第29話
昨日、カイさんが移動式の屋台を譲ってくれたので、今日は村で開かれる“村の市”に出店してみるつもりだ。
屋台で販売する商品は、オリジナルブレンドのハーブティーの茶葉と、昨晩、突貫で作ったサシェ。
昨日は、カイさんに屋台の組み立て方や分解のコツを教わったあと、その足で『針と糸のマリア』に向かい、綺麗な布と糸、針を買って急いで家へと戻った。
朝のあの出来事が頭をよぎって、帰り道の山道では少しビクビクしていたけど――特に不穏な気配も物音もなく、いつもの静かで平和な道に戻っていた。
結局、あれは何だったんだろうね。まあ、何もないのが一番だけど。
家に着くと、簡単にお昼をすませて、さっそく買ってきた布を使ってサシェ作りに取りかかった。
草木染めの布を手ごろな大きさにカットして、袋状に縫っていく。本当は刺繍なんかも入れられたら良かったんだろうけど、さすがにそこまでは間に合わない。
いやほんと、前日に思いつきで商品を増やすとか、計画性なさすぎでしょ……前日に思い付きで商品を作るなよって話ですね。
それでも、何とか出来上がった袋に前の世界ではラベンダーと呼んでいたラレナ草やローズゼラニウムの二種類のフローラル系の香りとローズマリー、レモングラスのリフレッシュ系の二種類、合計四種類のサシェを作ってみた。
◇ ◇ ◇
朝靄の残る広場に、ざわめきが満ちていく。年に一度の「村の市」が始まった。
私も初参戦! どうなるか心配もあるけど、楽しみの方が大きい。
広場のあちこちには、果物や焼き菓子、干し肉、布や道具や木工品にガラス細工と多種多様な店が並び始めていた。
ちょっと、私も覗きに行きたいが、まずは自分の店をやらないとね。ちなみにクロワさん、カイさん、メリッサさんも店を出しているんだよ。
近隣の町からも人が集まり、普段の村には無い大きな、にぎわいとなった。
そんななか、木目の美しい小さな屋台を広場の一角に設置した。
白木の屋台に、可愛らしい布の屋根を付けて、側面には焼きごてで入れられた「葉だまり」の看板。これは、木霧工房のカイさん作ってくれた、私専用の移動式屋台だ。
「よし、こんな感じで並べてみようか。あ、ユイナちゃん、その瓶、もう少し奥に――ありがとう」
ユイナちゃんと二人で、茶葉の入った紙袋や、手書きの説明札をひとつひとつ丁寧に並べていく。
昨晩、突貫で作ったサシェも横に吊るしておく、このサシェがちょうどお客さんの顔のあたりにあるのがポイントだ。店を見に来たお客さんが何気に香りに気が付き手に取ってみたくなる。
そんな感じが理想だね。
「ねぇリセさん、今日はどのブレンドを試飲に使うの?」
「うーん……午前中は《小鳥のさえずり》にしようかな」
山リンゴ草のさわやかな酸味に、ローズヒップとハイビスカスの赤みと甘酸っぱさ。そこにマローブルーとマリーゴールドの花びらが加わると、まるで絵画のように彩り豊かな茶葉がティーポットに舞い落ちていく。
フルーツの香りと少しの酸味が、今の陽気にぴったり。
「それ、わたし大好き! 香りで元気が出るんだもん♪」
屋台の奥では、小さなかまどに乗せられたケトルが湯気を立てている。
リセはティーポットに茶葉を入れ、ゆっくりと湯を注ぐと、たちまちハイビスカスの赤がじわりと広がり、それに染まりながらも、ところどころに青と黄色が混じりあって、美しいグラデーションを作っていく。
やがて、ふわりとした優しい香りが、屋台のまわりに広がっていく。
少し立ち止まった通りすがりの女性客が、興味深そうに近づいてきた。
「……まぁ、いい香り。これ、お茶なのかしら?」
「《小鳥のさえずり》というオリジナルのブレンドです。お口に合うか分かりませんが、よかったら試してみませんか?」
小さな試飲カップを手渡すと、女性は一口、そっと口に含み――目を丸くした。
「あら、美味しい……こんな柔らかい香り、初めてだわ。お茶なのに、気持ちがほっとする」
「ありがとうございます。お茶は十杯分ずつ紙袋に入れてあります。一袋、鉄貨一枚です」
「じゃあ、一袋くださいな。……それと、こっちはどんな味なのかしら」
「こちらは《森のまどろみ》といいます、どうぞ、飲んでみてください」そう言って、別に容器に注いで手渡す。
「まあ、ありがとう……はぁ、おいしい、こっちは何だか落ち着きますね。これ、娘にも飲ませてみたいから、こちらも一袋ください」
そう言って買っていった女性のあとにも、次々に人が集まり始める。香りに惹かれて、あるいは口コミで。
ユイナちゃんは手際よく、試飲用のカップを洗ったり、紙袋を渡したり、子どもに茶葉の香りを嗅がせてあげたりと大忙し。
それでも彼女の笑顔は終始絶えなかった。
「ねえ、リセさん。あのおじさん、さっきの試飲もう三回目だよ?」
「ふふっ、気に入ってくれたなら嬉しいね」
陽光に照らされた「葉だまり」の屋台には、絶えず香りの風が吹いていた。
人と香りが行き交い、笑顔が交わり、小さなハーブティーの屋台は、広場のなかでもひときわ温かな場所になっていた。
昼を過ぎると、村の市はいっそうのにぎわいを見せていた。
子どもたちの笑い声、大人たちの売買の声、行き交う人々の足音――そのすべてが重なり合って、広場全体がひとつの大きな生き物のように脈打っていた。
「ふう、午前中だけで《小鳥のさえずり》は、ほとんど完売しちゃったね」
「ほんとに。あっという間だったよね!」
リセは新しいポットの準備に取りかかりながら、紙袋の在庫をひとつひとつ確認する。
「午後は……《陽だまりの午後》と《星降る夜に》にしようか」
「うんっ! 《陽だまりの午後》は、青りんごのような甘い酸っぱい感じでおいしいから、きっと気に入ってもらえるよ。それに《星降る夜に》は色が綺麗だから目を引くから良いと思うよ」
そう。味では《陽だまりの午後》が良いけど、色合いは薄い黄色でインパクトは無いかもしてない。一方、《星降る夜に》はインパクトが強いが味付けは子供好みで少し甘い感じだ。
《星降る夜に》をポットに入れてお湯を注ぐ。その幻想的な色合いに、隣の店の子どもが目をまん丸にして立ち止まった。
「……お茶、なの? あれ」
「ふふっ、飲んでも見ても楽しいお茶だよ。ほら、ひとくちどうぞ?」
ユイナちゃんがカップを渡すと、子どもは恐る恐る口をつけ、そして嬉しそうに笑った。
「すっごく、おいしい!」
そんなやりとりが見ていた人が、つられてやって来る。人が集まると、それを見た人もやって来る。
そして、ハーブティーと共にサシェも売れていく、これらを買った人たちが歩くと、香りも広がっていく。
そんななか――「これは……お茶屋?」と、別の意味で立ち止まる人もいた。
「……いや、違うな。これは……移動式のお店か?」
屋台をまじまじと見つめるその男性は、どうやら大工のようだった。
木組みの細部や、支柱の補強、棚の工夫、折り畳み可能な脚部――そのひとつひとつに、興味深そうに目を向けている。
「これ、どこで買ったんだい? この造り……初めて見るが」
「あ、これですか? 木霧工房のカイさんが作ってくれたんです。私が……こんな物が欲しいって説明して――」
「木霧工房……って、あの若い木工職人の? なるほど、あの人ならやりかねんなぁ。こりゃすごいや」
やがて、興味を持った人たちが屋台そのものにも集まりはじめ、何度も笑顔で「木霧工房のカイ」の名前を口にすることになった。
「じゃあ、俺もお茶をもらおうかな。ついでに、その“木霧工房”の場所も教えてくれないかい?」
「あ、それでしたら、ちょうど今日も木工細工を売っていますよ。ほら、あの広場の向こうです」
午後の日差しの中、「葉だまり」の名前もまた、多くの人の記憶に残る香りと彩りを届けていた。




