地味令嬢と聖女
「綺麗な髪ね、貴女」
「でもなんだか野暮ったいわね、梳いてもいいかしら?」
東の国の櫛に似た、白い鳥の描かれた櫛。
むかし嫁入り道具に母親から持たされたのだと、聖女は快活に笑って言った。
王子の仕事の帳尻合わせで禄に手入れをする暇も無かったティアナの髪は、聖女の手によってみるみるうちに輝きを取り戻した。
香油等を使った訳でも無いのに、絡まる事の無い艶のある自分の髪を久しぶりに見た気がした。
聖女は無意識に聖なる力が溢れ出るものだと、聖女アノンから聞いた事がある。これも、きっとその1部なのだろう。
王子が認めなくても、やはりこの方は聖女なのだ、とティアナはお礼を口にした。
「大した事じゃないわよ」、と聖女は言うが、彼女が元の世界に戻る為に行っている魔力研鑽の副産物は、今や街を歩けば誰もが耳にする。
湯治を好む聖女が出向いた温泉街では温泉から聖水が湧き、瀕死の冒険者の傷すら癒し、彼女が口にし褒めた海鮮や野菜は豊作豊漁で、ご利益を得た酒類は聖水と同等の効力を持ち、人気の商品として流通している。
聖女の力を認めていないのは、最早王子だけだ。
彼はまだ、理想の聖女を夢見ている
。
アルフォンソ兄様は、ラート王子の母上にその原因があるだろう、と言っていた。
今は亡きラート王子の母上、ジュリアンナ王妃は予知夢を見る力があったと言われ、その彼女が
「ラートは聖女と出会う。それが、ラートを良き方向へと導き、ラートは賢王として歴史に名を遺す」
と、常々語っていたそうだ。
この【聖女】が、既に存在する聖女アノンだ、というのがアルベルト国王の見解だが、
「男で、しかも魔王が、母上の予言した聖女の筈がない」
と王子は聞く耳を持たなかった。
だからこそ、不要な聖女召喚等という愚行に出た。
国王と、聖女アノンが薦めたティアナを、
「聖女が現れるまでの仮初の婚約者」
と宣った。
陛下の後妻のクリスティ王妃も、国王の見解こそが正しいのではないか、と王子に伝えたが、
「血の繋がりも、予知の力も無い女に何を言われても響かぬ」
と、やはり聞く耳を持たなかった。
このまま、あの方の婚約者で、わたしは納得出来るのだろうか。
『母ちゃん、今いい?』
すまほ、という異世界の連絡機器からまだ幼い少年の声がする。確か、サトシ、と言ったかしら、とティアナは考えた。
「なぁに?何かあったの?」
『落ち着いて聞いてよ?―――母ちゃんが、ばあちゃんになった』
聖女が思わず櫛を落とした。
同じ事を言われたらわたしも同じ反応をするだろう、とティアナは思った。
ラート王子(18歳) アルベルト国王、ジュリアンナ王妃の子
パール(15歳)、シュナ(14歳)、コーラル(12歳)、ジュナ(12歳) アルベルト国王、クリスティ王妃の子