第26話
うむー。仕方がない。
スライムについては、カイさんかメリッサさんが来たら聞いてみることにして、ユイナちゃんには他の物について聞いてみることにした。
まず、かまどの横におく大きな水瓶だけど、これ、村では作っても居ないし、売っているのも見たことが無いらしい。前に、近所の家の水瓶が割れてしまった時に、ノアさんの息子さんが、隣町から運んできたのを見たそうだ。
「えぇっ、隣町から運ばないと無いの?」
「うん。たぶん、そう……おじちゃんから聞いたことがあるけど、町に行くには村から馬車で往復すると二日ぐらいかかるんだって」
ユイナちゃんは、ノアさんの息子さんはおじちゃんと呼んでいるそうだ。
んー、そこはお父さんでは無いんだね。……あ、そうか、ユイナちゃんを紹介してくれた時、ノアさんは「養子のユイナ」って言っていたね。
そうなると、ユイナちゃんは、ノアさんの養子、だからノアさんの息子さんとは兄弟という形になるのかな?? おや? そうなるとノアさんはユイナちゃんのおじいちゃんではなく、お父さん??
いやいや、それは良いんだ。
そうか……水瓶は簡単には手に入らないんだね。ネット通販してくれないかな。
あ、送料が高そうだ。
「あ、そうだ。あとね。火打石とか薪とかってどこで買えるの? これは、がらくた屋?」
「プハッ! がらくた屋に色々と期待しすぎだよ~。でも、火打石は、がらくた屋さんだね。薪はウチだよ」
「マキハウチ?」
「ちょっと待っててね。えっと……はい。これ」
ユイナちゃんは、持って来ていたリックから、薪の束を四つほど取り出した。
「今、持っているのは、これだけだけど買う?」
お、ウチとは村長さんところで売っているという事か。なんでも、薪とか材木は村の資源になっていて、木は全て村長さんのところで一括して管理しているそうだ。
確かに、その辺の木々を、むやみやたらと伐採されたら、土砂崩れとか発生しそうだものね。
だから、しっかりと管理して、切って良い木を木こりの人が切って、それを材木屋さんが加工して、その木材をカイさんの所のように木工職人さんが買い取って家具とかに加工すると、そして、家具や建築資材にならない部分が薪として売られているようだ。
ほー。なるほどね。そんな風に流通しているんだね。ユイナちゃんは八歳なのに、しっかり勉強しているんだね。
とりあえず、四束全て買い取りしました。森の家に積んでいた薪はもっと多かったから、四束は蓄えとしては少ないんだろうね。
ちょっと、本格的に店が始まったら、一日当たり、どの程度必要か確認しないといけないね。
そのあと、ユイナちゃんのお留守番してもらっておいて、私はひとっ走り、広場の通りにあるがらくた屋で火打石と鍋、ケトル、水桶を買って帰って来た。ちょっとついでに蝋板と言う物も買ってしまった。蠟板というの書いたり消したり出来るノート、いや黒板の方が近いかもしれないね。木の板の表面に塗られている蝋を尖った金属棒で引っかくように削って文字や絵を書いて、消すときは、金属棒のお尻で擦れば削れた部分が埋まって消えるという優れものだ。
いや、蝋板の話は良いや。とにかく水瓶が手に入るまでは、水桶で対応することにして、ようやくこれで一息つく準備が出来た。かまどに火を入れて、ケトルで水を沸かす。
もう、火打石も薪の使い方も慣れたものだ。
メリッサさんのところで買ったガラス製のティーポットを取り出すとカウンターに置いた。
瓶のふたを開けて、カモミールをひとつまみ。そのすぐあとに、レモングラスを少し。
ふわりと立ちのぼる、甘くやさしい香りと、草原を思わせるような爽やかな香りが、ほのかに混ざり合って空気に溶けていく。
「よし…」
言葉にするように頷きながら、ゆっくりとポットにお湯を注いでいくと、乾いていたハーブたちがゆるやかにふくらみ、静かに、でも命をほどいていくよう湯の中を舞う。
ふたりで見つめるその時間は、まるで、ハーブたちが語りかけてくるのをじっと待っているような、不思議な静けさに包まれていた。
やがて色づいた琥珀色の水面に茶こしを添えて、そっとカップに注いだ。
ふわりと流れ込むお茶の香りが、やさしく店の中を満たしていく。
私は、ユイナちゃんに微笑みかけながら、そっとカップを差し出した。
「はい、どうぞ。ちょっとひと息」
ティーポットから立ち上る香りに、ユイナちゃんが目を細める。
「カモミール、好きかも。落ちつく……」
「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいな。ユイナちゃんの鼻は、本当に頼りになるわね」
そう言って笑い合ったちょうどそのとき、店の外からギシギシと木の車輪の音が近づいてきた。
この音は、カイさんだね。椅子やテーブルと大きな物はカラ袋には口の大きさ的に入らないから、こうして荷車で運んでくる
そうだ。ふむ。前の世界から組み立て家具というのがあったけど、こっちには無いのかかな?
「来たみたいね」
そっと立ち上がり扉を開けると、木霧工房のカイさんが、荷車を引いてこちらへ向かってくるところだった。
無口な男の人だけど、何故か少し照れたように視線を外しながら店の前に立ち止まった。うむむ。ジロジロと見すぎてしまったね。
「ベンチ、椅子とテーブル……できた」
荷車の上には、やさしい色合いの木肌が美しい小さなテーブルが二つと椅子が四脚それに窓際に設置する予定のベンチが丁寧に積まれていた。
その端に、葉っぱをかたどった優しい曲線の木の板が立てかけられている。木目を活かしたその板には、丁寧に掘り起こされた丸みを帯びたやさしい文字で店の名前が彫られていた。
――葉だまり
店の名前の周りに蔦が囲い、花やカップのデザインが入って優しい風合いを醸し出している。
「……看板、ありがとうございます。すっごく素敵です……」
私の小さな声を聞いて、カイさんは僅かに肩をすくめた。
「ん。大したことは無い。ささやかなプレゼント」
「ふふ、ささやかだなんて、とんでもない、すっごいプレゼントだよ。ありがとう、カイさん」
店の入口の上にカイと一緒に看板を掲げると、まるでそこにようやく“お店”としての魂が宿ったようだった。テーブルと椅子も店内に配置され、空間がぐっと生き生きとしたものに変わる。
「ちょうどお茶の時間だったんです。カイさんも一杯、どうですか?」
そう言ってリセは、少し特別な飲み物を用意する。
チコリの根を炒って粉にした“コーヒー”風の飲み物。それに牛乳を少し加えて、まろやかに仕上げた。
湯気の立つカップを手渡すと、カイは一瞬だけ目を見開き、その後、ゆっくりとひと口含む。
「……変わった味。でも、おいしい」
その言葉に、ほっと胸を撫でおろしたところで、扉がコトンと小さく音を立てた。
「こんにちはー、持ってきたわよー」
入ってきたのは、『青のアトリエ』のメリッサさん。肩にはショルダーバッグ型のカラ袋が掛けられていた。
カウンターに次々とガラス製のカップたちが並べられていく。
「ティーカップと、コーヒーカップ、それからグラスと、これで注文の品は以上だよ。お店、いよいよだね」
「はい、いよいよ始まります。ちょと緊張してきますけどね」
そう言いながら、メリッサさんが持ってきたガラスの器たちをひとつひとつ確認する。
透き通るような青みがかったグラスは、光を受けてきらきらと輝き、小さな店内を彩ってくれた。
「せっかくだから、メリッサさんもお茶しませんか?」
「どんな味がするのか気になっていたのよ。もちろん、いただくわ」
そうして、今度は四人で、小さなテーブルを囲んでのひとときが始まった。
カモミールとレモングラスの香りが部屋を包み、ユイナちゃんは目を輝かせてハーブの種類を当てっこしている。
メリッサさんには、『陽だまりの午後』を出してみた。ティーカップを手に、ハーブティーを楽しみながら、器の持ち心地に満足そうに頷いている。
静かな村の一角で、木とガラスとハーブの香りが織りなす、温かで穏やかな時間。
「葉だまり」は、今日も少しずつ、その居場所を世界に広げていた。




