第36話
来週、村では夏祭りが開かれるらしい。
祭りは、村の皆が山車を曳いて村の中をぐるっと練り歩いて、水災や風災といった自然災害から村を守ってもらうよう、神様にお祈りを捧げるそうだ。
他には「村の市」と同じく広場には色とりどりの屋台が並ぶ。そして、夜にはファイアーキャンプが行われ、皆で焚き火を囲んで夜通し踊るのだそうだ。
夜通し踊るって……なんだか、アグレッシブなお祭りで、楽しそうだ。
私はまだこの村のすべてを知っているわけではないけれど、それでも、その話を聞いただけで、どこか胸の奥が温かくなる。
祭りなんて、どれくらいぶりだろう。思い出そうとしても、心の奥で霞がかかったようにぼんやりしている。たぶん小学校のころに行ったことがあるような気がするけど、あまり覚えていないんだよ。
村では祭りの準備で皆が浮足立っているようだった。そんな中、今日から、ポチが正式に村に入ることを許可された。
ノアさんの「村の一員として認めよう」という言葉のおかげで、ポチはもう“ただの魔獣”ではなくなった。村の皆からも「護り神さま」として親しまれていて、なんだか、すごい昇格っぷりである。
ポチにその話をすると、首をかしげた後、しっぽをぶんぶん振って私に飛びついてきた。
村の入口で「ポチも来ていいんだよ」と言うと、信じられないような顔をして、それから鼻を鳴らして私の頬をぺろりと舐めた。あはは、嬉しいんだね、ポチ。
村に入ると、すでに何人もの村人が「ポチだ!」と声をかけてくれる。
「護り神さま、今日もご機嫌麗しゅう」「おなかは減ってないかい?」と、野菜やお菓子をくれる人もいれば、「ポチさま〜」「ありがたや〜」なんて言われながら、子どもたちに頭を撫でられていた。ポチは撫でられるたびに、しっぽをぶんぶん振って、口を半開きにしてふがふが言っている。
えっと……神様って、こんなに撫でられるものだったっけ? いや、可愛いから仕方ないけど。
「リセさん! ポチ!」
明るい声に振り返ると、ユイナちゃんが駆け寄ってきた。
「今日もお店、忙しくなりそうだね。冷たいお茶を出すようになってからお客さんが増えたね」
「うん、そうだね。急に暑くなって夏バテになる人も出てきているみたいだから、冷たい『小鳥のさえずり』は注文されるかもね」
ポチはそのまま、葉だまりの前にちょこんと座り、看板犬──いや、護り神としての任務に就く。
どうやら村人たちは、葉だまりの前でポチを見るのがちょっとした癒しになっているらしく、通りすがりの人が次々と声をかけてくれる。
「おはよう、ポチ。今日もお利口だね」「うちの坊主がね、ポチの絵描いたんだよ。今度見せに来るからね」
そのたびにポチは、まるで理解しているように尻尾を振ったり、小さく「わん」と鳴いたりする。
……ほんとに、ただの魔獣じゃない気がしてきた。うん、うちの子は賢いんだよ。
店の中では、ユイナちゃんが手際よく棚を整え、私はハーブを水に浸けて冷やす準備をしていた。
今日提供する「小鳥のさえずり」は、山リンゴ草、ローズピップ、ハイビスカス、マローブルー、マリーゴールドをブレンドした、鮮やかな赤色のハーブティーだ。
ビタミンCが豊富で、酸味もあって夏バテにぴったり。それを氷石の上に置いて冷やし、アイスの時は少しだけ蜂蜜を加えるのがポイントだ。
「リセさん、氷石って本当に便利だよね。『村の市』の出店の人は知らなかったんだよね」
「うん。たぶん知らなかったと思うよ。使い方もちょっと特殊だものね。わざわざ石を叩いたりしないよね」
そうなんだよね。この氷石、鑑定で知ったから良かったけど、普通はただの青白い石なんだよね。
石をハンマーとかで叩くと一致時間冷たくなるなんて、誰も気がつかないよね。
鑑定などのスキルの話は誰にもしていない。たぶん、ユリカさんもしなかったんじゃないかな。
……今、ふと思ったんだけど、ひょっとしてユイカさんってスキルとかレベルとか意味が通じなかったんじゃないかな……だって、ゲームもアニメも無い時代の人だよね。
もし、あの手帳を受け取っていたとしても、意味が分からず放っておいたのかもね。
そもそも、村の皆を見ていると、スキルと言うモノを持ている人は居ないような気がする。少なくとも持っていたとしても気がついていないんだと思うよ。だったら、私のスキルをわざわざ言わなくても良い。
皆と同じ――それで良い気がした。
ユイナちゃんは、窓の外で子どもたちに囲まれているポチを見て、嬉しそうに笑っている。
「ポチって、なんだか……本当に村の一員って感じだよね」
「うん、そうだね。最初は警戒されてたけど……今じゃ、ああやって皆に撫でられてるし」
そこへ、常連のアーナさんが顔を出す。頬が少し赤く、手に扇子を持ってパタパタとあおいでいる。
「あらあら、今日も暑いわねぇ……リセちゃん、例のハーブティー、あるかしら?」
「はい、すぐにお出ししますね」
冷えた「小鳥のさえずり」をグラスに注ぎ、ミントの葉を浮かべて出すと、アーナさんはうっとりしたように目を閉じて一口。
「あぁ……生き返るわぁ。この酸っぱさと冷たさ、たまらないわね」
「夏バテに効くように、ちょっと工夫したんです」
「こんなハーブ、どうやって調合してるのかしらねぇ。魔法みたいだわ」
アーナさんの言葉に、ユイナちゃんが小さく「ふふっ」と笑う。
「ねえアーナさん、リセさんって、ちょっと魔女みたいじゃない? 森の中の家に住んでて、ポチっていう魔獣連れてて、薬草とか詳しくて」
「ふふ、ほんとだね。森の魔女さんだ。だけど、優しい魔女よ」
からかわれているようで、でもどこか嬉しくて、私は少しだけ頬を赤らめた。
昼過ぎ、祭りの準備で村の広場がにぎわい始めた。
子どもたちが走り回り、木材を組んだ山車には色とりどりの布が張られている。ポチも興味津々で、山車をじっと見上げていた。
「ポチも祭りに参加するのか?」と聞く村の若者に、私は「どうかな」と笑って返したけれど、ポチはまんざらでもなさそうな顔をしている。
「葉だまり」でも、夏祭り用の涼しげな飲み物として「小鳥のさえずり」やアイスの『朝の目覚め』こちらはペッパーミント、レモングラス、それからちょっぴりローズマリーでクールで、すっきりとした爽快感がある。
「甘すぎないから飲みやすい」「見た目もきれいで祭りにぴったりだ」と言って注文してくれる人が多く、ユイナちゃんも張り切ってカップを並べてくれた。
「リセさん、今年の夏祭りは、すごく楽しくなりそうだね!」
「うん。私にとっては、初めての夏祭りだし……すごく楽しみ」
ふと空を見上げると、夏の雲が高く流れていた。
村の人々の笑い声、祭りの準備の賑わい、そして傍にいるポチの体温。この世界で、私は少しずつ、大切なものを見つけているのかもしれない。
ポチがぴたりと寄り添って、私の手に鼻をすり寄せた。
「ポチも楽しみにしてるの?」と聞くと、うんうんと頷くように尻尾を振る。この子は、いつも私の心を見透かしているみたいだ。
――こうして、祭りの一週間前。
村の中にはにわかに活気が満ち、「葉だまり」にも笑顔と涼やかな風が流れていた。
ポチとユイナちゃんと一緒に、私はこの村の一員として、日々を重ねていく。