第1話 悪役令嬢の矜持とは
「貴様のような者は、この第二王子たるジオラルドヴェイセルクアルダーシアの婚約者にはふさわしくはない! 貴様との婚約は破棄だ!」
くっそ長い名前を流れるように名乗って、婚約破棄を宣言しているのは、この国の第二王子様です。
もちろんテンプレのように側には、淡いピンクの可愛らしい平民の少女がいます。
それも各国の要人を招いた王妃様のお誕生日パーティーでです。これは会場が一気に静まり返る事態ともなりましょう。
絶えず演奏されていた生演奏まで止まっています。
何やら第二王子はつまらないことを挙げて、自分の婚約者にふさわしくない罪状をあげています。
ここでふと思いました。なぜ第二王子は王妃様の顔に泥を塗ってまでこんな茶番を始めたのかということです。
ええ、金髪を高く結って、今日の為に一年かけて作ったゴージャスなドレスの身にまとった王妃様の美人の顔が、鬼のように歪んでいますもの。恐ろしいですわ。
そうですわね。一つは自分に正義があると大勢の前で示す必要があるからですわね。
婚約者がどれほど王族に名を連なることがふさわしくないか。品性や人間性が悪であるということですわね。
ここで対比として、平民のピンク頭がどれほど素晴らしいかを証明しなければならないのですが……平民である彼女には教養も貴族としての矜持もありません。
いうなれば『珍しい光属性』の持ち主っというぐらいですか。
婚約破棄するには少々足りませんわね。
あら? シューベラン公爵家の養女になったと、これはこれはファングラン公爵令嬢である婚約者と同列というところにもってきましたか。
あんな光属性しか取り柄がない平民を重宝しているバカ王子と思っていましたら、ちゃんと考える頭はあったようです。
これで王族であるご自分は正義で、品性を貶めた婚約者は悪という構図を作り上げて行くのですね。
そうですわね。光属性しか取り柄がない平民を妻にだなんて、普通は認められませんもの。
こうして公の場所で大したことがない事を大げさに言い、やってもいない罪を作り上げ、偽の証人まで用意する。
まぁまぁまぁ! これではどちらが悪かわかりませんわね。しかし、証人まで出されてしまえば、この場で無実を証明することは困難。
場の雰囲気は、茶番劇から断罪の場に変わってしまいました。
「よって貴様は身分を剥奪し、国外追放とする!」
それは国王陛下がおっしゃる言葉ですわ。今は帝国に外交に行かれていらっしゃらないと言って、王子でしかない者が言うことではありませんわ。
「近衛騎士!その者を魔の森に連れて行け!」
しかし第二王子の独壇場と化したこの場所で、それに気づいたのは顔を顰めている御歴々の方々と、王太子殿下。そして誕生日パーティーを台無しにされた王妃様。
でも、誰も止める者はいません。
この状況に笑いが込み上げてきます。
こうして悪役令嬢という者は、作られていくのでしょう。
そして馬車に揺られること三日。暗い森の中で降ろされ、空を見上げれば星と月が見えるという状況。
「悪役令嬢とは、逆境をねじ伏せるほどの力が必要ですわ」
このようなところで放置されれば、魔の森に住まう魔物に食われて死んでしまえという意味ですわね。
「ですが、魔狼に囲まれて逃げ場がないこの状況。なんとも面白いですわ。物語ならどう描かれるかしら?」
私に向かって地面を蹴って襲いかかってきた黒い魔物に向かって指を弾きます。いわゆるデコピンです。
「どこかの別の国の王子という輩が助けにくるのが、セオリーでしょうか?」
空気を圧縮して弾いた空気の弾圧は、魔狼の頭蓋骨をふっ飛ばします。
「それとも、この森に住まうという賢者の家に、迷い込むっていうのもありかもしれません」
一匹の魔狼が飛ばされたと同時に他の魔狼が一斉に襲ってきました。
私はダンスを踊るようにステップを踏み、指を弾いていきます。
「でも私の好みは全てを駆逐して、婚約破棄をした王子に復讐するでしょうか?そうは思いませんこと?」
私は暗闇の中で振り返ります。
そこには暗闇に溶けるような黒い衣服を纏った者たちがいます。それも既に刃物を抜いていますわ。
私が問いかけましたのに、誰も答えてはくれません。仕方がありませんわね。
「偽装された正義とは、どれほどのものなのでしょう?」
私の問には答えてくれませんのに、刃物を振るってきましたわ。問答無用ということかしら?
「その正義を覆すには、どのような手段をとるべきでしょう?」
私はステップを踏み、華麗に避けて差し上げます。こんなところで無様に地に倒れては悪役令嬢の名折れ。
「権力という暴力を振るって来られたのであれば、民衆という数の暴力であらがって見せるというのは如何?」
そして地面を踏み鳴らし、大きく後方に下がります。するとその距離を詰めるように黒い衣服をまとった者たちが一斉に刃を振るってきました。
そこで指をパチンと鳴らすと、地面から無数の氷の刃が天に向かって突き出してきます。
そう、足場がないほどの氷の刃。それは肉を突き刺し骨を断つ剣山。
「魔の森に置き去りにし、そして確実に死を与えるための追撃を送り込んだ者が、戻ってこないとなったら、どうでしょう?」
私はその剣山を逃れて背を向けて逃げる者に向かって、指を弾きます。頭が吹っ飛んだ者がドサリと、地面に落ちる音が聞こえてきました。
「そして、ここから噂を流すのです。婚約破棄をされた令嬢が復讐の為に王子の首を狙っていると」
動く者がいなくなった暗闇の場所には私の声がよく響きます。まるで、魔の森のモノたちでさえ身を潜めているようです。
「ジオラルド殿下は復讐されることに怯えて、恐怖に耐える日々を送ることになるでしょう。そして悪役令嬢は、そんなことを無視して、貴族という楔から解放され自由を得るのですわ!」
悪役令嬢とは、貴族の楔から解放される一つの手段。
なんて素晴らしいのでしょう。