第十三話 おっさん、村長と一緒に虫歯大王を封印の洞窟に連行する。世間体から「過去の罪を生産して綺麗な体で戻ってくるんだ」と言っておいた
「人間は何も変わらねえ‼あの時(世界最強軍隊)からずっと何も変わっちゃいねえんだ‼」
虫歯大王は咆哮を上げる。嘔吐を繰り返しているために口内では胃液が糸を引いていた。
彼の痴態に耐性の無いヘンリーたちは目を背けていたが、老人介護には定評のある男ふじわらしのぶと長年「虫歯大王」の世話係をやらされてきた村長は二人がかりで虫歯大王を拘束して、口の周りを拭いてやる。
「放せ、下郎が‼ダークウェブの手先め‼我は神、唯一神なるぞ‼」
ごすっ‼
村長の重いボディーブローが虫歯大王の鳩尾に突き刺さる。しのぶはそれを見ないようにしながらウェットティッシュで虫歯大王の口周りを拭いてやった。
「俺を怒らせたらどうなるか、わかってんのか⁉なろう運営が黙っていないぞ‼俺は選ばれし「なろう上級国民なのだ‼ポイントだって七桁はあるんだ‼この世界ではPVとポイントが…」
ごすっ‼ごすっ‼
村長は無表情のまま虫歯大王の鳩尾を正確に殴り続ける。彼とて以前からこうだったわけではない、だが2chから、Xから暖かすぎる指導を受けて胃に穴が開くような思いを毎日のようにしていれば誰だってこうなるだろう。
むしろよくも今まで持ったほどだ。
「虫歯大王はもう駄目だ。封印の洞窟に連れて行こう…」
村長の足元には腹を殴られ過ぎて気絶した虫歯大王が転がっていた。
ガクトたちは虫歯大王の臀部の異様なふくらみを見て部屋の隅まで退避している。
村長にもう失うものは無くなっていたのだ。
「封印の洞窟って…そんないきなりのロープレ展開なんて‼」
必死に抗議するしのぶの腹に村長の拳が突き刺さる。
しのぶは腹を抑えながら数歩、後退した。
「おい、ブタ野郎。よく聞け。オメーはコイツを珍獣かなにかと思ってちやほやしているだけなんだろうがな。俺にとっては一生モンなんだよ‼わかってんのか、コラ‼」
村長はしのぶの横面を張り飛ばす。
次の瞬間、しのぶのブタ鼻から滝のような鼻血が流れ出していた。
だが痛くは無い。
虫歯大王の関係者である村長にくらべればこんな痛みはきっと百億分の一ですらないはずだ。
「ごめん、村長…」
しのぶは大粒の涙を流しながら村長に土下座して許しを請う。だが何かと平気で他人に土下座するしのぶの土下座を受け入れる者は誰もいなかった…(続く)
PHASE 17 DEAD CHASE
工業都市コーカサス。
人工知性からの解放を謳った戦争により二度の戦火に晒された惑星アトラスにおける人類最古の活動の拠点の一つである。
かの地の繁栄皮肉にも人類の叡智では無く、人類に反旗を翻した人工知性ルシファーによるものだった。
ルシファーらが機鋼軍神と人型戦車の大軍を率いて北極大陸まで退却してからは、コーカサスでの忌まわしい記憶に嫌気がさした住人たちの多くはコーカサスを放棄して他の都市に移住したという。
そして今、闇に包まれていたコーカサスに光を灯した張本人は人工知性アグニだった。
紅の灰塵を外套のように纏い、アグニの肉体である機鋼軍神ブリーシンガメンが右手を前に出す。
赤い魔槍は以前とは比べものにならほどの光を放ち、周囲の大気すら焼き払う。
アグニの真の機神権能の一つ、ガ・ボーだ。
「紛い物の分際で私に勝つつもりか、アフラマヅダ‼」
蔵人は大地を蹴って目の前のブリーシンガメンに向って突進した。
「前口上がが長いなー。これからは”未読でもスキップ”にしようかな?」
――と言いかけた矢先に、リ・エスペランザの顔に向って朱色の魔槍が放たれる。
身を引いて槍を躱すと同時にブリーシンガメンの間近まで一気に飛び込んだ。
次の刹那、蔵人の奇襲を察していたアンナは光の剣を抜いてブリーシンガメンの巨大な左の主腕を斬りつけた。
「良い反応だ。先刻ほどまでの私なら手傷を負っていた事だろう」
朱色を持った複碗が先んじて動き、光の剣を受け止めていた。
この反応にはアンナも動揺を隠せない。
「いいモン持ってるじゃん。ついでに一本、切らせろよ」
アンナは歯を食いしばりながら操縦桿を握り、絡め取られた刃を引く。
あくまで敵に力を見せつけたいだけのアグニはもういない。
知恵と力、持てる技術の全てを尽くしてりを滅ぼそうとしているのだ。油断も隙も微塵も無い。
「焔の飛礫」
アグニの声と共にブリーシンガメンの前面から紅玉の如き弾丸が発射される。
(あれは多分自動追尾型かな。回避失敗したらゴメン…)
蔵人は咄嗟の閃きでアグニの攻撃を避ける。
四枚の翼を広げ、腰部と両脚のスラスターを点火して上空に逃げた。
だがアグニの放った”焔の飛礫はあたかもリ・エスペランザの動きを先読みしていたかの如く、さらに速度を上げて側面と後方から襲いかかった。
「片っ端から…切って払うぜ‼」
アンナは光の剣で超高速で射出された炎の弾丸を片っ端から切り払う。
機神権能同士が衝突し、灰燼が元の粒子の状態まで還元されて消滅していった。
リリの計らいによりエネルギーの消耗を気にする必要は無かったが、それでも自分の側が劣勢である事は間違いない。
リ・エスペランザの武装があくまで現代の科学によって再構成された仮初のものでしかない。
物理法則に囚われ、光の剣は打ち返す度に摩耗して行った。
(弱音の一つでも吐きたいが、それじゃあ戦う意味が無えよな…)
アンナは刃を水平に疾走らせて焔の飛礫を切り裂く。
同時にブリーシンガメンが眼前まで迫り、鉤爪で空を薙ぐ。
対してアグニはブリーシンガメンの左右の肩にについている顔で噛みつく。
機械相手とは到底思えぬ攻撃にアンナは舌を巻く思いだ。
「そろそろ俺の実力も認めてくれよ」
蔵人はブリーシンガメンの左の頭を右手で退けながら愚痴を言う。
実際に先ほどからこの戦いにおいてのMVPは蔵人の状況判断と回避能力にあった。
今もこうして敵の次の一手を読みながら、不利にならぬように動いている。
「マツダさん。アグニの戦闘プログラムってリアルタイムで成長してる?」
蔵人はブリーシンガメンの槍を左右のフットワークを駆使して巧みに回避した。
本心では敵の猛追を一度避ける度に冷や汗が止まらない。
しかし蔵人の願いとは裏腹に槍の命中精度は回を重ねるごとに確実に上がり、今や間一髪の差で回避しなければならない程になっていた。
「悔しいですが、その通りですね。もう少ししたら坊ちゃんの回避パターンを完全に解析されるかもしれませんぜ」
「俺って芸が無いからなー」
蔵人は操縦桿を左右に倒し、巧みに鼻先三寸で焔の飛礫を見切る。
そして上体を反らしたまま、光の剣で弾丸を斬った。
「兄貴、追尾性能はあるものと思ってくれや。アイツさっきとは違ってやる事一つ一つに余裕が無えや」
それはアンナのとっさの判断によるものだった。
彼女のセリフを証明するかのようにブリーシンガメンは距離を詰めて、槍を繰り出した。
紅蓮の穂先が空中に軌跡を描く度に陽炎が生まれる。
現代の科学においても再生する事が叶わない、ディアノイドたちの叡智の片鱗である。
アンナはブリーシンガメンの猛攻を切り返すことで上手く対処していた。
「これで操縦も出来れば俺もお役御免なんだけどなあ…」
蔵人はアンナの動きに見惚れながら、フットペダルを踏み込む。
背部ギアボックスが唸りを上げ、リ・エスペランザの巨体が一気にブリーシンガメンを横切った。
通り際にさらに光の剣による斬撃が胴を狙う。
「小賢しいぞ‼」
アグニは怒号を発しながら新たなに生み出した槍でコレを凌ぐ。
代償として巨大な肩の装甲の一部が一瞬で焼失した。この戦いの終わりとはリ・エスペランザとブリーシンガメンのどちらかが完全破壊されるまで終わる事は無い。
――正しく決戦だった。
「ダメージ受けたくせに代償無しかよ‼」
アンナは光の剣の出力を全開にして迫り来る焔の波を片っ端から切って捨てた。
リ・エスペランザの機神権能は物体の生み出す振動の幅を一時的に停止させる。
即ち粒子の結合を解除してゼロに限りなく近い状態に逆行させる事にあった。
光の剣の持つ機神権能とは、即ち当たれば即消滅不可避の攻撃。
これを受けたものは通常であれば灰燼を使って自己再生する事も不可能なはずだった。
しかし目の前のブリーシンガメンは悠々と灰燼を用いて斬られた箇所を復元し、リ・エスペランザの翼を狙って槍を振るう。
「チートがすぎるってモンでしょ、ソレは‼」
蔵人は心が折れそうになりながらも紅蓮の魔槍から逃れた。
そして四枚の翼を羽ばたかせ、尚もブリーシンガメンに向って突撃する。
揚力と浮力を生み出す淡い青色の灰燼を宙に散りばめさせて空を飛ぶリ・エスペランザの姿は猛禽類を思わせた。
対してブリーシンガメンは毒蛇の如き獰猛さを持って真っ向からこれに勝負を挑む。
紅蓮の刃がリ・エスペランザの身体を掠る度に炎が吹き上げ、廃棄された都市を彩る。
「おらあッ‼」
アンナは一息でブリーシンガメンの手を三本斬り飛ばした。
切断面から紅の噴煙を上げ、瞬く間にそれらは再生する。
その光景を蔵人とリリは冷や汗を流しながら見守っていたがアンナとふじわらしのぶは違った。
「なるほどこの世に永久不滅の物は無し”というわけか」
ふじわらしのぶはひどく冷めた声で戦況を分析する。
今のところ決定打にはなり得ないが、確かにブリーシンガメンの再生能力は低下していた。
心なしか彼の威容の象徴たる紅蓮の炎も色褪せて見える。
都市一つのエネルギーを使っても底の抜けたバケツとなってしまった彼は十全足り得ぬのだ。
「問題はこっちのエネルギーか…」
アンナは珍しく活動限界を気にしている。
実際の所、この戦術は運任せの要素が強い。
まず始めにブリーシンガメンの核が修復不可能までに損傷している事、次いで敵機のエネルギーは半永久的に減衰する事が前提条件だったのだ。
(一見ダメージがゼロってのもかなりメンタルに負荷がかかるな…)
剛毅な性格のアンナの表情に翳がさす。
マツダ曰く”機鋼軍神はエネルギーが続く限りメインフレームと核以外は何度でも再生する事が可能”との事だった。
サラサラサラ…。
アンナの不安が顕在化するようにブリーシンガメンが受けたダメージはすぐに回復した。
「アンナ。私がもう少し動かせるようにするから」
アンナの内心を察したリリからフォローの声がかかる。
彼女はリ・エスペランザの操作にこそ携わっていなかったがエネルギーの調整関係は一任されている。これらは蔵人とアンナにとっては苦手な分野だっただけにかなり救われていた。
「アンナ、僕はなるべく空を飛ばないようにして回避に専念するからお前はベストの状態で攻撃してくれ」
続いて実兄から慰めの言葉が入る。
(やれやれ。リリっちとヘタレ兄貴の両方に心配されているよ。これじゃあアタシの女が廃るってモンだ)
アンナは照準をブリーシンガメンの頭部に絞り、攻撃を続ける。
「窮したか、アフラマヅダ‼」
ゴォッ‼
熱を纏う赤い砂が舞い上がり、リ・エスペランザの前に立ち塞がる。
アグニはブリーシンガメンの右手を出して一瞬で焔の壁を作り上げたのだ。
「まさに蟷螂の斧が如き所業の数々。己の身の程も弁えぬ下愚めが」
ブリーシンガメンは左手を薙いで焔の壁を前に押し出した。
そして目を凝らし、リ・エスペランザの動きを探る。
体内に忍ばせた核以外はほぼ全盛期にまで戻ったアグニの戦術回路は未来予測の域にまで達していた。
先ほどまでなら数と力に頼っていたはずだが、今は敵の動きを見極めて一撃のもとに葬ろうとしている。
「右だ、兄貴。多分、右。右に避けろ」
アンナは光の剣を引っ込めてから蔵人に指示を出す。
彼女は既にアグニの変貌を察していた。
「待て待て、妹。その根拠は?」
「女の第六感」
ぶっ‼
緊張のあまり汗まみれになっていた蔵人とリリが同時に吹き出すその場で冷静だったのはAIのマツダくらいのものか。
「あのー、お嬢?念の為に聞かせてもらいますがその作戦、成功する確率は?」
「うーん。50%?」
次の瞬間、マツダのアイコンが映っていたモニターの画面が真っ暗になっていた。
「それでいいぞ、アンナ君。君の判断は的確というものだ」
半壊したバードマンに乗ったふじわらしのぶから通信が届く。
どうやら”奥の手”とやらの準備が整ったらしい。
三人とマツダたちの心に幾分かの余裕が戻る。
「ブタのおっさんよう。それ本当に大丈夫なんか?」
アンナは操縦桿から手を離し、モニターに映った秘密兵器を見る。
それは先のバードマンとの戦闘で猛威を振るっていた大剣だった。
否、ギリギリ片手でも扱えるので片手半の剣と呼ぶべきか。
リ・エスペランザの光の剣の恐るべき威力に慣れたアンナたちにとっては些か頼りない代物だった。
「まあ、そう邪険にしないでくれ。これでも希少価値のレアメタルを鋳造したダマスカスの秘密兵器だぞ」
ふじわらしのぶは苦笑しながら答える。
実際に彼の大剣に流用されているグレートチタニウムは惑星アトラス原産の、それもかなり深い地層でしか採掘できない鉱物だった。
分子の組成式がチタンに酷似している為にチタニウムの名を冠しているわけだが、実体は謎に包まれている。
「私の予測が正しければこれはマツダ君たちよりも以前からアトラスに存在する鉱物だ。上手く行けば決定打を与えられるかもしれんぞ?」
アンナたちはそれを聞いて深いため息をつく。
「――で、成功する確率は?」
「50%…いや55%くらいだ」
あまり変わりが無かった。