第十二話 おっさん異世界最強の騎士団と出くわす。その名も電撃騎士団。虫歯大王の暴言に村長が切れて大爆発します。
「合言葉は…STRIKE & BLOOD」
しのぶたちの前に現れたのはあかぬけた出立の伊達男衆だった。
先頭のエッジの効いた顔つきの男はつま先立ちでその場で一回転して礼をする。実に洗練された動きだ。
「アンタはガクトか‼」
しのぶはライトニング騎士団の伝説的カリスマ、ガクトを目の前にして興奮を隠せない。ガクトは前髪を払いながらしのぶの手を握る。
「GACKTです…」
ガクトは外見だけではなく中身もイケメンだった。こういうところはブシロードやランティスの家畜作家どもにも見習わせたい。
――十年前の彼らは何か勘違いしていたのは間違いないだろう。
「ガクト、俺の背中にサインしてくれよ」
「OK、BOY(※ふじわらしのぶは49歳です)。何て書いたらいい?」
「ランブル&フィッシュで」
ガクトは富士見ファンタジア文庫時代の記憶を出来るだけ思い出さないようにしながらサインペンで書いてくれた。ガクトはすぐにサングラスをかける。
「ガクトさん、本当にすまなかった。ところでウチの麒麟児は一体アンタらに何をしたんじゃ?」
村長はすぐにガクトの前に現れ謝罪の言葉を述べる。ガクトとその仲間たちは一瞬、表情を曇らせたが、いつもの紳士然とした態度に戻り快く返答する。
「このキリン・ボーイは”ゲートは俺の盗作”とか、”武田家の四男が全国制覇”とか、面白過ぎる妄想をぶちまけた後に突然苦しみ出して盛大に俺たちの金網の上にリバースしたんだ。ヤツのパッションを…」
ガクトに罪を明かされた虫歯大王はゲップをする。
反省などという惰弱な文字は彼の精神世界には存在しない。それがヤツのレーゾンテートルだから…。
その時、ガクトの隣にいた繊細そうな顔立ちの男が腰のレイピアを抜く。
「このゲロクソッ‼食らえ、マザーズ・ロザリオ‼」
「止すんだ、レキ‼そいつは禁呪サーティーズナインによって守られているから物理攻撃が効かない!」
レキと呼ばれた騎士のレイピアの刃が虫歯大王に迫る。
果たして虫歯大王はどうなってしまうのか?今の時点では名誉棄損で逮捕される未来図しかしのぶには見えなかった。
禁呪サーティーズナインとは一時の間小説や映画のネタになって世間を騒がせた恐るべき魔法だが、実体はそうではない。かの禁呪を用いた術者たちには多くの代償を支払わされる…。
「例えば立って歩けないくらいの抗うつ剤を打たれるとか、単独で旅行が出来ない(保護監督者付きならOK。ただし後でレポートを提出しなければならない)とか…色々だ。ちなみにパスタの国ではロボトミー手術をされる可能性もある」
しのぶは戦々恐々といった様子で言葉を紡ぐ。
虫歯大王は人々が恐れ戦く姿を見てニンマリと笑う。ある種の優越感にでも浸っているのだろう。
「俺は禁呪を使う事によって不死の存在となったのだ。雑魚どもが…さあ、ブラッドリベリオンの名を唱えよ‼かの栄光の軌跡を讃え、崇め奉り、オーバーラップ文庫から書籍化するのだ‼」
虫歯大王は声高らかに恐るべき野望を口にする。
それでは同じような話が、同じレーベルから発売することにならないか⁉絶対に訴えられるぞ‼
だがここは無法地帯、異世界ショーセツカニナロー。
本屋の在庫が金太郎飴状態になろうが知った事ではない。
売れればいいんだよ、売れれば‼
そんな事が言えたのは十年前、(株)アレスのコピペ事件が明るみに出るまでだろう。
しのぶはTGLとWILLの荒廃をただ黙って見ているしかなかった…。
カムバック、ういんどみる‼
「お前らは苦労知らずのお坊ちゃん‼俺は世間を良く知る苦労人だ。どっちが偉いかなんて火を見るよりも明らかだろうが‼」
虫歯大王が咆哮を上げる。
だが、その場にいる誰一人として彼に賛同する者はいない。なぜならば虫歯大王は自分で家を借りた事が無いからだ…。これもまた禁呪の代償でもある。
「そういう事は一人暮らしが出来るようになってから言うんだな。どうせ朝飯だって母ちゃんに用意してもらっているんだろ?」
ケビンは毛虫を見るような目で虫歯大王を見る。彼もまた毎朝六時に母ちゃんに起こしてもらっている大人未満の存在だが自分の親を「遵法意識が低い」などと言って馬鹿にする事は無い。
偏にこれらの暴言の数々は統計によれば親の擦り込みが原因である事が一般的に判明している。
自分の親を糞味噌に貶すという事は自分の起源を否定するという大人としてはとても恥ずかしい行為だといい加減わかろうな?
「黙れ。貴様ら如き下郎に俺の何がわかる…アダダダッ‼」
虫歯大王は突然、頬を抑えて苦しみだした。そう彼の治療はまだ終わっていないのだ。大きな声で話したり、アルコールを摂取した場合は刺激が直接神経に向い…
「ぐおおおおおっ‼鎮痛剤、鎮痛剤をくれええええッ‼」
地獄の苦しみを味わうことになる。
「これが因果応報の報い…南無」
村長は床の上でのたうつ虫歯大王の痴態をスマホで撮影し、自身のXですぐに拡散した。
(続く)
PHASE 16 RE:REVERSE
時刻は地球時計でいうところの十七時半。
惑星アトラスにおいても空に夕闇がかかる頃だというのにかつての工業都市コーカサスの方角からは朝陽と見まがうほどの光が見える。
その異質な光景には人工知性アグニが関与してる事は明らかであった。
彼の鷹揚な本質を知るマツダは煌々と輝く廃墟の姿に嫌悪感を抱く。
アグニを含めるマツダの前の世代の人工知性たちは好んで他個体を蔑ろにしてきた。
忌まわしい過去同様にアグニは私利私欲の為に何かを使い捨てにしているのだろう。
「蔵人君、どうやら味方が近くに来ているようだ」
先行しているバードマンから通信が届く。
ふじわらしのぶも平静を装って入るが、コーカサスの変貌と部下との音信不通のせいで内心穏やかではない。
それだけにアドラーからの救難信号を捉えた時の安心は幾分か彼の不安を和らげてくれた。
「アドラーさんたちと会話は出来そうですか?」
蔵人はアドラーの如何にも謹厳実直な軍人然とした風貌を思い出しながら尋ねる。
彼ならばどのような状況にも的確に対応し、困難な状況を切り抜けているだろうという期待もあった。
ふじわらしのぶも同様の感慨を抱いている。
「ふむ…」
ふじわらしのぶは音声マイク付きのレシーバーに耳を傾ける。
それは緊急時の為に用意されたプライベート回戦だった。
容易に傍受されるという欠陥があるのだが情報を正しく伝えるという機能においては絶大な信頼がある。
「‼‼!?…ッッ‼」
直後、アドラーの言葉にならない罵声が飛んできた。
ヘッドフォンごしとはいえ音声がダダ洩れしていた為に、状況を察した蔵人との間に気まずい空気が流れた。
非常に聞き取り辛い呪詛を含んだ言葉の濁流が十分ほど続く。
「オブライエンです、中尉殿」
わずかな沈黙の後、アドラーに代わってオブライエンが現状の報告を行う。
彼の話によると不測の事態が続く鬼過ぎた為に、アドラー監査官の精神はかなり不安定になっているらしい。
「オブライエン、状況の説明を。こちらは敵を撃ち損ねてしまったのだが」
「現在の所、我々が工場に到着してから数分後に局地的な地震が発生しました。その後、間も無くコーカサスの廃墟群が稼働したので緊急退避した次第です」
ふじわらしのぶはオブライエンの物言いから彼らが置かれている状況を察する。
(敵の動きはこちらの予測を大幅に上回り、既に臨戦態勢にある物と考えて妥当だろう)
蔵人らの疲労も蓄積し、言動にも勢いが無い。
一の現場指揮官としては一度撤退して対策を練りたいところだが相手が機鋼軍神とあっては放っておくわけにもいかない。
「こちらは準備が整ってから再度と目標と交戦する。諸君らは国境付近まで後退してアドラーの指示を待ってくれ」
ふじわらしのぶの懸念は常に部隊を五体満足で本国に返す事、そして岡嶋鬼妹らこの戦闘で死なせない事に合った。
それは指揮官、或いは人生の先達としての計らいからでもない。
およそ百年近い冷凍睡眠から目覚めて長年探し求めてきた自身の起源に繋がる手がかりを岡嶋兄妹に見出したからである。
この機を逃す手は無い。
「わかりました。正直な話、私は今でも貴官の事は好きではありませんが一人の兵士としては敬意を抱いております。どうかご武運を」
オブライエンはコックピットの中で略式の敬礼をする。
「それでは良い旅を、軍曹」
謹厳実直な性格である部下に感謝しながら、ふじわらしのぶは通信を断った。
返す刀で蔵人たちと連絡を取る。
「蔵人君、敵は既に再生を始めていると考えた方が良いな」
ふじわらしのぶにい負われるまでも無く、蔵人たちは煌々と輝くコーカサスの方を凝視している。
「マッちゃん、向こうに奇襲をかけられるのか?」
「無理でしょうね。さっきから坊ちゃんに言われて探知機使っているんですけどね。奴さん、電波を遮断する電磁波かなんかで周囲を覆ていますよ。当然、物理的に接近するのも難しいです」
マツダはコーカサスに通じるであろうアスファルトの道路を指さす。
肉眼では確認できないが赤外線を用いたカメラには確かに障壁のような仕切りが存在していた。
「フラガッハで行けるかな?」
アンナは抜剣したままの光の剣を見る。
限りなくゼロに近い、仮想粒子によって形成された刃を持つリ・エスペランザの最大の武器”光剣フラガッハ」は理論上切断できない事象は存在しない。
だがマツダからの返答は色よい物では無かった。
「無理ですね。光を散らすように煙幕を焚いてありますよ、アレ」
マツダはカメラの解析機能の段階をさらに上げて、地中から立ち込める無力の煙幕の存在を表示してくれた。
マツダがアグニを良く知るように、彼もまたマツダへの対策を熟知している。
現時点では両者を取り巻く状況においてアグニの方がわずかに有利だった。
「虎穴に入らずんば虎子を得ずってな。兄貴、リリっち、とりあえずバリア手前まで行こう」
そう言ってアンナはレバーを握り直し、臨戦態勢に移る。
全てを察した蔵人はフットペダルを踏んで都市の入り口近くまで移動した。
「私は戦力になれそうにないから見張り役に徹するよ」
ふじわらしのぶは先頭から最後尾に移って左右と背後の視界を確保する。
バードマンのハンドマニュピュレーターは先ほどのバリスタの射撃の反動で半壊している。
機能はほとんど失われ、飾り程度でしかなかった。
しかしその他の計器に異常は無く、彼自身最後まで蔵人たちのたたきにつき合うつもりだったのは言うまでもない。
そんな中で冷凍睡眠の後遺症で変色した顔の皮膚の一部から一筋の汗が流れる。
一堂はアグニの存在を確かに感じていた。
ビキッ‼
次の刹那、目の前の空間に亀裂が入る。
ビキビキビキッ‼
亀裂は中央からyがて四方、八方へと広がり瞬く間に電磁障壁を破壊してしまった。
「入って来いってか…」
肝の太いアンナも目の前で起こった出来事を受け入れられず、立ちすくんでしまう。
間奏曲が終わり、第二楽章が始まろうとしてる事だけは理解出来たが身動き出来ない。
生粋の戦士としての本能が彼女を立ち止まらせていたのだ。
「行こう、アンナ。っていうかコレって本当はお前のセリフだよな?」
蔵人は苦笑しながら唖然とする妹の姿を見る。
彼とて脅威を感じていないわけではないが、それ以上に時間の経過と共に状況が悪化している事だけは薄々気がついていた。
「おいおい。こちとら花も恥じらう乙女だぜ?お兄ちゃんよ」
「よく言うね、お前」
――などと軽いジョークを交えながら、リ・エスペランザはコーカサスの中心に向かって進んだ。
宿敵との再会は予想外にも早かった。
蘇ったコーカサスの街灯を一身に浴びて、炎の神の名を騙る機鋼軍神は待ち構える。
朽ちた外装は最盛期の光輝を取り戻し、西洋の兜のような形をした頭部からは赤い瞳が見える。
その輝きには怒りや憎しみといった負の感情は無く、むしろこちらに対して憐れみすら感じているような風にさえ見えた。
「アグニ、その姿は…」
マツダは目の前の敵にかつてないほどの畏怖の念を覚える。
今のアグニ、機鋼軍神ブリーシンガメンは数百年前とまるで変わらない性能を取り戻していた。
否、その力は一万年前に栄えていたディアノイドたちの全盛期のそれに等しい。
リ・エスペランザは誰に命じられなくとも光の剣の柄を握る手に力が入ってしまう。
「喜べ、エスペランザの出来損ない。お前の稚拙な反意がこのアグニの復活を促した。畏れよ、崇めよ。今貴様の目の前にいるのは怒れる神だ」
アグニは何の躊躇も無く一足飛びで、リ・エスペランザの前に現れる。
蔵人は冷や汗を流しながら全身のスラスターを稼働させて即離脱した。
その頃ふじわらしのぶは物陰に移動し、小銃でブリーシンガメンを牽制する。だがアグニは微動だにしない。
右の三本の腕の内の一つで、空を掻くような動作をした。
ギュオンッ‼
文字通りに空間が引き裂かれて、爆発する。
衝撃波が大気を震わせながら、バードマンとリ・エスペランザを襲った。
「おいおい、アフラマヅダ。私はちょっと撫でただけだぞ?そんなにビビらなくてもいいじゃないか」
リ・エスペランザの上半身から炎を被っていた。
蔵人の回避が追いつかなかったのではない。それ以上の速度でブリーシンガメンの機神幻想が効果を発揮した、
それだけの話だ。
「おい、ブタ。焼き豚になってねえか?」
アンナはかなり離れた場所にまで撤退したふじわらしのぶに通信を入れる。
リ・エスペランザはリリの機転によって灰塵を用いた応急処置が行われ、すでに八分くらいまで機能が回復していた。
これはあくまでリ・エスペランザが機鋼軍神の性能を可能な限り再現した結果に過ぎない。
一方、バードマンは現行の人型戦車でしかない。
下手をすれば一撃で消し炭にされていただろう。
「相変わらず酷い言い様だな、アンナ君。せめて東坡肉よ呼んでくれないか?」
「おっし。元気なのはわかった。これからアタシらは準備に入るからお前は特攻して足止めして来い」
言いたい事だけを言ってから、アンナは通信を遮断する。
「ふじわらしのぶさん、蔵人です。そちらの状況を教えてください」
蔵人の悲痛な声が通信機から聞こえてくる。
(あのような妹を持っては蔵人君の苦労も相当なものだな)
ふじわらしのぶは蔵人に同情しながら現況を報告する。
「お察しの通り、今の攻撃で右足と腰、ギアボックスを焼かれた。消火は間に合ったが、特高は無理だろう」
「ですよね…」
蔵人は赤外線カメラを使ってバードマンの姿をサーチする。
実際機体の方は半壊どころではない、翼部のメインアームは全損、複腕は右が二の腕から無くなっていた。
また反転して避けた際にギアボックスが炎を被り、外殻の部分が失われている。
これらはいつ爆発してもおかしくはない状況だった。
「囮になれるのは良くて二回ぐらいだな。何安心したまえ。これでも軍人の端くれだ、死ぬ覚悟くらいはとっくに出来ている」
「あのですね、お願いですからそういう死にたがり発言は止めてください。怒りますよ?」
通信回線の映像が回復し、モニターに眉間に皺を寄せる蔵人の顔が映る。
(やれやれ。まだまだ坊やだな)
ふじわらしのぶは苦笑しながら軽く頭を下げた。
「だが今の敵の挙動で、ヤツの力の底が知れた。蔵人君、我々にもまだまだ勝機があるぞ?」
ふじわらしのぶは完全再現されたはずの機鋼軍神ブリーシンガメンを見て不敵に笑う。
その視線の先にはかの機神が背後に纏う陽炎の如き揺らぎがあった。
「肉体の修復は完全なものかもしれない。だが核までは修復で来ていないのだろう」
陽炎めいた揺らぎが膨れ上がり、爆ぜ散る。
おそらくはブリーシンガメンから漏れたエネルギーの奔流が暴走して発火したのだ。
「うわ…お漏らしかよ」
「あははは。アンナ、言い方」
リリはアンナの下品すぎる言い回しに苦言を呈する。
だが彼女の発言は何ら間違ってはいない。ブリーシンガメンの機体内部を駆け巡るエネルギーは暴走し、今なお彼の身体を内側から灼いている。
「アグニは核が破壊された状態で無理矢理復活したのか?」
「あの馬鹿野郎が。いいですか、坊ちゃん。奴らは劣化コピーの誕生を恐れて自分たちでは解除できないプロテクトをかけたんですよ。絶対に破壊されないっていう思い上がりから。とんだ無敵野郎どもでさあ」
マツダは心底呆れた様子で言ってのける。
アグニの代のディアノイドたちは自分たちの進化を悲観して次々と一自分たちの知性を象るプログラムが他個体への転移が出来なように多種多様なプロテクトを施した。
自分たちの保身の為に新たな世代の誕生を妨害したのである。
「我が身可愛さに新人潰しとは見下げ果てた野郎だ」
事態は何一つ好転していなかったが、アンナにはむしろこの戦いに負けるという発想が無くなっていた。
操縦桿を握り直し、次の狙いである敵の左の頭部に定める。
そこが最もエネルギーの放出が酷かった。
「さてどう料理する?」
アンナは紅の砂嵐の奥にあるブリーシンガメンの姿を捉えながらほくそ笑んでいた。




