理想の聖女様
御伽噺に出て来る、美しく心清らかで国を繁栄させると言われる儚げで繊細な浄化の乙女、【聖女】。
ラート王子はずっとそんな【聖女】に夢を見ていた。
実際の聖女は魔族の国を治める王で、リザードマン。全長は240kmを超える。
国際的社交の場では、「相手を萎縮させてはいけないから」と2mくらいの、一般的なリザードマンと同じくらいの姿で現れるけれども、ラート王子の理想とかけ離れた聖女の姿は彼をとんでもない方向に走らせた。
教会から聖遺物を盗み出し、勝手に【聖女召喚】を行う等と、聞いて呆れる。
(2000年前、異世界から現れた聖女様と結ばれた建国王の話、そんなに素敵かしら?)
一応、【ラート王子の婚約者】と言う肩書きを持つティアナは小さくため息をつきながら考える。
教会に収められている聖女アイの記録によれば、ミュージカルで描かれている様な恋物語は一切存在しない。どう贔屓目に読み進めても、聖女の浄化魔法を、王国側がアイが倒れるまで酷使していて彼女が王国に嫁ぐメリットが一切ない。
当時の教皇猊下がアイを庇護していなければ、召喚3日で過労死していただろう。
ならなぜアイはこの王国の建国妃であるのか?
簡単だ、建国王がアイが逃げられない理由を作ったからだ。
当代のアノンが語る様に、元の世界に戻る事が出来る手段がないワケではない。魔力の研鑽をし、【転移魔法】に必要な魔力の補填が出来たなら元の世界に戻れるのだ。
アイは聖女伝説に残る聖女の中で随一の魔力の保有者だ、神々と交信してその手段を知った最初の人物でもある。
アイは浄化の旅が終わればすぐに元の世界に帰る事が出来る様に並行作業で魔力の補填をしていたのだが、それを建国王に勘づかれてしまった。
(ミュージカルでは良いように描かれているけれど、歴史書を読む限り得られる印象は尊大で傲慢不遜な人柄なのよね)
強いリーダーシップが、と言えばそうなのだろうが実際彼に縛られる事になったアイはどんな気持ちだったのだろうか。
「ティアナ、また本を読んでいるのか」
ちらと目だけで振り向くと、ラート王子がいた。
「お茶会の誘いを断ってまで、何がそんなに面白いのだか」
これでもむかしは一緒に本を読んでくれたりもしたのに、どこで何を間違えたのか、ティアナにも分からない。
むかし、と言ってもほんの5年前。
たった5年で、どうしてこうも変わってしまったのか。
「まぁいい、聞いてくれティアナ」
どうせ聖女の愚痴だろう、とティアナはため息をついた。