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第11話


ノアさんと情報のすり合わせをした後、どうやら、ノアさんの中で、私は“迷い人”であると確定したようだった。

あの森の中の小さな家は、ユリカさんの更に先代の“迷い人”が建てた家のようだ。その迷い人の名前は記録に残っておらず、今となっては不明だそうだが、とにかく、それ以降は“迷い人”が来たら、あの家を提供しようという事になったそうだ。


その後も、私は、この世界の常識と言うか生活様式を学ぶことになった。それは、ノアさんではなく、アデルさんとユイナちゃんが先生となって教えてくれた。

うん。これを最初に学ぶべきでしたね。かまどの使い方や井戸の話、お風呂の話にトイレの話などもあった。あ、そうそう。トイレと言えば、あの深い穴はどうなっているのかと言う謎は分かりました。汲み取り式のトイレにしては、底が見えないぐらいに深いなぁと思いましたが、なんと穴の先にスライムが

いるそうです。

おぉぉ、遂に、ここでファンタジーな世界感が出てきましたよ。

まあ、そうはいってもトイレでファンタジー感を味わなくても良いのですけどね。


食べ物に関しては、大体、日本と大きな違いは無さそうだ。“ウシ”と言う名のマンモスのような動物は置いておくとしようね。

後は、豚ではなくイノブタと言っているが、本当に豚とイノシシの交配したものか分からない。たぶん、“ウシ”から想像すると、ただの豚やイノシシでは無いような気がするね。後はニワトリも家畜として育てているようだ。


「ん? そういえば、ユリカさんがあの家の住んでいたのは百年ほど前の話なのですよね! あぁ私、家に置いていた瓶詰めの野菜食べちゃいました」


「えぇ?? 瓶詰の野菜!? 大丈夫? お腹は痛くない? そ、それは何処にあったの?」


アデルさんも焦る。いや、そりゃそうか。いくら保存食でも百年前の食べ物を食べちゃ駄目だよね。


「えっと、キッチン兼居間のベンチみたいな物入の中に他の食料品と一緒にありました」


「あぁ……良かったわ。それは保存庫よ。その中なら腐らないのよ。いつまでも同じ状態が保てるの。ただし、生き物は入ると、死んじゃうから、ある程度の大きなの生き物を入れようとすると、蓋が閉まらないように出来ているのよ。でも小さな生き物は入れられるから、その機能をつかって、お野菜に付いた虫は保存庫に入れると簡単にやっつける事が出来るから便利よ」


ああ、良かった。その機能があるなら、腐っていなかったんだね。というか、ついでに裏技まで教えてくれたよ。確かに、葉物野菜はたまに芋虫さんと、“こんにちは”することがあるからね。一度保管庫に入れてから、水洗いすると良いのか。


「それにしても、良く知らない家に置いていた物を食べる気になったわね。そっちも驚きよ!?」


「はっはは……二日間食べていなかったから、冷静な判断が出来なかったのかも」


その後、お金の話や、重さの単位にまで話が及んだ、それと言うのも私がオリジナルブレンドのハーブティーを売りたいと言う話をしたからだ。

こっちの世界では量り売りという売り方は無いようなので、小袋に小分けしたものを売る方が良さそうだね。


ただ、やはりアデルさんもお茶とかハーブとかが売れるのかと心配そうにしていたので、今度持って来て、一度試飲してもらうつもりだ。

ふっふふ。きっと味に驚く思うけどね。ユイナちゃんも気に入ってくれると良いけどね。


そんな、話をしていると、ノアさんが、革袋と一緒に手紙を持って来てくれた。


「さあ、リセさん。これがユリカさんが遺してくれたお金だ。銀貨で三十枚ある。それと、ユリカさんが書いた手紙らしのだが。ワシも読めない文字だからユリカさんの国の文字だと思うが……読めるかね?」


「では、見せて頂きますね……」


私は、変色してしまった紙を開いた。そこには日本語が書かれていた。


――――――

親愛なる、まだ見ぬあなたへ。


もしこの手紙を読んでいるのなら、あなたも私と同じように、ある日、ふとこの地に来てしまった人なのでしょうね。

私の名前は山下百合香。私は一九四三年に日本から来ました。大東亜戦争の真っ只中で、食べる物も無い状態でした。

主人と息子を亡くし、失意のまま過ごしていましたが、気づけばこの地に立っていたのです。

私は六十歳を過ぎていて、いつお迎えが来てもおかしくないと思っていましたが、まさか、こんなことになるとは思いもしませんでした。


こちらに来た当初は、本当に右も左も分かりませんでした。けれど、人は不思議と順応していくものです。この地の人たちは、優しいです。

少し不器用で、時々言葉足らずだけど、その分、まっすぐで温かい。


私は家の近くに、小さな畑を作り、薬草を育てて暮らしていました。昔から草花をいじるのが好きだったんです。

気づけば、それが私の仕事になっていました。たまに、村人たちに香草で作ったお茶をふるまったり、静かで穏やかな毎日でした。


この家には、ほんの少しばかりの薬草と干した香草を残してあります。こっちの世界の人たちから聞いた草の名や特徴も多少書き留めていますので、よければ使ってください。どうかあなたの役に立ちますように。

そして、銀貨で三十枚だけですがお金も残しました。あなたが最初の一歩を踏み出すための、助けになりますように。


私には子も、孫もいません。だから、あなたのような「まだ見ぬ誰か」に何かを遺したくて、こうして書いています。


帰る方法は、私は見つけられませんでした。でも、不思議と後悔はないのです。この世界で出会った人たちと、笑ったり泣いたりしながら、私は静かに年を重ねました。


だから、どうか、焦らずに。

一歩ずつでいいから、この世界の空気や音に、あなたの歩幅で馴染んでいってください。


あなたの旅路が、穏やかで、あたたかいものでありますように。


百合香より


――――――


大東亜戦争か……後に、第二次世界大戦と呼ばれることになる世界規模の戦争だ。百合香さんがこっちの世界に来て二年後の一九四五年に終戦を迎える。

百合香さんは明治の中頃に生まれて、大正、昭和の始めまで日本に居たことになる。それは日清、日露戦争、第一、第二次世界大戦と近代史の全ての戦争、そして関東大震災と言う大規模災害まで、激動の日本を生き抜いてきたのだろう。


異世界など聞いたこともない時代に生きていた彼女にとって、この場所は、想像を絶する場所だっただろうね。突然、そんな場所に飛ばされたのに、嘆き悲しみ立ち止まるのではなく、自分に出来る事を見つけ、この時と場所に合わせて楽しみを見つけながら、歩んできたのだろうね。


私は、百合香さんの手紙の内容をノアさんたちに話して聞かせてあげました。彼女が居た日本の時代背景も含めて、話す事で彼女の想いも伝わると良いなって思ったのです。もちろん、私だって実際に戦争を経験した訳でもないので、全てがわかる訳ではないのですが、何となく彼女を知る人たちには、知っておいてもらいたかったんだ。


――彼女は、皆さんのお陰で、心穏やかに過ごせたと思うよってね。


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