第30話
「はぁーー完売!!」
「ふぅ〜、お疲れさん、ユイナちゃん。ありがとうね。結局お昼ご飯も食べる暇がなかったね。店を閉めて、私たちも何か食べながら他のお店を見て回らない?」
「さんせーい! お腹すいたよ~」
「そうだね。お腹ペコペコ。さ、食べ歩き行こっか!」
用意した商品がすべて売り切れ、二人は、ほっと肩の力を抜いて屋台の看板をしまった。
屋台を引いて広場を後にし、一本奥の路地へと進む。喧騒から少し離れただけで、いつもの落ち着いた空気が戻ってくる。
そのまま「葉だまり」まで屋台を運び込み、裏庭に停めた。
ふぅー、屋台を畳むのは、後回しでもいいよね。
ひと息ついたところで、ふたりは手をつなぎ、再び賑やかな広場へと足を向けた。
香ばしい焼き菓子の匂い、じゅうじゅうと焼かれる肉の音、甘酸っぱい果実ジュースの香り――誘惑だらけの市場通りに、ユイナちゃんの目がきらきらと輝く。
「ねぇ、次、あれ食べてみたい! 焼きイノブタパン!」
「ええ、あれおっきいよ!!」
始めてみる料理に、色々と食べてみたくなるが、一人では食べきれないから二人で半分こして食べる。
ふたりはパンを頬張りながら、笑い合った。市の喧噪の中にも、風に揺れる木々の音や、遠くの川のせせらぎが溶け込んで、どこかゆったりとした時間が流れていく。
そんな中、とある一角に出された小さなテーブルに、色とりどりの石が並べられているのを見つけた。
「わぁ、きれい……宝石?」
「ううん……ちょっと違うみたい」
木箱の上に並べられていたのは、掌に収まるほどの丸い石たち。
すべすべとした質感で、艶のある乳白色から薄い青、薄紫と、色合いも様々。
とくに目を引いたのは、淡い水色にきらりと光る、ひとつの石だった。
「いらっしゃい、お嬢さんたち。そいつはねぇ、宝石とかでは無いけど綺麗でしょ? だからお守り代わりに持っている人も多いよ」
店主の男は、飄々と笑いながら答える。
装飾品でもない、魔道具でもない。ただ“綺麗だから”という理由で並べられた石たち。
ああ、前の世界でも売っていたな。宝石とは言い難いが、綺麗な石や小さな水晶をツルツルに磨いて売っているのを見たことがある。
ただの石なんだけど……それでも、何故か気になる。さっきから、手の中でほんのり涼しさを感じるのだ。
……この石、何かあるのかな?
ふと、スキルを使ってみることにした。
《鑑定》発動:氷石。叩いて衝撃を与えると数時間ほど、凍るほどの冷気を放出する性質を持つ希少鉱石。
……すごい! お店の人は、ただ綺麗って理由で売っているみたいだけど、私にはすごい価値がある。
「これ、おいくらですか?」
「ああ、それねー。うーん、ただの水色の石だからね。銅貨五枚で良いよ」
「それじゃあ、買います」
「リセさん、そんな石なんて買ってどうするの?」
私が、ただの水色の石を買うって言うから、ユイナちゃんは驚いたようだけど……何故か、お店の人も驚いている。いや、いや。貴方が驚いてどうするんだよって思ったけどね。まさか売れるとは思っていなかったのかな?
銅貨五枚、日本円で約五百円、手のひらサイズの「氷石」を購入すると、カラ袋にしまい込んだ。
ふっふふ。店から離れて、ユイナちゃんにこの石の説明をしてあげることにした。
「これね、ただの石じゃないよ。『氷石』っていうんだって。水を冷やせるんだって……つまり……冷たいハーブティーが作れる!」
ついつい、興奮して話してしまったけど、ユイナちゃんも「えっ、ほんとに!?」と目をまるくする。
「私、冷たいハーブティー飲んでみたいなあ……!」
「よし、決まりだね。今度、これで作ってみよう」
思いがけない出会いに、心がはずむ。
「これがあれば、夏に向けて冷たい『小鳥のさえずり』とか出せるようになるかも」
「うわぁ、すてき〜っ!」
村の市での散策は、「葉だまり」の未来につながる宝物との出会いになったよ。
その後、二人で店に戻って屋台の片付けをして、明日の準備としてハーブの持ち帰り用の紙袋を折ったりしていた。そう、いよいよ明日から、お店を開くのだ。まあ、開いたからと言っても、いきなりお客さんが来るか分からないけども準備はしておかないといけないよね。
「明日、お客さん来るかな……一人ぐらいは来てくれたら良いけど」
「大丈夫だよリセさん。今日、屋台に来てくれた人に宣伝しておいたから、きっと来てくれるよ」
◇ ◇ ◇
朝露の残る地面を踏みしめながら、扉の前に小さな看板をそっと掲げた。
―葉だまり―
カイさんが贈ってくれた手彫りの木製看板は、葉っぱをイメージした形。蔦の模様で縁どられた中に優しい文字で店名が彫られている。その文字の傍には小さな花々と湯気を立てるカップの絵が添えられていた。
店の窓から朝の優しい光が差し込み、まるで店の未来を祝福してくれているようだった。
「よし、開店です」
並んだガラス瓶の中には、色とりどりのドライハーブが静かに光を受けている。カモミールの白、ローズヒップの赤、マリーゴールドの黄色……見ているだけで、心がほぐれていく。奥の棚には、青のアトリエで購入したティーカップやティーポットが、綺麗に並べられていた。
ユイナちゃんも早くから来て、店内を手伝ってくれている。テーブルを軽く拭き、お湯の入ったケトルを準備して、お客さんに試飲を出す支度も万端だ。
「葉だまり、ただいまからオープンでーす」
村の市の喧騒が広場の方から聞こえてくる。葉だまりの前を通る人々も、その声に反応して足を止めた。
「あら、あの屋台のハーブティーのお店じゃない?」
「昨日飲んだやつ、美味しかったよ。胃がすっとしたの」
「うちの子、夜泣きが良くなった気がして……」
そんな声と共に、次々と人が店に立ち寄ってくれた。




