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第40話


エンドラさんが店に来た翌朝、ユイナちゃんは少し元気が無かった。

どうやら、エンドラさんは一週間ほど村に滞在するようで、ノアさん家にいるそうだ。


「私、エンドラおじさんとあまり話したことが無いから、ちょっと苦手なんだ」


ユイナちゃんは、ぽつりと話した。

なるほど、ノアさんやアデルさんは、「おじいちゃん」、「おばあちゃん」と呼んでいるのに、エンドラさんの事は「お父さん」と呼ばずに「おじさん」ないのはそういう事なのかな。

ただ、そうはいっても、何がどうで苦手というよりは、めったに顔を合わせないから人見知りが出ているような気がするけどね。


「そっか、でも、せっかく一週間も一緒の家で暮らすんだから、少し話せるようになると良いね」


はっはは。私も人付き合いが上手い方ではないから、気の利いたアドバイスなんて無理です。

たぶん、慣れたら、何とかなるのでは??


その日の夕方、「葉だまり」は、いつもより少し静かだった。客足も途絶えて、空気が湿っていて、風がどこか落ち着きなく吹いている。


「……なんだか、変な天気だね」


片付けをしていた私がそうつぶやくと、ユイナちゃんも棚の奥から手を止めて外を見た。


「うん。さっきから空が、変な音してる」


その言葉を聞いたかのように、次の瞬間――


「ゴロゴロゴロ……ッ」


空が低く唸った。遠くで雷が落ちたような音が響く。その音に、私もユイナちゃんも思わず顔を見合わせた。


「これは……嵐、かな」


外を見ると、西の空が鉛色に染まっていた。黒い雲がもくもくと這うように広がり、風は一段と強くなって、店の扉が揺れるたびにドアベルもけたたましく揺れていた。

前の世界とは違って、こちらでは気象予報などと言うモノは無い。衛星からの画像も無いし、そもそも気温を測るとか湿度がどうとか感覚だけしか無さそうだね。

こういった嵐とかは事前に分かると助かるけど、それは「郷に入っては郷に従え」ってやつですかね。


「リセさん 今から森の家に帰るの……?、危ないよ……!」


心配そうに私を見上げてユイナちゃんが言った。


「うーん、そうだよね。でも……どうしようかな。ユイナちゃんの家に泊まらせてもらえないか相談しようかな」


そう言いながら鎧戸を閉めかけたとき、ちょうど村役場の近くの通りに、雨合羽を着て風に逆らいながら歩いているノアさんの姿が見えた。


「ノアさん!」


風に負けないように大きな声で呼びかけると、ノアさんも気づいてこちらに向かってきた。


「おお、リセさん。ユイナも一緒か。よかった、まだ葉だまりにいたんだな」


「はい。嵐が近いようなので、今日はノアの家に泊めさせて欲しいのですが……」


だがノアさんは、首を横に振った。


「いや、それはやめておいたほうがいい。牧場のヘイゼルさんから連絡が入って、中央通りと南通りは遮る物が無いから強風でな。通行止めにした方が良いと言われたよ。北通りも川が近いので風と雨で足元が滑りやすくなっている。だから、いまから家に帰る方が危険なんだ」


「じゃあ……このままお店で夜を過ごす方が……」


「ああ、葉だまりの二階は一時的に住める程度には掃除している。今晩はここで泊まった方が良いだろうな。何かあれば、ワシも役場に泊まるから、すぐに駆けつけられる」


ノアさんはそう言って、にこりと笑った。


「心配するな。この村で一番心配性なのはワシなんだ。お前たちが無事であることが一番じゃよ」


私はその言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。


「ありがとうございます……ノアさんも、気をつけてくださいね」


ノアさんは役場に戻って行った。こういった天候の時は、災害発生に備えて村長や村の役員は役場で待機するそうだ。こんな時に待機しないといけないとは大変な仕事だ。奥さんのアデルさんは、今日は息子のエンドラさんが家にいるので少し安心だね。



嵐が始まったのは、それからすぐのことだった。

屋根を叩く激しい雨音、何度も地を揺らす雷の轟き、吹きつける風の音が、まるでお店ごと吹き飛ばすように鳴り響いていた。


「けっこう、本格的な嵐だね……」


「こわい……」


ポチが戸の前にどっしりと座って、外を見張るようにしていた。時折、雷の音に耳をぴくりとさせながらも、私たちのそばを離れようとはしない。


夕飯どうしよう……多少の食べ物は私のカラ袋に入っている。って言うか、今朝、収穫した野菜とハーブが入っている。あとは……チコリコーヒー用の牛乳がある。あ、そうだ。店の保存庫にヘイゼルさんから貰ったチーズが入れっぱなしだ。

鍋もあるし――うん、お野菜だけのクリームシチューでも良いかな。


三人前のシチューをコトコトと煮る。煮る時間を短縮するために食材は小さめにしているから火の通りは早い!



簡単なシチューだったけど、意外とおいしく出来た。私たちはお野菜たっぷりのシチューを堪能してから、店の二階にある古いベッドにユイナちゃんとポチを案内した。ほとんど荷物置きのスペースにしているけど、小さなベッドと毛布が一組だけ置いてある。


「……ちょっと、狭いけど。三人……じゃなかった、二人と一匹ならなんとかなるかな?」


「うん! ポチ、こっちおいでー!」


ベッドにぽふっと飛び乗ったユイナちゃんを見て、ポチも楽しそうにしっぽをぶんぶんと振ってぴょんっと続いた。私もユイナちゃんの横に転がった。


「なんだか、秘密基地みたいだね」


「うん……ちょっとドキドキする」


毛布の中で、ユイナちゃんの手がぎゅっと私の手を握ってきた。


「でも、こうして一緒なら平気かも」


雷鳴がまたひとつ轟いた。でも、それもなんだか遠くに感じた。


「ありがとう、ユイナちゃん」


「えへへ……こちらこそ」


ポチが私たちの間に割り込んできた。

暫く、もぞもぞしていたかと思うと、くーっと寝息を立てはじめる。ふふふ。ポチはこの嵐でも気にしないんだね、ポチに合わせて、私たちもゆっくりと瞼を閉じた。


どんなに嵐が激しくても、こうして大切な人たちと寄り添って眠れるなら――。

それだけで、安心できる夜になる。

嵐の音の中、葉だまりの小さなベッドの上で、私たちはひとつの毛布にくるまって、眠りについた。


静かに、あたたかく。


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