第3話 悪役令嬢とは
「あら? 私はもう必要ないのでしょう?」
「どこからそういう思考になった。俺はリーゼのことは好きだし、悪役令嬢ごっこも今度は何をしてくれるのかと楽しみだし、来週の休日はリーゼが行きたいと言っていた観劇に行こうと約束をしたではないか」
そうですか。私があの手この手で嫌われようとしていたことが、全部ごっこ遊びに置き換わっていたのですか。
「シューベラン公爵令嬢は二人も必要ないでしょう? ですから、私は退場しますわ」
ファングラン公爵令嬢を排除し、晴れて平民から公爵令嬢という地位を得た平民のマリエッタ。
ここで義理の姉である私がいじめ倒すというのもいいのだけど、あのマリエッタっていう子、できれば関わりたくないですわ。
世界は自分を中心に回っていると勘違いしている子なんですもの。
ああ、でもそんな子に世間をわからせるというのも悪役令嬢の役目かしら? そして華麗に退場。
「これは美味しいかも」
私が妄想の中に入り込んでいると、顔を斜め上に強制的に向けさせられてしまいました。
く……首が折れる。
「首が痛いですわ」
なんだか不機嫌そうな顔をしているレインが視界に入ってきました。なんですか?
「俺の婚約者はリーゼロッテ・シューベランだ」
「さぁ、それはわかりませんわよ?」
「リーゼ以外は俺は絶対に認めない」
そう言われましても、良好な関係と思われていた第二王子とファングラン公爵令嬢は婚約破棄し、国外追放されたファングラン公爵令嬢は物語のとおりに魔の森で死にました。
そして物語ではシューベラン公爵令嬢は一人しか存在していませんでした。そう、養女になったマリエッタ。
「それから、公爵があの平民を養女に迎えたのは、駆け落ちした公爵の兄の子だと分かったからだ。リーゼが必要なくなったという意味ではない」
それぐらい物語で説明されていたので知ってはいますが、私は父から何も聞かされてはいません。
ですから、これは突然降って湧いてきた義理の妹をいじめ倒す悪役令嬢に徹すればいいということですわ。
「あら? 私に紹介もされずにいつの間にか、シューベラン公爵令嬢を名乗る者が現れたとなると、排除するか排除されるかの問題になりますわ。せっかく自ら排除される方向に行きましたのに、連れ戻すということは、徹底抗戦をしろと受け取ります」
それも物語の強制力というのであれば、受けて立ちましょう。それが悪役令嬢というものです。
「はぁ、わかった。それはこちらで対処する」
「それには及びません」
別にレインに対処されるようなことではありません。私が受けて立てばいいのです。ええ、『あら? こんなことも出来ないの?』『この辺りが平民臭くてたまりませんわー』『公爵家に泥を塗るゴミが!』『流石、母親が平民なだけありますわ』と言って差し上げればいいのですよね。
父がいい加減にしろと言って私を叱れば、きっと使用人たちも自ずとマリエッタの方につくでしょう。
それに対して私が癇癪を起こせば完璧です。
「リーゼの悪役令嬢ごっこを楽しんでいいのは俺だけだ」
「それは違いますわ」
私の妄想に割り込んできた声をぶった切ります。
「いつも言っていますが、悪役令嬢はバカではありません! なのに楽しむってなんですか!」
私が悪役令嬢になるために、どれほど努力をしたと思っているのです。
シューベラン公爵令嬢は『君の願いは世界を救う』というダッサイ題名。通称『キミセカ』。主人公が成り上がったときに出てきた名前がシューベラン公爵令嬢。
私は存在しないのです。
それで私は考えました。これは主人公が登場する前に排除されたのだと。
「いいですか!悪役令嬢になるには完璧で無ければ成り立たないのです!教養もあって、武力を持ち、残念なのは性格のみ!」
「うん。リーゼそのままだ」
……もしかして、本当の性格まで残念だと思われています?
「……バカなのは第二王子の方なのですからね。裏で、あのマリエッタを聖女にしようという動きがありますよね」
それに父が一枚噛んでいることは、今回のことで予想ができます。父の兄が駆け落ちしたのは事実ですが、シューベラン公爵家の特徴は青い空のような髪に金色の目です。ですから、空間魔法と水魔法が血族の魔法と言えます。
そして平民は生活魔法を使うぐらいしか魔力を持っていないので、光の魔法を使うほどの者は生まれないと言えます。
「これの裏側にいるのは聖王国の法王。今回のパーティーに珍しく出席されていましたが、聖王国が中枢に入り込もうとしている愚策。ですが、敢えて私は乗ってさしあげようとしたのです」
そして私の目の前で悪どい笑みを浮かべているレインに親指を立てて、首元で横に引く動作をして下に向けます。
「聖王国を締め上げる機会を逃すなんて万死に値します」
教会への寄付をクレクレと言う割には、ギラギラとした衣服と装飾品に満たされたブタを駆逐するいい機会でしたのに。
「あの近衛騎士ども。聖王国の者でしたよね。だったら、王太子の婚約者である私まで排除対象にしたことを盾にして、ブタの身包みを剥ぐぐらいできたのではないのですか?」
「それは私の役目ではなく、国王陛下の役目ですので、お譲りしました」
いきなりコロッと人の良さそうな笑顔になって王太子モードになられると、引きますわ。
「私は、ことを大きくしたジオラルドを殴って、婚約者を連れ戻そうしたのですよ。ですが、転移でどこかに移動した後でしたので、連れ去った者たちを締め上げて、今、ここにいるのです」
ええ、用意周到に会場を出たところで転移されましたわね。
そうですか。目が笑っていない笑顔で詰め寄られた方々は、それは恐怖に戦いたことでしょう。
私もこの笑顔は嫌いですもの。
「しかし、リーゼは私に殊勲を立てさせてくれようとしていたとは、愛されていますねぇ」
違います。私は悪役令嬢として動いたに過ぎませんと言おうと思っていましたのに、口を塞がれてしまいました。
いきなり、乙女に口づけするとはなんですか!
「それに乗じて、俺から逃れるとは思わないことだ」
……束縛系俺様だから悪役に徹しましたのに、もっとワガママ路線の悪役令嬢にした方がいいかしら?
悪役令嬢とは、婚約から逃れる一つの手段である。
でもそれが気に入られるとは、選択肢を間違えたかもしれませんわ。
ここまで読んできただきまして、ありがとうございます。
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最後におまけ話をどうぞ