聖女に選ばれた魔王
優秀な両親の間に生まれた仔竜。アノンは生まれた時から色々と期待されていた。
武術、魔法、飛空、礼儀作法。
何をとっても完璧であるようにと厳しく躾られ、先代の魔王の覚えも良くあちらの姫君と一緒に遊ぶ事もあった。
ただ、ひとつ。
リザードマンと言う種族は婚姻の際、自分の鱗を一欠片番に選ばれた相手に渡す風習があり、相手が鱗を飲み込めば相手側を含めて一族の繁栄が見込める。
だと言うのに、アノンの鱗は硬すぎたのだ。
オリハルコンとミスリル。アノンの家系には遠いむかしそんな名前の夫婦がいたそうだ。
名前のとおりの素体の鱗を持つふたりは、それはそれは美しく仲睦まじい夫婦、リザードマンの種族に生まれてふたりに憧れない者はいないとまで言われている。
鱗の材質はそんなふたりからの隔世遺伝で、魔王やその血族、魔族全体を見てもその鱗を、たとえ一欠片でも傷つける事が出来る者など居なかった。
先代魔王は、アノンなら安心して国を任せられるとアノンに魔王の座を譲って隠居した。
そして、その直後。
神々からの信託でアノンは【聖女】に任命された。
***
「アノン、聖女になったってホント?」
「そーなのよビーチェ。困っちゃうわ」
魔王としての責務をなんとかこなせる様になった矢先に【聖女】指名。神々から指示された場所に赴いては抜け殻を置いて土地を浄化する。
毎日魔力を限界まで使うせいか、最近は鱗の手入れもままならない。美しい鱗は、リザードマンにとって1番誇り高いモノであると言うのに。
「たまには神に抗議したら?ちゃんとお手入れしないと人間が言う【結界】クラスの鱗が生まれないって」
「いちだんとおっきくなったわねー」と姫君がアノンの鱗を研磨しながら呟いた。
初めて会った時はビーチェよりも小さかったと言うのに、成長期かしら、と言うアノンに姫君は笑う。
「聖女として必要な魔力が毎日増えているんでしょう?リザードマンの鱗は魔力を溜めやすい性質があるし、それで増えた魔力を収められるサイズになったんだよ」
「今、どれくらい大きくなったのかしら?あまり大きくなったらビーチェも大変でしょう?」
「アタシはアノンの専属ネイリストじゃないですよー」
そう言って、もう100年は経っているのだけど。
番を見付けて、子孫を遺して良い頃合いだと言うのに姫君は毎日アノンの元に来ては鱗をキレイに磨いていく。
先代魔王に似た銀の髪もろくに手入れする事なく。
このままでは娘が嫁き遅れると隠居様は言っていたが、アノンが番にするには姫君は繊細過ぎる。
***
「ビーチェさんはどーなったの?」
スマホの画面越しに聞く娘に、「寿命で500年前に死んでいるわ」とアノンさんは返した。
「いつもみたいに鱗の研磨に来た日にね、アタシのからだにぺったりとくっついて。
アタシ、大きくなりすぎて。全然気付かなかったのよ」
全長が200kmを超える巨体では確かに気付けと言う方に無理があるかもしれない。
「それで、ビーチェのからだがアタシに吸収されて産まれたのがこの愚息よ」
見た感じは人間に近い男の子。アノンさんの鱗みたいな虹色の髪に、碧い目。肌に鱗の様な模様がある事、背中に羽根が生えている事を除けば「人間です」と言われたら信じてしまうかも。
「オレわるくない!ニナがわるい!」
「黙らっしゃい。アタシが何も見てないと思ってるの?ニナちゃんの授業参観をしてるケイちゃんからスマホを取り上げて授業参観をめちゃくちゃにしたでしょう」
「ごめんなさいね、アタシの愚息が…」とアノンさんは言っているけど、画面の向こうにいる担任教師や他の保護者さん達は気を失っているから聞こえてないと思う。
「仁奈、お母さん頑張るから!」
嗚呼、はやく帰って我が子を抱き締めたい。