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第2話


私は、旅行代理店で企画を担当していた。

文系の大学を出て、特に特技があったわけもなく、やりたいことがあった訳でもない。

ただ、何となく就職したのが今の会社だった。

日々、仕事に追われて残業の毎日。終電で帰る事もしばしば。そのくせ残業代は出ない。裁量労働とか言っているが、単に残業代を出さないようにしているだけだ。法律では残業制限があるが、私の勤めていた会社にそんなものは、あって無いようなもの。

所謂、世間一般で言うブラック企業だった。

そんな会社辞めてしまえば良いのに、気が付くと十年も務めていた。


まあ、そんな会社も先日、倒産してしまったらしいけどね。

その日は、いつも通り、朝起きてテレビをつけて、ニュース番組を流しながら出勤前の身支度をしていた。髪を梳かしていると、テレビから良く知っている会社の名前が聞こえて来た。

ん? と思い、目をやると、そこは今から行くはずの会社の玄関先。レポーターのお姉さんが横に立って話している。


もうね、笑うしかないよ。資金繰りに行き詰って、社長が夜逃げしたらしいよ。十年勤めた結果がこれだよ。

せめて退職金を寄こせや!


「あぁぁ、思い出したら腹が立ってきた! ハーブティーでも飲もう!」


苛立ち、不安に効果があるカモミール、それに爽快感のレモンバームを加えよう。

先ほど、頭の中に浮かんだ情報で、ちょうど良い組み合わせと量が分かる気がする……これ、すごい便利かも!


キッチンの食器棚からティーポットを持って来る。そこに、ガラス瓶から必要なドライハーブを取り出して入れる。


「ん? お湯はどうすれば……とうぜんガスコンロは無いよね。そうなると、かまどかー」


ティーポットを持って居間兼キッチンに戻り、かまどをジッと眺める。

薪はあるが、マッチもライターも無い。


あたりを見渡す。……なにやら意味ありげに石と金属の棒が、かまどの横に置いている。

たぶん、これらを使って火を付けるってことだよね??


かまどの中には藁と薪と入っている。


「まあ、やったことは無いけど、想像は出来るよ。これは火打石だよね。この鉄の棒を打ち付けて火花を出せと……」


石を鉄の棒で叩いて火花を飛ばそうと頑張るが、思った以上に難しい。

石と金棒を持って打ち鳴らす。石を藁の上に置いて、金棒で叩く。


色々やっているうちに、ちょっと外が薄暗くなって来た。

おまけに、ひたすらカチカチと石を叩いていたので、いい加減、手もしびれて来た。


諦めそうになった、その時、ついに火花が、いい感じで藁に引火した。

火種を吹き消してしまわないように、そおっと、火吹き棒で息を送り込む。

そこからは意外と早かった。藁が勢い良く燃え始めると、細い枝も燃え、遂に薪にも火が移ったのだ。


「ふぃー。疲れた。これでようやくお茶が……ああ! 水が無い!!」


あぁ、外は薄暗くなって来ている。家の中の探索に時間をかけすぎた。マズイぞ! 水源の確保なんてサバイバルの基本中の基本だ! 

って、まぁ、家の中でサバイバルをする人は居ないと思うけどね。


あたりを見渡すと、土間に持ち運ぶのにちょうど良い大きさの木桶があった。バケツサイズってところかな。

それを持って家の外に出て、あたりを見渡す。この家に来る前に川の音は聞いていたけど、正確な位置は把握していない。

この時間から外を探索するのは厳しい。この場所が分からないが、最近は熊のニュースを見た事がある。

日が暮れてから森に入るのはやめた方がいいだろう。


「どうしようかな。あ、いや、川から汲んでくるとは限らないな」


木桶を持って、家の周辺を回ってみる。


「ああ、良かった。井戸があった!」


井戸と水瓶の間を何往復かして、ようやく水瓶に水を蓄える事が出来た。やれやれ、これで、お湯を作れるよ。

井戸水が飲み水に適しているか、分からないが、沸騰させれば、たぶん大丈夫だよね。

ケトルに水を入れてかまどに置く。かまどの火を見ながら、椅子に座ってのんびりと待つ。


「ふぅー。なんだか疲れたな……それにしても、ここは何処なんだろうな……私の事、ニュースになっているかな? いや、会社も倒産したんだったら、居なくなったことに、誰も気がついていないか……」


ケトルがコトコトと音を立て始めた。沸騰しすぎないところで、お湯をティーポットに注ぐ。

ハーブたちがポットの中で舞う。ふわりと部屋全体に花の香りが広がっていく。


 「……今度こそ、お茶が飲める」


かまどの火を見ながら、ゆっくりと、カモミールとレモンバームの香りを味わう。


 ◇ ◇ ◇


鳥のさえずりと、窓辺に差し込む陽光に目を覚ます。

天井の木材はざらついていて、ところどころに染みがある。

けれど、それすら懐かしいような気がして、私は寝台から起き上がった。

昨晩は、火を熾すだけで疲れてしまい、お茶を飲んだだけで眠ってしまった。


「うーむ。結局、見ず知らずの場所で寝てしまった。しかも鍵もかけて無いし、ちょっと気を付けないと危ないね」


昨日、森の中で気が付いた時の不安は、今でも胸の奥に残っている。

それでも、お茶の香り――乾いたカモミールと湯気に包まれて、ほんの少し、肩の力が抜けた気がしたのだ。


ここがどこで、何がどうなっているのか。わからないことばかりだけど、あの温かな香りが私を少しだけ「大丈夫」と思わせてくれた。

今日は、朝から家の周辺に何があるか、調べることにした。


「さて、寝て起きた訳だから、夢って事は無い。そのうえ、ここの文字や、生活水準を見る限り日本とも思えない。そうなると私の脳が病気で、ふらふらと、国外まで来てしまったというのも無理がある。さらにはテーブルに置いていたメモや手帳に書かれていた文字、まるで誰かに招待されたようだ……いや、それも違うか。誰もいないからね。まさか……あれか、異世界転移とかって奴か??」


うん。意外と異世界転移と言うのがしっくりくる。知らない文字がすんなりと読めて理解できる。そのうえ、誰かの手記を読んだ途端、するすると頭に入って来る知識。まるで、ゲームかアニメの世界だ。スキルを身に着けたって感じかな!?


「そうだ。スキルと言えば、最初に持っていた手帳にスキルのような物が書いていたな、えっと、お、これだこれだ」


――《草木育成》Lv.1

――《調合》Lv.2

――《鑑定》Lv.1


「おや? レベル2……たしか、全て1だったはず。昨日の手記を読んだ事が影響したのか、それともハーブティーを作った事が影響したのか分からないけど、とにかくレベルアップしたってことか?? そして、これは、私自身のスキルとレベルだね。本当にゲームの世界だな。しかしゲームの世界だとしても、怪我もしたくないし当然、死にたくもない。死んだら元の世界に戻れるのかも知れないけど、試すわけにはいかないね」


何の因果で、この世界に来たのか分からないけど、何とか生きていくしかないようだね。まあ、前の世界のようにブラック企業に勤めているよりはマシかな。あ、そのブラック企業は倒産したんだっけ。何にせよ、私には親兄弟もいないし、恋人などもいない。

大学時代の友人も居たけど、仕事が忙しくって最近は連絡も取っていない。だからと言って、寂しかったわけでもない。


せっかく、スローライフに招待されたのだ。まったりとやろうじゃない!


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