が悪くなったのだろう。
――バァン! バァン!
私は自称アースドラゴンの頬を優しく叩く。
これぐらいならあまり痛みも感じないだろう。
ちゃんと拳に私の魔力を流しているから、自然と体調も良くなるはず。
私にはこの方法でしか、回復魔法をかけられないからね。
『グヌヌ……』
少しずつ表情は穏やかになり、自称アースドラゴンとも視線が合う。
「大丈夫?」
『もう一度わしを叩いてくれないか?』
拳に魔力を流すと、たまにおかしくなってしまう人はいるけど、トカゲでも変わっちゃうんだね。
「仕方ないわね」
私の願いを聞いてもらうためにも、相手のお願いは聞いたほうが良いものね。
借りを作るなんて、プロテイン公爵家がすることではない。
――バァン! バァン!
『ああ、これもいいな……』
その後も私は自称アースドラゴンの頬を軽く叩いていた。
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