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第34話


私の手の中ですっかり落ち着いたフェンリルの子ども。毛並みはふわふわで、あたたかい。だが、その青い瞳に映る光は、まるで人間のように深く、知性を感じさせる。


「……この子は、私を助けてくれたんです」


誰に言うともなく、ぽつりとそう呟いた。

フェンリルの子は、ちょろりと舌を出して私の頬をぺろりと舐めた。


いつの間にかめん棒を構えていたクロワさんも、その様子を見て、肩の力をそっと抜いていた。


「……まるで、犬みたいだね」


「犬っていうには、大きすぎますけど」


私がそう返すと、クロワさんが笑い声を漏らした。


その時、一人の男がゆっくりと前に出てきた。腰に斧を下げ、山狩りの装備をしている。たぶん猟師の人だろう。


「魔獣ってのはな、普通の獣とは違う。魔素を持って生まれてくる。中には人を襲うような凶暴なやつもいる。……ブラッディベアって知ってるか?」


村人たちの間に、ざわつきが走る。


「あいつは昔、旅人を何人も……それも、丸ごと食いやがった。山猿の魔獣、エイペノスなんてのもいたな。前に撃たれた猟師の家まで、仕返しに来たって話だ」


私の知らない世界の話って言えれば良いけど、だけど、それが現実。私はそっと腕の中のフェンリルの子を見下ろす。青く澄んだ瞳は、私の目をじっと見つめ返していた。


「では……フェンリルも、同じように人を襲うんですか?」


私の問いに、猟師の人は少し首をかしげてから、ぽつりと答えた。


「フェンリルは……昔から、この森にいるって話は聞いてる。でも、不思議と“人を襲った”って話は一度もないんだよ。ただ、あまりにも強いからか、人前に姿を見せることもほとんどなくてな……」


「なら、この子も──」


「……ただな、魔獣が“人に懐く”って話は、聞いたことがない。それが……お嬢さんにだけは、こんなに甘えてる。不思議なこともあるもんだな」


フェンリルの子は、そんな話をどこ吹く風とばかりに、私の胸元にぺたりと頭を預けてきた。まるで、「この人は自分のもの」と言っているように。

村人たちの表情が少しずつ変わっていくのが分かった。恐れよりも、戸惑い。そして、どこかあたたかい目。


「……私、この子を森の家に連れて帰ります」


「えっ? 飼うつもりなの?」


クロワさんが目を丸くした。


「飼うっていうより……一緒に暮らす、って感じです。この子が助けてくれたのを、私は見過ごせませんから。村には連れて来ません。私の家は村から離れていますし……」


そう言って笑うと、フェンリルの子が小さく「くぅん」と鳴いた。まるで賛成しているようだった。


少し沈黙が流れた後、猟師の人が頷いた。


「……あんたがそう言うなら、止めはしないが。あのフェンリルの子だ。おそらく、普通の魔獣とは違う。……けど、念のため、村には連れてこないでくれよ。それだけ守ってくれれば、誰も文句は言わん」


「はい。ありがとうございます」


クロワさんがホッとしたように笑った。


「ほんと、あんたって時々、ものすごいことするよね。いや、いい意味で、だけどさ」


周囲の村人たちも、どこか安心したような顔になっていた。中には、フェンリルの子をこっそり覗き込むように見ている人もいる。

私はもう一度、みんなに頭を下げた。


「駆けつけてくださって、本当にありがとうございました」


「気をつけて帰るんだぞー!」


「その子、よく見たら……ちょっと、可愛いかもな」


そんな声が聞こえてきて、私は小さく笑った。

腕の中のフェンリルの子も、まるでそれに応えるように、私の頬をぺろりと舐めた。



村人たちと別れて、家に辿り着いた。


「ねえ君は、食事はどうする? 既に食べたのかい?」


「わん!」


あーさすがに言葉はわかんないよね。とりあえず、飲み水は適当なお皿に入れて置いておけば良いかな。食べ物は……欲しければ何か反応するかな。


「じゃあ、とりあえず私は夕飯を食べるよ」


葉だまりを出た帰りに、クロワさんのお店でパンを買ってきたんだ。今日の夕飯はパンと野菜のスープだね。野菜スープに、少しは干し肉を入れようかな。

干し肉、私が買ったわけではなく、ずいぶんと昔から保存庫に入っていたお肉だ。そんなお肉でも保存庫に入っていたのなら食べる事が出来るというのだから、便利だよね。


家の畑で取れたじゃが芋とフィア葉、オルフェン草を少々、これらを使った野菜スープに何の肉か分からないけど、何かの干し肉を少し包丁で削り落とすようにして鍋に投入する。


具材を小さめに切っているから、すぐに火が通る。


暫く、グツグツと煮えるのを待つあいだ。このフェンリルの子供に何か名前を付けてあげることにした。


「ふーーん。フェンリルだから、フェンは……安直すぎるよね。何かひねりを……おっと、鍋が……」


吹きこぼれそうになった鍋をかまどから降ろして、スープをお皿によそる。

買ってきたパンとサラダも添えて、夕飯の完成だ。


えっと、あ、そうだ、名前だね。さっき、「わん」って鳴いていたな。魔獣と言っても犬か、狼に近い感じ何だろうね。


「犬ね……ポチ?」安直と言いながら、さらに安直な名前が浮かんでくる。

あ、いや。待てよ。私が日本人だからポチという名前が安直に思えたけど、こっちの世界では気にしなくても良さそうだ。


「……ポチ!?」


「わん!」


ん? ……君は……本当にそれで良いのか?


「フェン……リル……ジョン……ウルフ……グレー……フェンリオ……アスラ…イザリス……疲れた」


色々な名前を言ってみたが、反応は無い。


「……ポチ」


「わん! わん!」


ああ、わかったよ。君はポチなんだね。なんだか安直な名前に決定してしまったよ。ちょっと申し訳ない気がするが、本人もそれが気に入っているようだから良しとしよう。


「あと、君の寝るところは……この食糧庫の上はどうだ? クッションもあるから寝れると思うぞ」


ポチの寝るところを整えてあげて、そこに座らせてみる。うん、良さそうだ。クッションにもたれかかるようにして寝そべっている。

ああ、私の夕飯! ちょっとスープが冷えてしまったけど。もうこのまま食べてしまおう。


一人っきりだった家が少し賑やかになりそうだよ。


「よろしくね。ポチ」


ポチは、私の声に反応して眠そうな顔を持ち上げながら、小さく「わん」と答えてくれた。


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