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第4話


私は毎日、少しずつ庭で育てたものを収穫して食べることにした。

お茶を淹れるだけではなく、調合スキルを使ってスープを作ったり、花の香りを活かした簡単な料理を試みたりしていた。

時には、近くの森へと足を運び、草や木の実を集めて帰ることもあった。


「こうして過ごすの、意外と楽しいかも」


あ、そうそう。明かりは解決できたよ。植物油を使ったランプがあったのだ。この植物も庭で栽培出来るから、いくらでも調達できるようになったんだ。


今のところ、孤独を感じる暇もなく、ただ食事を作り、食べて、静かな時間が流れていく。

その中で、日々の小さな幸せを噛みしめている。ときおり、小屋の周辺を探検し、畑を観察し、スキルの練習をする。

なんて快適で、贅沢な過ごし方なんだろうね。


《草木育成》を使えば、芽がすこしだけぴんと立ち、色づきが良くなる。

《調合》は、簡単なお茶のブレンドでしか使っていないけれど、香りのバランスがとてもきれいに整ってくれる。


おかげで毎日、違う味のハーブティーを淹れるのが楽しみになってきた。


夜になると、小屋のランプの明かりを頼りに、湯を沸かす。

カモミールにオルフェンを少しだけ足して、甘く、やさしい香りに仕上げる。

その湯気を見つめながら、私は静かな夜を過ごすのだ。


現代の喧騒も、オフィスでの空気も、もうここにはない。

誰にも気を遣わなくていい。急かされることもない。

ここでは、私の時間を、私のままで過ごせる。


「……うん。悪くない」


ぽつりと、そうつぶやいて、私はティーカップに口をつけた。

静かで、あたたかい。それだけで、心がふわっと軽くなる。


 ◇ ◇ ◇


それから、数日後――


最近、遠くに見える村の事が気になり始めていた。村の存在は割とすぐに気づいていた。

たぶん、文字を読める事から、言葉も通じて会話も成り立ちそうな気がする。

それでも、わざわざ、他人と接触する気にはなれなかった。


「はぁー。仕方がないか、気が進まないけど、このままでは困るよね」


最初はただの風景の一部に過ぎなかったが、今日は少しだけ歩いてみることにした。

なんてことはない。実は着替えが無いのだ。家中探してみたが、今着ている服と下着しかない。

夜寝る前に洗って、部屋の中で干して、素っ裸で寝て、朝は半乾きでも着ていたが、これはいくら何でもあんまりだ。

私も三十路を越えているとは言っても、一応、女子だ。ここまでワイルドな生活は良くない!


遂に村に向かって第一歩を踏み出すことにした。足元の小石に気をつけながら、ゆっくりと小道を下って行く。森とは違う風の匂いがする。

木の葉のざわめきではなく、土と、人と、何か温かい生活の香りが混じっているような。


三十分ほど歩くと、やがて視界の先に、獣避けなのか木の門扉と人の腰ぐらい柵に囲まれた集落が見えて来た。

柵の向こうに小さな畑と木造の家々が見える。


「……村、だよね……」


村の入口には、粗削りな木で出来た簡素な看板が掲げられている。「ミリール村」と、丁寧な筆致で書かれていた。

私は看板を見上げて、小さく息を吐いた。 どこか懐かしい感じがする。観光地の案内板を思い出したのかもしれない。


門扉を潜り、村の小道を歩いていく。左右には畑が広がっている。

そのとき、近くの畑から「こんにちはー!」という元気な声が飛んできた。


「……あっ、こんにちは……?」


返事を返すと、私の方へ駆けてきたのは、赤毛のおさげ髪を揺らす少女だった。年の頃は十歳前後だろうか。顔立ちは、思っていた通り洋風だ。エプロン姿で、背中にリックを背負っている。


「初めて見る顔だね! 旅の人?」


少し首をかしげながら、私を見上げた。私も決して背が高い訳では無いが、彼女よりはある。


「えっと……うん、そんな感じ、かな」


曖昧な返答しかできない。でも、少女は気にした様子もなく、にこにこと笑って言った。


「私はエマ。おばあちゃんがパン屋をしているから、そのお手伝いをしてるの。お姉さんの名前は?」


あ、名前か。私の名前は、『みなと 理世りせ』だが、何となくリセと言う響きは洋風な感じがするから違和感は無いかな?


「リセ。えっと……その、森の向こうに住んでいるんだけど、こっちに来たばかりで……右も左もわからないんだけど……」


エマちゃんは、ぱちりと目を瞬かせ、それから嬉しそうに手を叩いた。


「じゃあ、いろいろ教えてあげる! ねぇ、ねぇリセさんって、ひょっとして迷い人さんなのかな?」


エマちゃんは私の顔をジッと見ながら言った。


「えっ、迷い人? ……何それ??」


聞きなれない言葉だが、言い得て妙って感じに思えた。時間なのか場所なのか、世界線なのか分からないが、それが少し違うところに迷い込んでしまったような感じがするものね。


「あれ? 違うのかな? 前におばあちゃんから聞いたことがあるんだ! あのね、ずっと昔に他の世界から来た人が居たんだって、リセさんもそうなのかなって思ったんだけど……」


「えぇぇ! 前にも、そんな人が居たの! あ、その迷い人って、他の人に知られるとマズイとかある?」


私と同じ境遇の人が過去に居た! これは重要な事だ。その人はどうなったのだろう? 時の権力者に捕まって……ってのは嫌だな。


「ううん。たぶん無いと思うけど、私の生まれる前だから、よくわかんないや。あばあちゃんに聞いてみる?」


ああ、そりゃそうか。うん。是非とも、彼女のおばあちゃんに教えてもらおう。もし不味いようなら、隠れて生活しないといけないかも知れない。

でも、せめて着替えぐらいは調達したいけどね。


私が、エマちゃんのおばあちゃんに会ってみたいと言うと、エマちゃんは私と手を繋ぎ歩き出した。その手は小さくて温かい。

家々の軒先には花が咲き、干された洗濯物が風に揺れている。犬の鳴き声、料理を作っているのか香ばしい匂い、遠くで子どもたちが笑う声。


――ああ、ここはちゃんと、「誰かが暮らしている場所」なんだ。

胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じていた。



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