第47話
ポチが狼たちを追い払ってから、数日が経った。
私は、変わらず森の家と村の店を行き来しながら、穏やかな毎日を過ごしていた。
冬の空気は日に日に冷たくなり、朝方には霜が降りるようになってきたが、リセの心には不思議な温かさが宿っていた。
あの夜――ポチが、自分とユイナを守ってくれた夜――
彼の頼もしい姿が、今でも胸に残っている。
「……ありがとうね、ポチ」
そう声をかけると、ポチは薪ストーブの前で寝返りを打ち、ぴくりと耳を動かした。
もうすぐ雪が降るかもしれない。
けれど、この家には薪があり、食料があり、何より心を許せる相棒がいる。
森の中の暮らしは、不便で、孤独で、時に危険もある。
それでも――それでも、私にとっては、ここが帰る場所だ。
その夜、ひとりで温かいミントティーを飲みながら、ふと思い出した。
「ユイナちゃん、また森に来たいって言ってたな……」
風邪が流行ったあのとき、一緒に過ごした時間。
あのときの笑顔と、先日、「リセさんと一緒に住みたい」と言ってくれた、あの真剣な瞳。
本当に一緒に暮らすというのは、そう簡単なことではない。
ユイナちゃんには村での友達もいるし、ノアさんとアデルさんの理解も必要だ。
それに――子どもが森で暮らすというのは、責任も伴う。
でも。
でも、もしあの子が、本当に森での生活を望んでいて、そしてハーブや薬草の知識を学びたいのだとしたら。
ここの畑で自ら育てて、収穫して、加工する行程を学びたいなら。
それは、私にとっても――何より、この場所を未来へ繋ぐきっかけになるかもしれない。
ポチが守ってくれたこの場所。
温かい時間と、想いを重ねてきたこの家。
それを、ユイナちゃんと分かち合えるとしたら――。
静かな森の夜。
チコリコーヒーの湯気の向こうに、ぼんやりと未来の景色を思い描いた。
「……ユイナちゃんのこと、もう一度ちゃんと考えてみよう」
そう小さく呟いた声は、薪のはぜる音に消えたけれど、確かな決意となって、胸に灯った。
そして、翌日。
村へと向かって山道を下りながら、澄んだ冬空を見上げていた。
ユイナちゃんの想いに応えるために。この家を未来につなぐために。私は、今日――答えを伝えに行く。
◇ ◇ ◇
春の風が、森の木々の枝を揺らしている。
窓を少し開けておけば、甘やかな花の香りがふわりと室内に入りこんでくる。
木のテーブルに湯気の立つお茶を二つ並べて、柔らかく微笑んだ。
「はい、ユイナ。今日のお茶はレモンバームとエルダーフラワー。春のブレンドだよ」
「わぁ……いい香り。なんだか、気持ちまでふわっと軽くなりそう」
ぽかぽかとした陽光に包まれながら、二人は森の家の縁側で並んで腰かけ、お茶を啜った。
ポチはそのそばでごろりと横になり、鳥の声に片耳だけ反応している。
あの勇ましい姿を思い出すと、ちょっと笑ってしまうくらい、今日は平和な午後だった。
――あの冬の日。
私は、とうとうユイナを森の家に迎え入れる決心をした。
たくさん悩んだ。
ノアさんやアデルさんとも、何度も話を重ねた。
それでも最後には、彼女の真っすぐな眼差しに、そして森で見せたあの笑顔に、背中を押されたのだ。
「ユイナがここで学びたいと思ってくれるなら……私も、できる限りのことを教えてあげたい」
それは、自分の過去から逃げるためでも、傷を癒すためでもない、この場所で過ごして育まれた今の私の想いだった。
「リセ先生! 私ね。春になったら、お花の名前を全部覚えるのが目標なんだよ」
「ふふ、それはまた欲張りな目標だね。でも、いいよ。一緒に頑張ろ」
「うん!」
こうして、変わらないようでいて、少しずつ変わっていく日々が始まった。この家だって、私が引き継いだ時よりも少し大きくなって部屋数が増えたんだ。初めは私が一人で暮らし、次にポチが増えて、更にはユイナちゃんが増えた。
森の木々は四季に応じて色を変え、空の匂いも、風の音も、季節ごとに少しずつ違っていた。
でも、そのどれもが愛おしかった。
そして、この家に流れる時間の中で――
「……この世界に来て、本当によかったなぁ」
カップの中の残り少ないお茶を見つめながら、ふっと目を細めた。
化粧することも無くなったし、髪も伸びてきた。細かい時間も気にしなくなった。
今の自分は、もう“あの頃の私”とは違う。
あの国にいた頃の痛みも、悲しみも、いつの間にか消えて無くなった気がする。
代わりに、ここには、寄り添ってくれる人たちがいて、名前を呼んでくれる子がいる。
笑い合える日々がある。
ユイナを育てること。
村のみんなとお茶を飲み、何気ない話を交わすこと。
それが、私の生き甲斐になっていた。
変わらない日常。
少しずつ変わっていく景色。
日本での生活も故郷も何もかも無くしてしまったけど……ここで見つけた。
この暮らしが、誰かの笑顔が、小さな幸せが――私の、宝物。
「リセさん、どうかしたの?」
「ううん。ちょっとね……しあわせだなって、思っただけ」
ユイナは首をかしげて、それから満面の笑みで、「私も、だよ!」と、カップを掲げた。
カラン、と二人のカップが触れ合う、春の午後。
森の家には、今日も、やさしいお茶の香りが満ちていた。
――《草木育成》Lv.20
――《調合》Lv.23
――《鑑定》Lv.22
――《テイム》Lv.15
――《宝物さがし》LV.1 【NEW】
──── 終わり。
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