第31話
「こんにちは、お口に合ったら嬉しいです。お持ち帰り用もございますよ」
笑顔を絶やさず、一人ひとりに声をかける。試飲用のカップは小さめだが、香りが立ち、味がしっかり伝わるように工夫している。
お湯は都度沸かし、新鮮なハーブをその場でブレンドする。
「このブレンド、昨日のと同じですか?」
「はい、『森のまどろみ』ブレンドです。ラレナ草、レモンバーム、カモミールを加えています」
お客さんたちは一口飲んでは、ふっと息をつき、微笑む。その瞬間が、リセにとって何よりのご褒美だった。
昼過ぎには、数人の客が「ここでちょっと飲んでいってもいいの?」とテーブルに座ってくれた。
「もちろん。ゆっくりしていってくださいね、どのお茶でも一杯、銅貨二枚ですよ」
「あら、専門の人に淹れてもらって、銅貨二枚は安いわね」
「定番のブレンドだけではなく、その場で、人それぞれの体調に応じたオリジナルブレンドも用意できますよ」
「それがね、最近、どうも胃の調子がよくなくてね……」と椅子に座ってくれた中年女性の一人が、ぽつりと呟く。
「では、フェンネルとカモミール、それに少しだけレモンバームを加えたブレンドはいかがでしょう。消化を助けてくれますよ」
「じゃあ、それを頂けるかしら」
胃と腸の調子を整えるハーブティーを、女性は何度もうなずきながら飲み干した。
「こういうの、広場の屋台じゃできないもんね。やっぱり、ちゃんとしたお店って落ち着くわぁ」
すると、隣の席に座っていた初老の男性が笑いながら加わる。
「ワシはな、眠れんのだ。歳のせいかもしれんが、夜が長くてのう」
「それなら、ラレナ草とリンデン、それにちょっとパッションフラワーを。気持ちが落ち着いて、自然に眠くなってきますよ」
リセは慣れた手つきでハーブを量り、ポットに入れた。
お湯を注いでしばらく待つ間、お客同士が言葉を交わす。誰かの体調の話、家族の話、村の市で見かけた面白い屋台のこと……まるで井戸端会議のような和やかな空気が、店内に自然と流れていた。
「ユイナちゃん、ティーポットお願い」
「はーい、茶こしも一緒に持ってきますね!」
ユイナちゃんも生き生きと動いている。客から「元気ねぇ」「よく気がつくね」と褒められて、ちょっと照れて笑っている姿が、私にとても嬉しかった。
午後になると、また違うお客がやってきた。
「ここって薬草の店なの?」
「うーん、薬じゃなくて、心と体をちょっと楽にするお茶のお店です。『葉だまり』っていいます」
「へえ、素敵な名前。あの屋台で見かけて気になってたんだ」
店名の看板に目をやり、笑顔を見せる女性客。その顔を見て、胸にじんわりと温かいものが広がった。
「気になるお悩みがあれば、お話してくださいね。香りや味で少しでも楽になれたらと思っています」
最初は興味本位だった人々も、丁寧に対応してハーブの効能を伝えることで、次第に信頼関係が出来つつあるような気がする。
小さな「葉だまり」は、ただお茶を出すだけの場所ではなく、村の人々の心がほっと緩む場所――そう思ってくれると嬉しい。
日が傾き始めた頃、ようやく店は一段落を迎えた。
「ふぅ……今日は、なかなかの賑わいだったね」
「すごいね、リセさん。お茶のことだけじゃなくて、みんなの話もちゃんと聞いてあげてて……私、見習わなきゃ」
ユイナちゃんは、ガラスのカップを拭きながら、そんなことを呟いた。
「ありがとう。でも、私もまだまだよ。これから、もっともっとこの店を育てていきたいな。ハーブの力で、少しでも人を元気にできたらいいなって思うの」
外では、広場の灯りがぽつりぽつりと灯り始めていた。
「きっとできるよ。だってここ、ほんとに葉っぱの陽だまりみたいな場所だもん」
ユイナちゃんのその言葉が、何よりの祝福のように胸に沁みた。
「葉だまり」の最初の一日は、穏やかで、そして少し誇らしく終わっていった。
◇ ◇ ◇
葉だまりの記念すべき開店日を無事に終え、山道を歩いて家に戻っていた。木々の間から差し込む夕暮れの残光が、背を優しく照らしている。昼間はずっと笑顔を絶やさず、気づけばあっという間に一日が過ぎていた。
でも、身体の疲れよりも、心には心地よい充足感があった。
玄関の扉を開けて中に入ると、迎えてくれたのはほんのりと木とハーブの香りの混じった空気。戸棚に並んだガラス瓶や乾燥棚の草花たちも、まるで「おかえり」と言っているようだった。
「ふぅ……」
楽しかったけど、やはり緊張していたんだね。エプロンを脱ぎ、髪をゆるく束ね直してから、ふと思い出した。
――「子どもがね、お腹を壊してしまって……薬を飲ませているけど、苦くて嫌がってしまうの。できれば、飲みやすくて効くお茶があれば助かるんだけど……」
昼間、お店に立ち寄ってくれたお客さんの言葉だった。優しいけれどどこか疲れた目をしていたお母さんの姿が思い出される。
ふーむ。あのお母さんは本当に困っていそうだったな。小さな子供が薬を嫌がるのは無理もないよね。
作業台の前に立って深く息を吸った。
「よぉーし。作ってみようじゃない」
薬効が強く、特に下痢や消化不良に効く「ビャクジュツ」を、まずは取り出す。乾燥されたその根は、ほんの少し指先で砕くだけで独特の苦味と土のような香りを漂わせた。
「はぁ……これは、そのままでは辛いかもね」
スキル《鑑定》を起動する。
《鑑定》発動:ビャクジュツ(白朮)/整腸作用、下痢止め、胃の機能回復。後味が苦い
これに合わせるハーブ……アニスはどうだろう。整腸効果もあり、スーッとする爽やかな香りとほのかな甘い味、それにアップルミントとカモミールを足してフルーツのような風味を入れながら、胃腸の炎症を抑え下痢にも効果がある。とどめにレモングラスで食欲の回復とすっきりとした香りを追加する。
それぞれの量を慎重に計りながら、手元の小鉢に少しずつ加えていく。
「ビャクジュツをベースにして、アニスとアップルミントで甘みと香りを。カモミールで優しく落ち着かせて……レモングラスは、飲み口をさっぱりさせるために少しだけ」
指先で優しく混ぜ合わせたとき、ふんわりと甘く、そしてほのかに薬草の香りが立ち上った。
《調合》スキルを発動。
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《調合》結果:
【やさしいお腹のブレンド】
効果:軽度の下痢を抑え、消化を助ける。子どもにも飲みやすい甘い香りと柔らかな風味。
副作用:なし。継続使用も可。
おすすめの飲み方:一杯分につき熱湯150ml、5分蒸らす。はちみつを加えるとさらに飲みやすい。
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「良し!……できた」
今日は、ここまでにします! また、明日もよろしくお願いします!




