1.筋肉令嬢、マッチョは売れ残り
「マッチョはいかがですかー? マッチョは――」
この呼びかけをしてから、どれぐらい経ったのだろうか。
わずかな街頭の灯りの下で、私は町の人達に声をかけていく。
「マッチはいかがですか?」
「一つ頂こうか!」
「ありがとうございます!」
隣でマッチを売っている少女には、優しく声をかけていくのに私は何が違うのだろうか。
それがわからなかったから、婚約破棄にあったのだろう。
♢ ♢ ♢
私はプロテイン公爵家の長女リリナとして生まれた。
屈強な肉体をした父様と兄様二人の四人家族だ。
母は私が幼い頃に亡くなってしまったので、家族は男ばかりのところで生活していた。
それがいけなかったのだろうか……。
「ルーカス様、私と手合わせをしていただけませんか?」
ルーカス様は私の婚約者だ。
仲良くなるには手合わせが一番だと、家族に教えられて育った。
それにルーカス様は騎士家系なこともあり、小さい頃からよく手合わせをしていたのに……。
最近はそれすらもなくなってしまった。
終いには――。
「君がいると女性の視線を全て奪われてしまう」
私がいると女性が取られてしまうと言われるようになった。
「女性は私だけではダメですか?」
冗談だと思っていたが、ルーカスやそのご学友からの視線で改めて実感したわ。
私はここにいるべき人ではないのだと。
「キャー! リリナ様ー!」
「今日も素敵ですわー!」
こんな風に黄色い歓声が聞こえてくるからね。
髪を短くして男性と同じ服装をしているから、令嬢たちが間違えるのだろうか。
だって、この服装の方が筋トレをするのに適しているのよ。
ヒラヒラしたドレスを着ては走れないし、股を広げてスクワットなんてできやしない。
そんな日常を過ごしていたから、私はルーカス様に捨てられたのだろう。
婚約破棄された時に紹介された女性は、小柄で可愛らしい小鳥のような女性だったわ。
青のドレスにガラスのシューズを履いた……確か名前は『シンデレラ嬢』と言っていたかしら。
ただ、彼女も私のことを知っていたのか、キラキラした目で手を握ってきたのが理解できなかった。
婚約破棄された私はプロテイン公爵家に相応しくないと思い、すぐに公爵家を後にして、隣町で仕事を探すことにした。
「正々堂々力で勝負をするべきだ」という家訓の元、私は自分の力でどうにかしようと思った。
♢ ♢ ♢
「その結果、路頭に迷うなんてね……」
力が強い私なら仕事はいくらでもあると思った。
大きな家財なんて、一人で軽々と運べるし、小さな小屋なら一人で肩に担げるわ。
鉱山の採掘なら、拳一つで山を貫通させられるから、労働者としては時間もコストもかからない。
なのに仕事がないなんて、世の中厳しい世界ね。
みんな私が声をかけたら、どこかに逃げてしまう。
特に同じ女性に声をかけたのに、みんな下ばかり向いて目も合わせてくれないわ。
「マッチはいかかですかー?」
あのマッチを売っている少女には人集りができて、なぜ私は逃げられるのかしら。
「マッチョはいかがですかー? 肉体労働や――」
「待て!」
呼び込みをしていると、遠くから誰かを追いかけてくる声が聞こえてきた。
目を凝らすと泥だらけになった少年が走っている。
「あの子を捕まえたらいいのかしら?」
私はふくらはぎ……下腿三頭筋に力を入れて、勢いよく地面を蹴る。
あら……力を入れすぎて、地面が凹んでしまったけど、気にしたらダメね。
「うわっ!?」
すぐに少年の前に移動すると、その場で抱きかかえる。
以前、階段から転びそうになった令嬢を助けたら、『お姫様抱っこ』って呼ばれるようになって流行っていたわね。
そんなことを思いながら、少年の顔を覗くとあまりにも整った綺麗な顔に胸が締め付けられる。
目鼻立ちがはっきりして端正で整った顔。
優しいグリーンな瞳が特徴的な目をパチパチとしている。
「くっ!?」
これが突然死する心臓病ってやつかしら。
本当に胸の奥をグッと掴まれているような感覚と聞いたが、実体験するとは思いもしなかった。
「すみません、今追われているので、離していただけませんか?」
腹の底から出てくる低い声の兄様とは大違い。
聞こえてくる声は子守唄に聞こえるほど美しい。
まるでお茶会で聞こえる小鳥の囀りだわ。
まぁ、私がお茶会に誘われることは、今まで一度もなかったけどね。
甘いお菓子と紅茶より、筋肉の元になる鶏肉やプロテイン公爵家特製のプロテインの方がお口に合うのよ。
「何に追われているのですか?」
「あっ……いや……悪いやつにです」
まるで天使のような少年を誘拐しようとしているのだろうか。
「誘拐ですか?」
私の言葉に少年はこくりと頷いた。
これは彼の味方をした方が人助けになるだろう。
だって、追いかけてきた人たちの方が明らかに悪人面しているんですもの。
「おい、お前そいつを渡しな!」
私は少年を隠すように立ち塞がる。
全員で五人と私を相手するには武が悪いだろう。
だって、私がしている戦闘訓練は十人からと決まっているのよ。
「大勢に囲まれて、お前に勝ち目はないだ――」
ごちゃごちゃと話している男の腹部に一撃拳を加える。
まずは小手調べとして、普段の力の一割で触れてみた。
「ぐふっ!?」
「あら?」
だけど、男はそのまま勢いよく、数メートル飛んでいってしまった。
「てめぇ、兄貴になにしやがる!」
「かかれ!」
他の四人もすぐに剣を振り上げてきたわ。
でも、私にとったら遅いのよ。
二人のお兄様やお父様と訓練をしている方が、よほどハラハラして楽しいわ!
そもそも――。
「正々堂々力で勝負をするべきだわ!」
私は剣に向かって拳を突きつける。
すると、剣なんて真っ二つに簡単に折れてしまうの。
なのに、みんなは拳ではなく、剣で戦おうとする意味がわからないわ。
ルーカス様との手合わせも、毎回剣をへし折ってたのがいけなかったのかしら。
剣ってそこそこの値段するって言うものね。
「ばっ……ばけものだあああああ!」
「おい、逃げたら俺たちがどうなるか……くそ!」
一人の男が声をあげて逃げていくと、続けて三人の仲間も追いかけていく。
「あら……忘れ物ね」
私は倒れている男を片手で掴むと、そのまま男たちに返したわ。
みんなその場で倒れていたけど、大丈夫かしら?
「あのー、お怪我とかは……」
振り返ると、天使のような少年は私の顔を見て驚いた表情をしていた。
驚いた姿をしていても、見惚れるほどの美顔についうっとりしてしまう。
「ぜひ、あなたを私のものにさせてくれないか!」
少年から出た言葉に私の方が驚いてしまう。
今までルーカス様にも、そんなこと言われたことないのに……。
「くっ……」
あまりの胸の苦しさに私は頷くことしかできなかった。
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