SCORE 06 WAR GAME
そして日曜、記念すべき新生小樽市立オタモイ高校と朝里高校の試合が始まる。朝里高校は北海道唯一のサッカーチーム「ハラペーニョ札幌」の正選手を輩出しているほどレベルの高いチームだった。だがオタモイ高校との交流は長い間続いている為に、今回のような練習試合につき合ってくれたのである。
「大川君ー」
先日鬼小島とハッタリ合戦をした結果(※主にタクマが)不用意にギャラリーを集めてしまった事を悔やむ大川に陽気に声をかけてくる朝里高校のキャプテン日向弘。大柄ながらその動きは俊敏で攻守においてキーマンとして活躍する全国クラスの選手である。学年は三年生で、大川ルイスよりも一年年上だが、誰にでも優しく接してくれる好青年だった。
「どもっす、日向センパイ」
日向からは札幌創成ミニガンズ時代から世話になっている為にいつもにも増して腰の低い大川だった。二人はそのまま今日の試合について腹の探り合いをしながら言葉を交わす。
「ところで例のTDFCのレギュラー君、紹介してよ」
やはりここでもタクマは渦中の人物だったらしく、日向もすぐに我が意をタクマに向ける。大川は内心冷や汗を流しながらウォームアップ中のタクマの様子を見た。
俺には選択肢なんて無かった…。なぜかというと親がクソでクソで、それはもうクソで何もやらせてはもらえなかった。親ガチャに失敗したんだ。可能性なんて無かった。努力しても全部無駄だった。運命は常に俺を先回りして不幸になるよう段取りをつけている。悔しかった。悔しくて、悔しくて何もしなかった。そして時間だけがすぎて俺は49歳になっていた。いつの間にか俺は東京の一等地に地上999mのビルを建てるような大会社の社長になっていた。社員は全員俺の事を尊敬していて、俺のションベンも喜んで飲んでくれる。こんな嘘みたいな幸福があってたまるか…。くそ、全部まやかしだ。俺は不幸なんだ。もっと俺に同情してくれ‼俺に同情してくれた奴にはペットボトルに俺の聖水を入れて送り付けてやる!どうしてこんな可哀想な俺に、端本環奈よりも確実に可愛い俺に同情してくれないんだ‼お前らは鬼だ…鬼いちゃんだ‼そして俺は妹…小野妹子だ…ッッ‼
…ええ話やで。
興味ない奴は読むんじゃねえ。ここからは「斬光のエスペランザ」だ。いいか文句あるヤツは絶対に読むな。読んだら俺が俺のチンコ噛んで死んでやる‼
PHASE 03 ”HELLO RE・ESPERANZA”
「もしかして外の連中をここに連れてきたのはお姉さんかな?ここ、アタシとアタシの変態兄貴の隠れ家んだけど」
少女は片膝をついたハウンドに登ろうとする。彼女が動く度に揺れるボリュームのあるツーサイドアップの髪はネコ科の動物を思い出させる。人懐っこい笑顔の舌にはどんな素顔が待っているのやら。
カチリ。
リリは正気を取り戻し、銃口を少女に向けた。
「すぐに機体から降りて。じゃないと撃つよ?」
「それ一発目は空砲だよね。意味ないよ?」
少女はジト目でリリを睨みながら、嗤っていた。
そう言われてリリはすぐにリボルバーを回転させて実弾発射までこぎつけようとするが、しょれよりも早く少女はコックピットに到達していた。
「ん。とりあえず銃降ろしてくんない?アタシのコレ早いよ」
少女はマントから金属製のプロテクターに覆われた右手を突き出す。
ご丁寧に指先には先の尖った付け爪になっていた。そして少女が発する魂さえも凍てついてしまいそうな殺気にリリは委縮してしまう。
正しくそれは蛇に睨まれたカエルの心境だった。
「OK。わかったわ、話し合いましょう。私は…」
「名前はいいよ、興味ないし。それより何食ったらそんなに胸大きくなるの?豊胸手術してるの?」
少女は笑顔のまま餌を目の前にした仔猫のようなつぶらな瞳を向けてくる。はっきり言ってウザかった。
「ノ―コメント!プライバシーの侵害よ‼」
リリはワリとマジな雰囲気で怒っていた。
以前は気にならなかったが、最近では異性は悠に及ばず同性の同級生にまで胸を凝視される事が多いので些か神経質になっている。
「ケチんぼ。アタシはアンナ、岡嶋アンナ。理由があってシラクサから絶賛亡命中の…薄幸の美少女よ」
アンナと名乗った少女は偉そうに腰に手を当て、胸を張る。
薄くも無ければ、細身の体型に合った理想的なバストだった。乳牛と陰口を叩かれるリリとしては羨ましい限りだ。
「私は佐々木リリ。ジェノバの学生よ」
リリは拳銃をホルスターにしまう。二、三ほど言葉を交わしたせいかいつの間にか警戒心が和らいでいる。
「じゃあ早速だけど、リリ。アタシに協力して不法侵入者どもを一掃する手伝いをしてくれないかしら?お礼はぱふぱふでいいから」
「嫌よ」
即答だった。それどころかコックピットに戻り、ハッチを閉じている。
「ちょっと!何で冷たくするの⁉一回ぱふってくれるだけで命が助かるんだよ⁉出血大サービスだと思うんだけど‼」
アンナは興奮のあまりかなり鼻息が荒くなっていた。
彼女の推しのVRアイドルもKカップくらいあったのだ。
「アンタみたいな変質者に好きにされるくらいなら、ここで死を選ぶわ‼」
リリはハッチ越しに怒声を上げる。
「わかった、わかったから今はアタシに協力してよ‼もしもダマスカスの傭兵たちに捕まったら…ハアハア…とんでもない事になっちゃうんだから‼」
「その間は何なのよ‼」
次の瞬間、二人の視界が一瞬だけ暗くなる。
斥候として放たれた烏(コルボ―)のライム色の瞳がが崩落した壁の上から二人を、正確にはハウンドの姿を見ていた。
アンナも機械烏と一瞬だけ目が合って大きく息を飲む。
「リリちゃんさあ、ぱふぱふはツケでいいから害鳥駆除に協力してくんない」
「どうやって?」
「うん。今近くにQD(※人型戦車の略称)隠してあるんだけど。アタシって天才肌?だから武器使うの得意なんだけどう動かすのは不得意なんだよね。そこでリリちゃん、逃げるの上手かったっしょ」
リリの操作技術は自称天才のアンナの目から見ても大した物だった。
彼女なら他の都市国家で作られた人型戦車も乗りこなせよう、と思えるほどに。
「操作系統は?」
「カストル。二代前くらいの」
”カストル”はQDの固有人工知能で、現行の主流である”ポルックス”やその前の”へパイトス”と共に多くの人型戦車に搭載されている。
都市ごとのチューニングを受けているがアンナのQDは特製だったので、リリほどの操縦者ならば問題ないはずだ。
「”カストル”かあ。この子も原型は”カストル”なんだよね。いいよ、その話乗ってあげる」
「じゃ、こっち来てよ」
そう言ってあんアハ大振りのジャケットのポケットに手を突っ込む。
阿吽の呼吸で次の展開を読んでいたリリはゴーグルを被ってその時に備えた。
「BYE」
アンナもまたゴーグルを被るとポケットの中から銃を取り出した。
(軍用の多目的ガンデバイス?)
リリは撃つ寸前にアンナお手の中にある銃を見て驚く。
バレルと弾薬さえあれば、どんな場所でも使える各都市国家の軍内でしか使われていない代物だ。
(この子、何者。――ッ?)
アンナは不敵な笑みを浮かべながら機械烏に向って閃光弾を撃ちこんだ。
あたり一帯を白い光が包む。
烏(コルボ―)のカメラアイに使用されているレンズはこういった閃光弾に対する備えがあったが、一瞬だけ烏(コルボ―)怯ませる。
「YES‼」
アンナは小さくガッツポーズ。そしてリリの手を引っ張って走り出す。
「アンタ、本当に何者よ」
「謎のロボットを操り、悪と対峙する美少女ヒロイン?」
悪びれすることもなくリリをそれの前に連れて行く。
「⁉」
リリはそれの姿を見た瞬間、言葉を失った。
「これ機鋼は軍神(メルカバ―)‼」
曰く人狩りの殺戮機械人形。曰く人造神ルシファーの力の象徴。
二つの頭部、四枚の翼を生やした巨人の姿にただ絶句する。
「違うわよー。この子は名前はリ・エスペランザ、まあ原型は機鋼軍神(メルカバ―)だったかもしれないけど今はアタシたちの味方よん」
アンナは片目を閉じて愛嬌たっぷりの笑顔を見せる。
その蠱惑的な仕草に、同姓ながら心を奪われそうになるが目の前の灰色の巨人を前にするとリリは不安になってしまう。
なぜならば現存する人型戦車の原型である機鋼軍神はかつて人類の天敵である人工性「ルシファー」の手足になって数多くの人々の命を奪ってきた死神なのだから。
「はいはい。覚悟を決めて乗り込んでよ。この子を見た時点でアタシら一蓮托生なんだから」
アンナはリリの左腕を掴んで強引にコックピットに連れ込む。
外見は小柄だがかなりの力持ちである事はもはや疑うまでもない。
「複座式?初めて見た…」
そしてリ・エスペランザのコックピットに入った時に不安は払拭されていた。
技術屋の悲しい性とも言うべきか。最新式の人型戦車とも違う赴きの構造に思わず興奮してしまう。
「撮影していい?」
「公表は控えてねー。一応極秘案件だから」
アンナから返事が返ってくる前にリリは操縦席を小型カメラで撮影する。
操縦桿、皮張りのシート、様々なパラメータを投影する電算機機、そのどれもが現行の如何なる人型戦車に使用されているモノと違っていた。
「これって…もしかして”裁き(ジャッジメント)の日”以前の技術?」
リリは脳の片隅にあった”遺跡”の画像を思い出す。
目の前に広がる未知の機械のデザインはどこかが”裁きの日”以前に作られた都市の残骸のそれに似ていたのだ。
「んー」
アンナは少し複雑そうな表情をしてから答える。
「ママの、私のお母さんね。死んじゃったけど。これを再現した人なんだけど、その人が言うには機鋼軍神(メルカバ―)のかなり高位の機種だったみたいよ、この子は」
アンナは向かって左側の席の前に並んでいる機械をバンバンと叩く。彼女が普段座っているのは、その隣の席だ。
「はあ…」
アンナは放心状態のリリを左側の席に座らせ、自分は右側の席に座った。
「動かした方はわかるっしょ?ハウンドとそう変わらないし」
「うん…。でも出来ればもう少し堪能してから乗りたい、みたいな…」
リリはお預けを食らった仔犬のような顔で周囲を見ている。
正直なところ、これを動かすよりも先に色々と点検をしたかった。アンナの話の真偽がどうあれkろえほど複雑な造りの人型戦車に乗れる機会などあるものではない。
「わかった。これ片付いたらリリをリ・エスペランザの正式なメカニック担当にしてあげっから。とりあえず害虫駆除手伝ってよ」
アンナは操縦席の前にあるいくつかのボタンを押して人型戦車を停止状態から起動状態に移行する。
それに合わせてリリも愛用のグラブを嵌め直し、レイアウトの確認を行った。
アンナの言葉の通り、リ・エスペランザの操縦方式はハウンドのそれに近かった。
「ど?行けそ?」
リリはモニターに映る情報を確認しながら頭を振る。
武装、装甲、馬力ともにハウンドよりもかなりの高性能である事は疑う余地も無い。
「じゃあ、とりあえずあの小五月蝿い小蠅みたいのぶっ叩くから…」
アンナがそう言うよりも早く、リリはリ・エスペランザを立ち上がらせて烏(コルボ―)の背後に回り込む。推定オルトロスクラスのサイズの人型戦車とは思えぬ機敏な動作にリリは舌を巻く。
「さっすがリリちゃん。巨乳は伊達じゃないねぇ‼」
アンナは照準を合わせ、レバーを引く。
するとリ・エスペランザは右肩上方から生えている複碗で烏(コルボ―)を殴った。
グシャアッ‼
魚鱗装甲を展開する前に機械烏は圧壊した。
格闘専用のナックルガードを装備しているとはいえ、一撃で敵機を鉄屑に変えてしまう規格外の威力にリリの驚嘆は止まらない。
「――ッ‼アンナ、烏(コルボ―)って結構硬いのよ⁉」
「はっはっは。峰打ちじゃ安心めされい‼」
アンナは怪しげな言葉遣いの返答をする。
彼女は普段からおどけてはいるが砲撃手としては一流であり、既に次の獲物を見定めていた。
「そこの瓦礫の奥、ゴライアス二機が接近してる」
「アイサー‼」
リリは狭い通路を颯爽と抜けてさらに奥の空き地に移動する。
背中から生えた四枚の翼を使って見たかったが今はそれほど余裕はない。その間にアンナは複碗に装備されたナックルガードを引っ込めて小型ピストルに持ち替えた。
瓦礫を迂回して現れた敵機を銃撃する算段だ。
AIのフォローがあるとはいえ、この廃屋の内部構造に関してはアンナの方が一日の長というものがある。
「あ、そうだ。多脚形態にはしないでね。馬力が強すぎて、アタシのお家が無くなっちゃうから」
「了解」
ガシッ‼
人型戦車の背丈を越えるほどの大きな瓦礫を乗り越えて、ゴライアスが現れる。
アクロバティックな動作に目を奪われがちだがこれはあくまでハッタリだ。リ・エスペランザの計器はあくまで二体の人型戦車の存在を捕らえている。
アンナはまず正面のゴライアスに向かって発砲。敵機は目の前に魚鱗装甲を展開させてコレを防ごうとするが呆気なく貫通する。
「うわ…」
「魚鱗装甲を分解する液体を仕込んだ特殊弾頭、ヴェノム・ピアッサー。傭兵家業やってれば結構お馴染みなのよね」
視界を奪われたゴライアスは頭部を庇いながら後退する。
そして時間差で側面の瓦礫を突く破ってもう一機のゴライアスが斧剣を振り抜く。
「甘い」
アンナは不快そうな表情でゴライアスを睨みつける。
だが時すでに遅し、リ・エスペランザは右の主腕は長剣を握っている。
重なり合う二つの刃。
次の刹那、敵機の斧剣ごと胴を真っ二つにした。
「?」
アンナが勝利の余韻に浸っているのもつかの間、リリはレバーを倒してリ・エスペランザを旋回させる。直後、外壁に烏(コルボ―)が追突して爆散した。
さらにリリは数種のレバーを倒しながら、フットペダルを踏む。
リ・エスペランザは巨体をものともせず横転しながら奥の外壁に身を寄せる。神業が如き回避運動だった。