第2話 狭すぎる馬車の中
「お嬢様。悪役令嬢ごっこはやめて王都に戻ってください」
私がとてもいい気分でいましたのに、それに水を差す者がいます。
声の方に視線を向けると、バカバカしいと言わんばかりの目をしている、黒髪の燕尾服を身に着けている男性が立っているではありませんか。
この闇さえも呑み込んでしまうほど鬱蒼とした夜の森には似つかわしくない姿です。
「あら? ツヴェルク。こんなところにどうしているのかしら?」
「それは私のセリフです。王妃殿下のお誕生パーティーで突然姿を消されて、なぜお嬢様がここにいるのかと、問いたいですね」
「とても面白そうなことが起こったので……ほら、ファングラン公爵令嬢が、お一人で国外追放だなんて、おも……お可哀想でしょう?」
「ところどころ本音が漏れていますよ。そのように言われていますが、そのファングラン公爵令嬢様が地面に倒れられていますよ」
私はツヴェルクが視線を向けている方を横目でみます。ええ、あっけなかったですわ。
「あら? 国外追放になって、これぐらいの森を生き抜けないのでしたら、この先も生きていくことは難しいでしょう。ここで死んでしまうのなら、そういう運命だったということですわ」
本当に残念でなりません。道中もずっと泣いてばかりでした。
『どうして、こんなことに』
『わたくしは、ただ節度がある距離感をもってくださいと言っただけですのに』
『殿下が本気であの平民をお望みでしたら、愛人にすればよかったのですわ』
『わたくしは何も悪くはありませんのに、お父様も助けてくださらなかったなんて』
と、ずっと馬車の中で泣いていましたもの。
そんなことで泣いているよりも、馬車を乗っ取る計画でもしてくだされば、私もご助力をいたしましたのに、残念な結果になってしまいましたわ。
「まぁ、ファングラン公爵が手をださなかったのもわかりますわ。ここまで各国の要人がいるなかで、娘の所業を晒されてしまえば、ご自分の身の潔白を示す行動を取ったということでしょう。貴族とは所詮そのような生き物ですわ」
「何を悟ったようなことを言っているのですか? さっさと帰りますよ。お嬢様の所為で、私が旦那様に叱られたのですからね」
ツヴェルクに文句を言われましたけど、それは仕方がないですわ。一応、私の護衛兼侍従ですもの。
護衛のお前が護衛対象者を放置して、なぜここにいるということでしょうから。
私はツヴェルクに手を取られ……逃げ出さないように腕を捕まれ、森の中を連行されています。
「ツヴェルク。この辺りの集落で噂を流してほしいわ」
「先程の戯言ですか?」
「そうよ。あのバカ王子が戦々恐々としている姿を見たいわ」
すると大きなため息が私の耳に入ってきました。
「お嬢様の悪役令嬢ごっこに付き合う道理はありません」
「ごっこではなくて、悪役令嬢よ! 今回も中々だったでしょう? 仕立て上げられた悪役令嬢につきそう私。これが意味することは何かしら? ふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
「その怖い笑いを止めてください。その件でも問題が起きていますから」
ツヴェルクに連行されていますと、少し開けた場所にやってきました。
その場所には乗ってきた馬車より小さめの馬車が停まっています。
乗ってきた馬車は中に見張りもいましたので、四人乗りの一般的な馬車でした。眼の前にあるのは二人乗りの軽量型の馬車です。
これは快適さよりも速さを求めて作られた馬車ですわね。
その馬車の扉がツヴェルクに開けられ、私は荷物のように中に押し込められました。
「ちょっと! 私がツヴェルクの主とわかっていますの!」
私が文句を言っていますのに、無言で扉を閉められ、外から鍵がかけられてしまいました。
ちっ! 王都に戻ったら覚えておきなさいよ!
「お帰り、リーゼ。遊びに行くにはちょっと遠いのではないのですか?」
「これは王太子殿下。このようなところまでおいで頂くとは、恐縮でございます」
上から降ってきた声に、私は荷物のように置かれた床から立ち上がります。……ちょっとこの空間は、狭すぎるのではないのでしょうか?
そう、この馬車の中には王妃様似の金髪碧眼の王太子殿下が居たのです。
私と王太子殿下が入れば窮屈この上ないです。それも私は夜会用のドレスのまま。旅行用のドレスならまだしも、ボリュームがあるドレスは圧迫感がありますわ。
私がこの状況をどう切り抜けようかと考えていますと、馬車がガタンと揺れます。私は王太子殿下が座っている方に倒れ込み、とっさに馬車の後方の窓に手をつきます。
「リーゼ。座ったらどうかな?」
思ったよりも近くにある王太子の顔に、ある考えが頭をよぎります。これは私が王太子に壁ドンをしているのでは?
ふふふふっ。
「王太子とあろうお方が、なぜこのような辺境にいらっしゃるのかお聞きしても?」
私はその状態のまま、王太子を問い詰めます。
すると、人が良さそうな笑顔を浮かべたままの王太子が答えました。
「この国の第二王子の婚約者であるファングラン公爵令嬢の国外追放に、私の婚約者であるシューベラン公爵令嬢がついていったとなると、私自身が迎えにいかないわけにはいけませんよね?」
つまらない答えでしたわ。
私は大人しく王太子の隣に座ります。
「そのまま婚約破棄していただいても、私としましては、とても喜ばしいことですわ」
「ええ、そのまま逃げられると思いましたので、慌てて迎えに来たのですよ」
そうでなければ、このタイミングで迎えは来ないでしょうからね。
しかしつまらないですわ。私がどんなに王太子の婚約者にふさわしくないという態度をとっても、この男は笑顔で笑って済ませるのです。
そう、今のように悪どい笑みを浮かべて。
まぁ、そうでなければ、王というものの素質はないのかもしれませんわ。
「ジオラルドには謹慎を言い渡してある」
突然横柄な言葉づかいになりましたが、王太子ではなく、レインラナードとして話しているということでしょう。
「そうですか。ファングラン公爵令嬢は無駄死にでしたわね」
「助け無かったのか?」
「助ける義理がどこにあるのでしょうか?」
「そうだな。あれほどの者たちの前で名指しされれば、貴族社会では生きて行けないだろう。それでここまで騒ぎを大きくした理由を聞こうか」
今度は私が尋問される側なのですか?