第3話
ぐぬぬ……せっかくスローライフを楽しむと意気込んだものの、お腹すいたよぉぉー。
何か食べる物はないだろうか?
うむ、もし、食べ物があるとしたら、この居間兼キッチンだろうね。
部屋の真ん中にはテーブルと二脚の椅子。食器棚、そして昨晩、苦戦したかまど、水瓶、窓際にはベンチ……以上だ。
「あー、食べ物、無いかも! おっと、そうだ。火種! また火打ち石から始めるのは大変だ!!」
慌てて、かまどの中を覗き込む、灰の中でうっすらとオレンジに光っている。良かった。消えていない。
薪は玄関を入ってすぐの土間に積まれている。そこから手ごろな大きさの薪を取ってきて、かまどにくべておく。
再び、食べ物探しだ。何となくだが、少しは食べ物も用意されてそうな気がするんだけどね。テーブルの上の置きっぱなしにしている小さな紙。
そこに書かれた「どうぞ、あなたのスローライフをお楽しみください」というメッセージ、あれは招かれているよな!? だったら、食べ物もあって欲しい!!
「しかし……あらためて見ると、本当に“異世界”っぽいなあ」
麻のワンピース、素朴な木の家具、食器棚に並ぶ木の器や陶器のマグカップ。
現実感があるようで、ないって感じだ。
ふっとベンチに目をやる。
うーーん……そもそも、テーブルと椅子があるのに、このベンチは大きすぎない? 確かにここに座って本を読むのに、ちょうど良さそうだけど。
「そうだ。どこかの居酒屋さんに行ったとき、椅子の下にカバンとか手荷物を入れるスペースがある所があったな。あれって、荷物の置き場所を考えると良く出来ているなって関心したんだけど、ひょっとして、このベンチも物入かも……あ、やっぱり!」
ベンチの座るところを持ち上げると、食糧庫になっていた。麻袋に入った豆、同じく麻袋に入ったパウダー状の何か、瓶詰の野菜、様々な調味料。
「ここでは、豆が主食なのかな? この粉というかパウダー状の物は……小麦粉だね。ああ、そうするとパンが主食なのかもね」
食器棚を漁って、見つけたボールに小麦粉と少量の水とお塩を少々入れて練り込む。イースト菌などがあるか分からないから、パンと言うよりも、インドなどで食べられているチャパティのような物を作る。小麦粉を練った物を平たく伸ばして、調味料と一緒に見つけたオリーブオイルを引いたフライパンで焼いたら出来上がり。
それに瓶詰されていた野菜を乗せて、クルクルっと丸めて食べる。
「うん。シンプルだけどおいしい! この野菜はピクルスになっているか。とりあえず何とか食料は手に入ったけど、そのうちに枯渇するだろうね。何か生活方法を考えないと」
いや、それ以前に、あまりにお腹がすいていたので、勝手に食べてしまったけど、良かったのだろうか?……それに、賞味期限は平気だったのだろうか?
腐ってはいなかったようだけどね。
「うん。考えても分からないから、やめておこう!」
簡単な朝ごはんを食べた後、家の外に出てみた。昨日、井戸を見つけたが、それ以外はよく見ていない。
見ていないけど、少し期待しているところはある。それは香りだ。
あたり一面、様々なハーブの香りがする。私の知っている植物もありそうだけど、この世界特有の植物も沢山あるだろう。それを見てみよう。
小屋の周囲には、雑草に覆われ、ただの野原と化している小さな畑と庭が広がっている。
そこには、ラベンダーのような見た目の花が咲き、足元には小さな双葉がいくつも芽吹いていた。
しゃがみこんで、そのひとつにそっと手をかざす。
――視界に、ふわりと文字が浮かび上がった。
《鑑定》発動:ラレナ草。鎮静作用あり。乾燥して煮出すと、神経を落ち着ける。フローラルの香りは強い。
「おお……すごい。本当に鑑定できた! まるでゲームみたいだね。ほうほう、これはラベンダーだと思ったけど、この世界ではラレナ草という植物なんだね」
まるで脳内に辞書があるみたいだ。思わず笑みがこぼれて、私はもう一つ隣の草にも手を伸ばした。
《鑑定》発動:オルフェン草。甘くまろやかな香り。胃の調子を整える効果あり。
「オルフェンか……なんか、紅茶のブレンドに使えそうかも……」
ほんの少しだけ、楽しくなる。庭と畑を見て回って、どれが食材にできるか調べることにした。
最初は、ただ無駄に歩き回って《鑑定》をしていたけど、試しに《草木育成》も使ってみると、植物はすぐに元気になり、少し大きくなる。
流石に、小さい苗からいきなり食べれる状態までは育たないけど、もう少しで食べれるかなって思える野菜や木の実は、最後の一押しが出来るようになった。
「おお、こんなに簡単に育つんだ……」
最初は驚いた。まるで魔法のようだ。《草木育成》を使うことで、あっという間に葉が青々となり、茎もシャキッと伸る。既に実が出来ていれば色づき始める。
ふむ、ふむ。そうと分かれば、これを生かして、初めての「食事」を準備をしよう。
◇ ◇ ◇
午後からは、私は収穫したばかりのオルフェンの葉と、庭に生えていたラレナ草を手に、早速調理を始めることにした。
まずは葉を摘み、手にしたまま水で洗う。
そのあと、鍋に湯を沸かし、葉っぱを入れると、あたりに甘く、まろやかな香りが広がった。
それを少し冷ましてから、煮込んでいたものに、庭で見つけたチャービルの葉を加えると、ふわっと優しい味が出てきた。
「これは……意外と美味しい」
食糧庫にあった干し果物を加え、少し甘みをつけることで、なんだか優雅な気分になれた。
食事を作ることの楽しさと、同時にこの静かな時間に心が落ち着くことに気づき、思わず深く息をつく。
そして、初めて作ったハーブのスープを夕食代わりに頂いた。
「ふぅー。食事は何とかなりそうだね。次はお風呂だ! ……って言いたいけど、湯舟と言う物が無いようだね。たぶん、これを使うのかな」
それは洗面所? にあった。うん、日本で言うところの風呂とトイレが一体型のユニットバスって感じかな。ちょっと違うか?
まず、トイレは穴の開いた木箱が置いてあった。中を覗くと、箱の底を通り越して、地面の下の方まで穴が続いている。穴がどこまで深いのか分からなかった。
……これは、落ちたら助からない気がする。
いや、そっちは良いとして、お風呂だ。お風呂らしきものは大きな木の“たらい”だ。この中に座って濡らしたタオルで体を拭くって感じかな。
「ああ、これはキツイな。日本人は世界でも有数の綺麗好き、風呂好きだからな。これは、そのうちに五右衛門風呂かドラム缶風呂でも欲しいところだが、当分は、体を拭くだけで仕方が無いか。うむ。そうなると鍋でお湯を沸かさないとか」
そんなこんな、ようやくお風呂と言うか体を拭けたのは暗くなってからだった。ええ、そうです。明かりを灯す方法が分かりません。
あ、明日は昼間に明かりを灯す方法を探しておかないと駄目だな。