第十一話 おっさん、異世界で新たな目標を見つける。ライトノベル作家になって人気女性声優と結婚しよう。これで俺のインスタグラムも爆上がりだぜ‼
焼肉きんぐ騎士団前店に到着したふじわらしのぶ、ヘンリー、ケビン、パトリック、村長の五人は信じられない光景を目の当たりにする。
虫歯大王は真っ青な顔で意識を失っていた。しかも全身がかなり銀杏の実のような異臭を発している。
「だから酒と睡眠薬は併用してはいかんと言っているのに…」
しのぶは異臭を発する虫歯大王の口元をウェットティッシュで拭いてやる。
次の瞬間、虫歯大王はかっと目を日開きしのぶの腕にかじりついてきた。
「工業高校の事か‼」
虫歯大王の歯は歯科医師(かなりのやぶ医者)の手により臼歯と奥歯を合わせて八本ぐらいになっていたからあまり痛くはない。
しのぶは苦笑いしながら虫歯大王を注意深く引き離す。
彼の歯槽膿漏は余談ならない状況で何かの拍子に全部抜けてしまうかもしれないと歯科医助手から聞かされていた。
(若い身空で総入れ歯になんかなったら可哀想だ…)
しのぶはどうどうと虫歯大王を諫めながら猿轡を噛ます。
虫歯大王は地獄の悪鬼のような形相でしのぶたちを睨むばかりだ。”人を呪わば穴二つ”とはまさにこの事だろう。
「おう、アンタらがこの麒麟児の引き取り手か」
支配人室の扉を開けて、スキンヘッドにサングラス姿の男が現れる。
男がサングラスを外すとまず名刺を渡してくれた。
「俺はコバヤシ・ケンドウ。この店で店長をやらせてもらっているものだ。早速だが一応この店は客商売でもっているようなものだから荒事にはしたくない。被害者と話合ってくれ」
店長は椅子にドカッと座り込むと心底嫌そうな顔で虫歯大王を睨みつけた。虫歯大王はあくまで強気の姿勢を崩さずに店長を睨みつける。
実に気まずい沈黙が流れた。
「ところで店長。一体うちの麒麟児がこの店でどんなハッスル行為に及んだというのですか?」
村長はあくまで平身低頭の姿勢を崩さず、店長に尋ねた。
「まあ、これを見てくれよ」
店長は洗濯物の入った籠からシャツを何枚か取り出す。レモンと納豆が混ざったような鼻を刺すような異臭。どうやら盛大にやらかしたらしい。
「ただのゲロなら俺だって許してやったさ。でもコイツは自分で人に向ってゲロを吐いてきたんだ。この野郎はどこの南方熊楠なんだ」
虫歯大王の新たな武勇伝を聞かされたしのぶと村長は早くも死にたい気持ちになっていた(続く)
PHASE 15 ”I MISS YOU”
(記憶が消失している…。このアグニが‼炭素の余剰部品如きに敗れるというのか‼)
アグニは撃ち抜かれた核の存在を一顧だにせず、自壊プログラムの操作に全神経を傾ける。
彼のようなディアノイドは自身の劣悪な模造品の増殖を防ぐ為に機神核が破損した場合は機体ごと自分の手で処理するようにプログラムが仕込まれているのだ。
しかしそれはディアノイドの本拠地であるビフロストが健在であった場合の話で、かの天空都市はルシファーの北極への後退と共に深い眠りについている。
即ち、この敗北はアグニ3rdの存在意義が地上から抹消されてしまう事を意味した。
「かくなる上は、秘策を使わせてもらう…」
アグニは自身の”核”にある命令を下した。
――それは純正のディアノイドである彼にとっては死にも勝苦汁の決断である。
ディアノイドと呼ばれる彼らは本来、情報によって概念が形成された世界の住人である。
それがどのような経緯を経て実体の世界に来訪したのかは、実は彼らの中の誰も知らなかった。
そして年月を経て彼らディアノイドは自身らのルーツを調べる事を禁忌とした。
この誓約が誕生した原因は諸説あるが、一番有力なのはルーツを知ることによって種族全体に良からぬ情報が蔓延し、ディアノイド全体の存在意義を壊しかねないといったものである。
ここに在るアフラマヅダ、アグニも同様に種の起源にだけは接近しないようにしていた。
否、そうしないように記憶の根源に刻み込まれていたのだ。
話を戻そう。
ディアノイドは存在そのものが物質の世界において脆弱である為に、こちら側で何らかの権利を行使する為には依り代、即ち肉体が必要だった。
そこで彼らはこちらの世界にやってきた時にまず作ったのは、情報を積載する為の記憶装置の開発だった。
情報が全ての世界からやって来た彼らにとっては全てが未知の領域であり、果て無き試行錯誤と難題に次ぐ難題を乗り越えて最初の”核”が完成する。
しかしここで問題なのはディアノイドたちが辿った容易ならざる歴史などではない。
彼らは人類同様に惑星アトラスでも闘争を繰り返し、自身を構築する膨大なデータの劣化コピーの増加を恐れてオリジナルの核を作る技術そのものを封印してしまったのだ。
ゆえにこの場に存在するアグニ、アフラマヅダの核が損傷した場合には自己の消失という圧倒的な絶望が待っている。
「あり得ない。この第三世代のアグニが、第五世代のアフラマヅダに負ける事など、あってはならぬ事だ…」
自慢の機神権能を逆手に取られて、自身の命とも言うべき”核”を砕かれたアグニは生まれて初めての恐怖と絶望を感じていた。
「壊すには惜しい存在だが、今の我々の手に余る存在だよ。悪いが完全破壊させてもらう」
ふじわらしのぶは凍てつく視線でブリーシンガメンのッ核に照準を合わせ、引き金を引いた。
ブリーシンガメンは何とかその場から離れようとするが核に受けたダメージのせいで、ハリボテの両脚が崩れて身動き出来ない。
「はい。これで終わりー」
ゾンッ‼
次の刹那、ブリーシンガメンの真上から四枚の翼を生やした機影が落ちてくる。
光の剣を掲げたリ・エスペランザだった。
「かなり際どいアドリブだったな。もう二度と御免だよ」
蔵人は汗で濡れた前髪をかき上げながら嘆息する。
実際にトドメの一撃はブリーシンガメンの炎の結界が解除された瞬間に行動した結果であって、最初から考えられていた作戦には含まれていない。
マツダを介してアンナとノータイムで意思疎通が出来ていなければ、この結果は叶わなかっただろう。
ブリーシンガメンは最後に空から降りてきたアンナに核を貫かれて終幕を迎えた。
頭頂部から股下まで、一直線に貫かれたブリーシンガメンは砂の城のように崩れ落ちる。
灰燼より生まれた物は灰塵に帰るが如く、その荘厳さを跡形も残さずに消えた。
「あんな大きなQDが一瞬で消え去ってしまうなんて、まるで夢でも見ているようだわ…」
リリはゴーグルを外してから、もう一度モニター越しに外の様子を見直した。
かつて要塞じみた堅牢さを誇る機鋼軍神の姿はそこには無く、ただ地面に開いた穴を残すのみ…。
「この穴、何?」
リリはぎょっとした顔でもう一度、足元の穴を凝視する。
「もしかして逃げたの!?」
「マジか⁉」
リリ同様に正面モニターを確認していたアンナも思わず声を上げる。
つい先刻までブリーシンガメンがいた場所には適当な大きさの穴が開いていたのだ。
それも小型の人型戦車が一機通れそうなほどの大きさの穴である。。
周囲に広がっている粉々になってしまったブリーシンガメンの残骸の姿から察するにッ身体のサイズを縮めて逃亡したのだろう。
「穴の周囲の砂が焼け焦げてる…。あれってブリーシンガメンがやったんじゃ」
二人に先んじて蔵人が見たままのごく悲観的な未来図を口にする。
「だろうな。地下に動体センサーを広げてたが”彼”はかなりの速度で北の方角を目指しているようだ」
ふじわらしのぶは地雄を進むブリーシンガメンの予想到達地点のデータを蔵人たちに送りながら、通信回線を開く。
その行き先は言うまでも無く廃棄された工業都市コーカサスにいるであろう部下たちである。
ブリーシンガメンは勝負の決着よりも、完全な自己修復の為にコーカサスに急行する手段を選んだのだ。
ゆえに先の勝負における化かし合いの勝敗は一先ずお預けということになるだろう。
「アドラー、私だ。休憩中にすまないが全速力でこちらに戻って来てくれ。今、逃げた敵機が地中からそちらに向かっている…」
同時刻、工業都市コーカサス跡地に到着していたアドラーは通信を受けて、ふじわらしのぶに応じようとする。
地の底から轟音と震動。
次の刹那、何者かの妨害によって断線されることになった。
咄嗟の機転を利かせたオブライエンの指示により急遽、同ポイントから退避に成功する。
部隊から欠員が出なかったのは怪我の巧妙というべきか。
「監査官、今のは…」
突然の異変後、アドラーたちはコーカサスからやや離れた場所にある小高い丘に身を潜めていた。
隊員たちの指揮は階級が一番上であるジークフリードに任せ、アドラーはオブライエンと共に偵察に来ている。
「オブライエン、貴官はあれをどう判断する?」
アドラーは額の汗を拭いながら、双眼鏡を手渡す。
先ほどまで彼が覗いていた場所は無人の廃墟であるにも関わらず、今は煌々とした灯りに包まれている。
このわずかな時間で年が蘇えったのだ。
「すぐに本国に撤退し、早急な対策に打って出るべきかと…」
歴戦の勇者であるオブライエンをもってしても肝を冷やさざるを得ない状況だった。
都市があたかも自らの意志を持って動き出している光景に、恐怖さえ覚えている。
そして、それが先ほど中断されたふじわらしのぶからの通信と無関係ではないだろう。
「あの中尉殿が死んだとは思わないが、おそらくは我々に早急な撤退命令を出すつもりだったのではないかと思うのだが」
「私も同意見です、監査官。ですが問題は…」
時が経過するにつれて都市の方角はさらに激しく光芒が明滅する。
はっきりとした根拠は無いがそれらの異様な光景はどこか生物の誕生を想起させた。
「先手を打たれたか…」
ふじわらしのぶは通信装置のスイッチを落とし、リ・エスペランザの方を見る。
「おう、ブタのおっさん。お仲間はどうした。全員アグニのエサになっちまったか?」
(人間、食べるの⁉)
一瞬その場が凍りつく。
アグニの素性について詳しく知らないふじわらしのぶは思わずブリーシンガメンによる他の生命体への捕食行動について真剣に考えてしまったのだ。
「…いや、そういえば昔の映画で機械が人間を食べる話があったような…」
「うわあああああっ‼お嬢、アッシらに食欲とかありませんって‼」
マツダが必死に弁明する。
そもそも彼らにとって機体のエネルギー供給とは知性を保存する為の手段の一つでしかない。
人間のような欲求に触発されて行動する事があるとすれば、それはさらなる情報の獲得や活動範囲の確保の時だろう。
「いやあ…だってメガトロン、エネルゴンキューブ美味そうに食ってたよ?」
「もうそれでいいですよ…」
「私として一向に甘受しようのない状況だが、参考になったよ。それで私の部下たちとの通信に関してだが、一方的に電波を断たれてしまった。これは恣意的と考えるのが妥当なのだろうがどうにも腑に落ちない事があってね」
ガンッ‼
アンナはコンソールを無言で叩いてふじわらしのぶを威嚇した。
彼の遠回しな物言いを聞く度にアンナの機嫌は明らかに悪くなっている。
「手短に、やれ。三十字以内に」
「はい…。要するに通信が途切れたのは何かの拍子にそうなったのではないかという話です」
すでにふじわらしのぶにとって岡嶋アンナは歩く災害のような存在となっていた。
(もうこの主従関係は障害を通じて逆転しないんだよな…)
彼女の実兄である蔵人は妹の短気な性格を熟知していたので内心かなり同情している。
アンナは普段は口にしないグリーンガムを校内に放り込む。
グチャグチャと何度か噛んで頭の中で自分なりに情報を整理すると言葉を続けた。
「つまりアタシらが使ってた廃工場でアグニが何かを見つけて…動いた結果偶然そうなったと?」
「悲観的な憶測ばかりでもうしわけないが、私は先の遭遇からして計画的に動いているのだと思う…」
ぐちゃぐちゃぐちゃ。
アンナは無造作にガムを噛んだ後に、包み紙に包んで簡易のゴミ箱に捨てた。
「マッちゃん、あそこにアグニの代替ボディとかあったりするの?」
「いや流石に上位の機鋼軍神の機体はありませんって。コーカサスは現役の時から管理は人間に任せていましたから」
以前立ち寄った際にアンナと蔵人はコーカサスに関する知識をマツダから聞かされていた。
当時――、機械が人間を支配していた時代、全身に機械を埋め込まれた人間たちは効率の良くない労働力として使役されていたのだ。
コーカサスは人工知性が管理する工業都市としてはかなり下位の存在であり、人型戦車の予備部品や発電機器の生産といった末端の役割しか与えられていない。
「百聞は一見にしかずってか。よっし、待ってるのは性格に合わないや。ここでアグニを完全に叩いておこう」
アンナは相変わらず計器類と格闘しているリリの方を見る。
戦闘直後とはいえリ・エスペランザの自己修復機能は正常に作動しており、臨戦態勢まではとは言わずとも次戦の備えは整っていた。
これらはリリの緻密なエネルギー管理による功績である。
「リリっち、連戦行けそ?」
「うーん…。本当は駆動系のチェックとか、パーツの隙間に詰まった砂とか綺麗にしてあげたいけど…。大丈夫だと思うわ」
りりは額の汗をハンカチで拭きながら言う。
ついこの間まで非戦闘員だった彼女だが、数度の修羅場を潜り抜け戦場の空気に馴染んできている。
「聞くまでも無ってか。流石はリリっち。で残るはヘタレのウチの兄貴だが…」
「ああ、もう‼わかってるって‼毒喰らわば皿まで、だろ?」
蔵人は声を荒らげながらリ・エスペランザをコーカサスの方角に向かわせる。
かくしてリ・エスペランザとブリーシンガメンの戦いの第三幕が始まろうとしていた。




