第46話
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冬の足音が、村のあちらこちらに忍び寄ってきていた。
静流さんがこの村を去ってから、幾日かが過ぎた。木々の葉はすっかり色を落とし、時折ちらつく粉雪が、地面にうっすらと儚い模様を描く。
ミリール村の冬は、厳しい寒さこそあれど、深く雪が積もることはほとんどない。それでも、鼻の先をかじるような冷たい風が吹くたび、季節の移ろいをひしひしと感じる。
「葉だまり」はというと、相変わらず元気に営業中だ。
冬に向けて、新しく加えた体を温めるスパイス系のハーブティーや、ちょっとした甘い保存菓子とのセットが好評で、寒さに肩をすぼめて訪れるお客さんの頬を、少しだけ緩ませてくれる。
店先でお茶をすする人たちの膝には、いつのまにかポチがちゃっかり座っていたりして、「ああ、こりゃ動けないねぇ」と笑いが起こる。
こうして、私たちの小さな店は、相変わらず笑いと湯気と香りに包まれていた。
そんなある日のことだった。
昼下がりの静かな時間帯。客足が落ち着いた頃、ユイナちゃんがいつになく真剣な顔をして私に言った。
「ねえ、リセさん。あのね、私……出来たらリセさんの家で、一緒に暮らしたいなって、思ってるの」
ぽかんとした私の前で、ユイナちゃんは両手をきゅっと胸の前で握りしめた。
「ほら、この間風邪が流行ったとき、森の家にしばらくいたでしょう? あの時間が、すごく楽しかったの。毎日違うハーブのことを教えてくれて、一緒に乾燥棚をいっぱいにしたり、ポチと薪割りしたり……なんか、どれも全部、大事な宝物みたいで」
そこまで言って、ユイナちゃんは少し頬を染め、でも真っ直ぐに私を見つめて続けた。
「もっとハーブのことを知りたい。効能とか、調合の仕方とか。私も、リセさんみたいに、誰かの役に立てる人になりたいの。だから、朝から夜まで、一緒に過ごしたいなって思ったの」
私は、笑顔を返したつもりだったけど――心の奥は、少しだけざわついていた。
もちろん、彼女の気持ちは嬉しい。それに、これまでの様子を見ても、ユイナちゃんは本当に一生懸命だ。きっと向いているし、森の家の暮らしも楽しいに違いない。
でも。
「ユイナちゃん……村の子たちと遊ぶ時間、少なくなっちゃうかもしれないよ?」
ぽつりと、私は言った。彼女は少しだけ驚いたような顔をして、それから小さくうなずいた。
「うん。でも、寂しくないよ。だって、リセさんとポチがいるし……それに、お店にも村の人たちが来てくれるもん。子供だけじゃないよ、友達って」
私の胸が、ふっと温かくなった。
そうか。この子は、この村と、私と、もうしっかり繋がっているんだ。
それでもまだ、私は即答することができなかった。あまりにも大きな決断のような気がしたのだ。
だからその日は、ただ笑って頭を撫でるだけにとどめた。
「うん……ありがとう、ユイナちゃん。ちょっとだけ、考えさせてくれる?」
「もちろんっ!」
ユイナちゃんは、すぐにぱっと明るい顔になってうなずき、ポチの背中に顔をうずめて「ポチと一緒に暮らすんだもんねー」と笑っていた。
私はその後ろ姿を見ながら、思った。
この森で、この村で、共に暮らすこと。それが、誰かにとっての「願い」になる日が来るなんて、ほんの少し前の私には想像もできなかった。
でも、今は違う。
少しだけ、自分の選んだ道に、胸を張れる気がした。
◇ ◇ ◇
今日は「葉だまり」の定休日。
今日はユイナちゃんと、森の家で穏やかな時間を過ごしていた。
朝から薪を割り、干し草の中でポチと一緒にごろごろと昼寝し、午後には薪ストーブのそばでユリカさんが遺してくれた手記を使ってハーブの勉強会。
もちろん、手記は私の知識も書き足しているので、かなり分厚くなっている。
あ、ちなみに薪ストーブは武器屋兼鍛冶屋のリンドさんにお願いして作ってもらった。私が注文した薪ストーブはこの世界には無いデザインだったのでリンドさんも大喜びで作ってくれたよ。この世界の薪ストーブはドラム缶を横にした形だったが、私は四角形で箱型にしてもらって、青のアトリエのメリッサさんのところで耐熱ガラスの窓もつけてもらったから、見た目も良いよ。
ふふふ。そもそも、この形の方がストーブの上にケトルを置いて、お湯を沸かせるので便利なんだ。
ユイナちゃんの前に並べたハーブの香りが部屋いっぱいに広がって、外の冷たい風さえ、どこか優しく感じた。
「もう、そろそろ……村に戻らなきゃね」
窓の外に目をやると、柔らかな日差しが帰る時間だと告げる。太陽は森の奥へと沈み始めており、木々の影が長く伸びていた。
「うん。今日は本当に楽しかった!」
ユイナちゃんは元気よく返事をして、ポチの頭をなでながら背伸びをした。
「ポチも、また一緒に遊ぼうね!」
ポチは「ふわぁ~」と間延びしたあくびをしながら、尻尾をぱたぱたと振る。いつもののんびり顔。
けれど、このあと彼が見せる姿は、その愛らしい見た目からはとても想像できないものだった。
森の中の帰り道――。
二人と一匹が、枯葉を踏みしめながら小道を歩いていた頃、遠くの木立の奥で「ガサッ」と音がした。
「……ん?」
何とも言えない気配があたりに広がっていく。そっと、ユイナちゃんの手を掴む。ポチもぴたりと動きを止める。
その耳がピクリと動いた次の瞬間、木々の影から現れたのは――
複数の銀灰色の影。
「……ユイナちゃん、私の後ろに」
「あれは……狼?」
私が小さく言うと、ユイナちゃんが震える声で聞き返した。
そう。それは、狼の群れだった。
鋭く光る目。牙を剥き出しにし、喉の奥から唸り声を漏らす数匹の狼たち。
このあたりでは滅多に姿を見せないが、冬の始まりで餌が減ってきたこともあるのだろうか、彼らは明らかに人間を“獲物”として見ていた。
「ユイナちゃんゆっくり後ろに下がって。ポチ、お願い……!」
その言葉に、ポチの背が、ぐんと伸びた。
耳を伏せ、背中の毛が総毛立ち、ふだんは丸い目が鋭く細められる。
そして――
「ガルゥッ!」
ポチの野太く、低い咆哮が、森に響いた。
その声に、向かって来ていた狼たちが一瞬たじろぐ。
「ガウ!」
群れの様子を後ろから見ていた、ひときわ大きな狼が一声吠えた。すると、他の狼たちは、その声に従うように、再び私たちを取り囲もうと動き出した。
次の瞬間、ポチが地を蹴った。
まるで風を切るようなスピードで、最前列の狼に向かって跳びかかる!
「ガッ……!」
その狼が叫ぶ間もなく、ポチは鋭い牙で噛みつき、前脚で狼の頭を地面に叩きつけた。
「す、すご……」
ユイナちゃんが息を呑む。ポチに、いつもののんびりした姿はどこにもない。
彼は、完全に“戦う魔獣”としての姿を現していた。
二体目、三体目――。
襲いかかってくる狼たちを、ポチはまるで舞うようにかわす。そして反撃の動作には一切の容赦がなかった。ポチが前足で軽くはたいたように見えても、狼は体をくの字に曲げて殴り飛ばされて行く。牙を突き立て、噛みついて投げ飛ばす。踏みつけて地に押さえつける。
その間に、カラ袋から獣避けのフレグランスを取り出し、ユイナちゃんと自分に振りかけた後、陶器の容器ごと地面に叩きつけた。
「これで少しは怯んでくれたら……!」
ぶわっと立ち上る香り。狼たちが一瞬ひるむ――その隙にポチが次々と突撃し噛みつくと、狼たちの体が血まみれになっていく。
遂に、最後に一番大きな狼も腕を噛みつかれ、そのまま木に叩きつけられると、血まみれになった狼たちは一目散に森の中へと逃げて行った。
森に、静寂が戻る。
「ポチ……すごい……すごいよ……」
ユイナちゃんがぽつりと呟いた。
ポチは勝利に酔うでもなく、すっと私たちの横に戻ってきて、ふたたび“いつもの顔”で尻尾を振っている。
「……かっこいいくせに、ずるいなあ」
私は微笑みながら、ポチの頭を撫でた。ポチは満足そうに目を細めた。
その夜。
ユイナちゃんを無事に村まで送り届けたあと、森の家でポチと二人きりになった。
「ありがとう、ポチ。……頼りにしてるよ」
「わふっ」
控えめな声で返事をしたポチが、こてんと私の膝に頭を乗せる。
――この森は時に、牙をむく。けれど、私はここで暮らしていける。傍に心強い家族がいてくれるのだから。
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