第十話 おっさん、怪人スカイフィッシュに説教をする。「君は何というか人の話をまず聞きなさい」手遅れなのでもう遅いです。
拝啓、元の世界のみなさまへ、異世界に転移したおっさん、ふじわらしのぶです。
今日は皆さまに嬉しいご報告があります。それは…新しいお友達がいっぱい出来ました。
異世界ショーセツカニナローはとっても良いところです…
ガタンッ‼
しのぶが作った掘っ立て小屋の木製の扉が勢い良く開く。
(ちなみにしのぶは中学の時、技術家庭科で椅子を作ったのだが一度として立つことが出来なかったという逸話を持つ)
「大変だ、しのぶ‼ヤツが、虫歯大王が収監されている病院から脱走した‼」
手紙を書いていたしのぶの手が凍りついたように止まる。
正直、今一番聞きたくない話だった。
彼は日記の代わりに誰にも見せるつもりの無い手紙を書き、精神の均衡を保とうとしていたのだ。
初日の自分の死体の始末に始まり(以下略)異世界にロクな思い出はない。
「とりあえず落ち着け、ヘンリー。ヤツの行きそうな場所は大体見当がついているし、迷子カードもちゃんと衣類にぬいつけてあるから余程の事が無い限りは大丈夫だ」
しのぶはこのような事態に備えて迷子カードを虫歯大王のシャツとパンツに縫い付けておいた。心配事があるとすれば連絡先に騎士団の住所を書いてしまった事だ。
仮に騎士団が彼を保護したとしてあの麒麟児がおとなしく他人の言う事を聞くとは思えない。
「いや、そのもしもが起ってしまったんだよ‼とりあえず駅前の焼肉きんぐに行こう‼」
しのぶの顔が一瞬にして蒼白となる。
(まさかアイツ一人焼肉を!?)
かくしてヘンリー、ケビン、ぺトリックに急かされる形で駅前の焼肉きんぐに向かう。
”この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ”
しのぶは早くも失楽園の序文を読んだ時のような気持ちになっていた(続く)
PHASE 15 ONE IN A MILLION
アグニとマツダの話を聞いていた蔵人たちは騒然とする。
その理由とは…
「猿の〇星…スゲエのな」
岡嶋アンナはマツダとアグニの会話を聞いた直後に呟いた。
岡嶋兄妹は暇つぶしに今や伝説となった母船の遺産である映画を見て、時間を潰す事が多い。
今のアトラスはお世辞にも世界情勢が安定しているとは言えず、新作の娯楽映画が作られる事はまず無い。よくて企業広告か、日誌的な映画がたまに配布される程度だ。
また古典映画の収集は岡嶋兄妹の父親の趣味である。
リリはTVドラマや映画には全く興味が無く、パーツショップの映像広告や機械の紹介映像をたまに見る程度だった。
一方、マツダは蔵人たちと一緒に映画を見る機会が多かったのですぐにこの話題に食いついてきた。
「お嬢、アッシもあの宇宙猿人”ゴリ”と”ラー”が出てくる特撮は好きですぜ」
「違えよ」
アンナはマツダのアイコンが表示されているモニターの電源を落とした。
「お嬢、それはあんまりでさあ!メカハラですぜ‼」
マツダは非常警報用のスピーカーを使って文句を言ってくる。
こちらは機器の中に搭載されているので、一度解体しなければスイッチを切り替える事が出来ない。
アンナは仕返しとばかりにフットペダルを蹴り続けた。
「ちょっとアンナ、いざという時に動かなくなったら困るから今は抑えなさいって」
「そうだよ、アンナ。リリちゃんの言うう通りだ。そうだ、戦闘終了後にルルちゃんに頼んでマツダさんのミュート機能を追加してもらおうよ」
アンナは軽く舌打ちをする。
「おい、マツ。今度ばかりは言わせてもらうが、TPOを弁えろ。これから死ぬ気で突撃かける時に士気が下がるような事を言うな」
「YES、マム…」
画面に涙目になったマツダのアイコンが表示される。
すっかり落ち込んでしまったマツダの様子を一切気にかけずに、アンナは目の前の敵への対処法について考えていた。
(あの槍の直撃を回避するのを大前提として問題は、熱風だな。兄貴が回避にスキルを全振りしても被害は出る…)
ブリーシンガメンは空気と地面の中に散らばっている灰塵を己の意のままに操るとマツダから聞かされていた。
現状では機神権能を防御にかなりの力を注いでいる為に自分から攻める事はないのだが、変心して防御を捨て攻撃に集中してきた場合はこちらの勝率はかなり低いものになってしまうだろう。
敵の頭の中がクールダウンする前に勝敗を決しなければならないさらに決定打は他者に委ねるという背水の陣でもあったのだ。
(悔しいが、デブのおっさんの腕は確かだ。当てればヤツを倒せるっていうのは間違いねえ。だが今のアタシにやれンのか?ハリネズミみたいな猛攻撃を回避しながら、一撃離脱なんて真似が…)
一呼吸置いてから、息を飲む。
未だかつてない強敵を前にアンナの手が震える。
その時、リリがアンナの手を取った。
「大丈夫。まだ知り合って間もないけど、アンナは私の親友だから。何が起こっても後悔しないし。一緒に受け止めるから」
「うん…」
それは肉親以外から寄せられる信頼に満ちた温かい手の感触と眼差し。
ほんの少しだが、両親の死の原因を解明しようと気負うアンナの心を打つ。
気恥ずかしさを覚えながら、アンナは頭を縦に振る。
「お前の力は俺も認めている。一緒に勝とう、アンナ」
蔵人は目の前のブリーシンガメンの動向から目を離さないようにしながら言った。
「兄貴のクセに生意気言ってら」
アンナは鼻先で笑い飛ばしながら光の剣を起動させた。
一条の光が天に向かって伸びると同時に、ブリーシンガメンも動き出す。
周囲の灰塵を活性化させて砂塵を外套のように纏った。
それらを一層、二層と重ねてリ・エスペランザからの銃撃を牽制する。
「どうやら愚か者ではないようだな」
アグニは周囲を滞留する炎熱化させた灰塵の濃度を数段階、下げていた。
――今は威嚇程度でいい。
「絶対不可避の我が権能を受けろ、紅蓮の魔槍…」
ブリーシンガメンは周囲に散らばる灰塵を集めて六本の槍を作り上げる。
いずれの威力も先ほどまでの槍とは違い、彼自身の権能である赤熱化が施されていた。
如何に灰塵を操り、魚鱗装甲以上の頑丈さを誇る防壁を持つ機鋼軍神といえども”紅蓮の魔槍”に穿たれれば無事ではすまない。
「同胞を討つのは不本意だが、裏切り者ともなれば止むを得まい。せめて一撃で仕留めてやろう」
蔵人はアグニの挑発を聞き流しながら、り・エスペランザとの同調を完全な物とする。
戦闘後にかなりの負荷がかかるだろうが、彼もまたアグニという存在に恐怖と嫌悪を覚えていた。
(怖いけど、アレを放置しておいたら多くの人間が死ぬ…。俺は父さんと母さんの子供だから退く事は出来ない)
蔵人の脳裏には両親の死に顔があった。
彼の父は死に際に「北極点で世界の真実を知れ」と言ってこの世を去る。
未だに旅の理由もよくわかっていない。
だが今彼ら目の前にその手がかりがあるのだ。
これを見過ごす事は出来ないだろう。
(最後までもってくれよ)
蔵人はそう念じた後に、リ・エスペランザの中に意識をダイブさせる。
一人、深海に潜行する感覚に身を委ねながら蔵人は見事リ・エスペランザと一体化した。
「アンナ。蔵人が…」
席に座ったまま微動だにしない蔵人を見て、リリは困惑する。
比ゆ的な意味合いではない、今さっきまで隣の隣に座っていた岡嶋蔵人はそこにいるというのに気配そものを失っていた。
「ああ、兄貴は今エペ公の中に入ったんだ。生きてるから大丈夫だよ。ちなみにアタシも、もう少ししたら同じになるから。心配してね」
そう言ってアンナもまた操縦桿を強く握りしめて、意識をリ・エスペランザに向ける。
右手の甲にある情報結晶が明滅し、そのままゆっくりと意識だけが機械の中に入って行った。
「アンナまで抜け殻みたいになっちゃって…」
「大丈夫ですよ、リリお嬢さん。機体が大破しない限り、お嬢と坊ちゃんは無事に戻ってきますって」
リリの不安を気にかけてか、間髪入れずにマツダが話しかけてきた。
「うん。私も覚悟を決めて燃料関係をキッチリと管理するから頑張ろう」「その勢いっすよ、リリお嬢さん」
マツダはリ・エスペランザのフレームの強化に専心して操り人形となる事に徹する。
ここだけの話、マツダの基本となっている人工知性”アフラマヅダ”は戦闘には向いていなかった。
岡嶋兄妹は見事なまでに彼の不足な面を補っている。
さらにリリは彼が不得意とする全身を循環するエネルギーの均一化を図り、スペック以上の能力を引き出そうとしていた。
「カーボノイドと慣れ合うとはもはや一片の同情の余地なし。劣等種の下愚に落ちたかつての同胞よ、潔くこのアグニに消去されろ」
凄まじい高熱エネルギーを発しながら、ブリーシンガメンは空中に出現させた”紅蓮の魔槍”を放った。
マツダは神技がかった上空への回避を行い、接近を果たす。
しかし、それもアグニにとっては想定内の出来事だった。
「グハハハッ‼魔槍は我が意のままに敵を滅ぼすっ‼愚かなり、アフラマヅダ‼」
背後から一発、正面から二発の魔槍が襲いかかってきた。
リ・エスペランザの意識下にまで潜行している蔵人はこれを容易に回避する。
ガシンッ‼
勢い余って二本の魔槍がぶつかり合い、消滅した。
「ちょっとパターンが単調じゃないか?」
蔵人は不敵な笑みを浮かべながら次弾の攻撃予測を進めた。
結果導き出された戦術は、鉄板の胴と背中の挟み撃ち。
(やっぱりだ。マツダさんが言っていたけど、アグニも戦闘は上手くはない。いや何か理由があって攻撃を徹底することが出来ないのか?)
蔵人はより深く思索する。
ブリーシンガメンは五体不満足以上の欠陥を持ったままリ・エスペランザとの交戦を仕掛けてきたのだ。
おそらくその理由とは…。
(もしかしてアイツは、マツダさんのパーツか何かが必要なのか?)
「痴れ者がっ‼」
空中で復帰するタイミングを狙ってブリーシンガメンは残りの”紅蓮の魔槍”を全て発射する。
しかし、これは紛れもなく悪手だった。
彼が相手にしているのは蔵人だけではない。
「だはははっ‼自分から撃って来やがった‼馬鹿発見ッ‼」
アンナは光の剣で二本の魔槍を叩き切る。
彼女の回避行動はお世辞にもう上手とは言えないが、飛んで来る目標を撃墜する腕前にかけては熟練の兵士にも引けを取らない。
燃え盛る朱の槍を薙ぎ払い、切って落とす。
「アンナ、予備動力を全部回すからン全部やっちゃいなさい‼」
「了解ッ‼」
アンナは蔵人のサポートを受けながら、向かってきた紅蓮の魔槍を全て撃ち落とした。
残るはブリーシンガメンの手にある特大の一振りのみ。
「レディからダンスの御誘いだ。ゴミ糞ッ‼」
アンナの闘志に応えるかにょうにリ・エスペランザは大きく剣を掲げる。
長槍を振るうにしては短すぎる間合いだった。アグニは人間のように内心で舌打ちしながら引き下がる。
と同時に足場の灰塵を巻き上げ、風に乗せて飛礫を投げつけた。
「ぐはははっ‼五歳児のガキでも、もう少しマシな抵抗をするぜ」
蔵人はアンナの動きに合わせて、次々と熱砂の弾丸を躱した。
あくまで姑息な手段にすぎないが有事とあればそれなりの効力を発揮する。
「マツダさん、ゴメンッ‼」
今の攻撃で、背中から生えた四枚の羽がボロボロになっていた。
「いやいや。坊ちゃんは上手くやっていますって」
ギリギリのところで飛行能力を維持しながら、リ・エスペランザは順調にブリーシンガメンとの距離を詰めていった。
そしてついにアンナの袈裟切りがブリーシンガメンの機体を捕らえた。
「グッ‼おのれぇ…ッ‼」
ブリーシンガメンは胸についた傷に灰塵を刷り込んで、即興の自己修復を行う。
しかし、これは完全な下策だった。
修復に使う灰塵の精製が追いつかず、ついに槍を放棄しなければならなかったのだ。
「我が攻防一体の権能を見よ…タイタニック・レイジ」
ブリーシンガメンの周囲を赤熱化した灰燼が猛スピードで旋回する。
灼熱の竜巻と化したアグニとブリーシンガメンは持てる力の全てを費やしてリ・エスペランザに接近する。
両機には未だ数十メートルの距離があるというのに、リ・エスペランザのコックピット内部の温度は既に限界に達している。
だがアンナは不遜な態度をを崩さない。
全ては目論見通りとばかりに。
蔵人は出来るだけ距離を置いて、ブリーシンガメンの猛追に備えた。
「ふむ。そろそろか」
その頃、ブリーシンガメンとリ・エスペランザからかなり離れた場所にある瓦礫の下に隠れていたバードマンが長距離射程を誇る重火器バリスタを構えている。
狙いはマツダが伝えた通りの、ブリーシンガメンの核の部分だった。
「こういう目立つやり方は、私には相応しくないのだが、今回はやらせてもらおう」
ふじわらしのぶはスコープを使って目標を捉え、冷徹に引き金を引いた。
ゴズッ‼
「ッッッ‼‼‼‼⁉」
全くのノーマークの方向から撃ち出された弾頭はいとも容易くブリーシンガメンの核を撃ち抜く。
アグニは崩れ行く己の核を苦しみ、悶えながら見守る事しか出来なかった。




