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孵化(ふか)  作者: Beam’s
1/1

出逢い

「授業参観の案内配るから後ろの人に回せ〜、いいな〜」先生の声が遠くに聞こえる。肘を机につき、前の人達の紙の受け渡しを眺めていた。

「はい」

 前に座る女子がこっちを見ずに手渡ししてくる。その姿が小学生の私にはやけにクールに見えた。

「ありがと」

何の感謝なのかは分からないが、とりあえずの相槌としての「ありがとうを」述べ、紙を受け取る。1枚を抜き取りながら、案内に目を通す。普段であればさっと渡すが、参観日がちょうど母親の仕事の日と被っていることに気づき、ショックで少しの前静止していた。

「おい、早く渡せよ」

後ろの席の近藤が多少のいらつきを混ぜた声で言った。母親が参観日に来れない悔しさから苛立っていた所には、最悪のタイミングだった。

「ほらよ」

後ろを見ずに、右回りで紙を渡そうとした。

「痛っ!!!」

叫んだのは近藤だった。驚き、後ろを振り返ると、両手で右目を抑えている。手の甲には赤々とした何本もの血の川が流れている。

「え、え、大丈夫!?」

大丈夫じゃないとわかっていても、かける言葉が分からないため、思わず口にしていた。

「大丈夫な訳ないだろ!ふざけんな!」

驚いた先生がすぐに駆けつけ、近藤と一緒に保健室へと向かった。一瞬の出来事で、頭の整理がつくまで時間がかかった。整理がついた後、後悔と恐怖が私を包み込んだ。


 次の日、両親と私は病院の一室にいた。近藤の入院している病院だった。

「どうしてくれるんですか!?息子の右眼はもう何も映らないんですよ」

近藤の母親の言葉が目を背けたい現実に僕を引き戻す。

「何とお詫びしてよいものか、本当に申し訳ありませんでした。」

謝る両親の姿は、事故が起こる前までのものとは似ても似つかなかった。事故が、私と家族の人生の分岐点になってしまったことを痛烈に思い知らされた。「あの時に戻ってやり直したい」思うことはただそれだけだった。謝って済むものならいくらでも謝るが、この現状をどうにか出来るものではないことから、近藤に謝るのも気が引けた。その気持ちを見透かされたように

「何とか言えよ。俺はお前を絶対許さないからな」

おそらくさっきまで泣いていたのだろう、眼の上を腫らした近藤が言った。

「ごめんなさい。俺の不注意のせいで」

 真っ直ぐ顔を見ることが出来ず、ベッドの手すりを見つめながら言った。

「謝っても眼はなおらねぇんだよ!お前の眼も同じようにしてやるからこっちこいよ!」

下げていた頭の髪の毛を掴まれ、強く引っ張られた。周りの大人達が慌てて止めに入り、私達は引き離され、今日のところはひとまず帰ることになった。帰りの車の中、両親は優しい言葉を私にかけ続けた。悪意があった訳ではないこと、誰にでも起こりうる事故であったことを何度も繰り返し。私に向けてというよりも、自分たちに言い聞かせるように。車内の空気はいつもより密度が高く、吸い込んだ空気も身体になじむのに時間がかかった。


 時が経ち、私は大学生になった。変わらず、目立たないように静かに日々を過ごしていた。ある日、哲学の講義をお決まりの席で聞いていた。お決まりの席とは後ろから3列目の窓側の席だ。学生から人気がなく、教師からも見えにくい場所の自分なりの回答であった。板書をノートに書き写していると、右斜め前に座る1人の男子学生に目がいった。男の私から見ても綺麗と言いたくなるほどの美少年だった。鼻は真っ直ぐと伸び、控えめな口元が上品な色気を放っていた。いかにも人気者の風貌をした彼が、1人で講義を受け、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出していたため、気になってしまった。講義終わり、ゆったりと荷物をリュックサックにいれる彼を横目で感じながら待った。廊下に出て、キャンパスの裏門に向かって歩く後ろ姿を追いかけ、話しかけるタイミングを探した。狭い歩幅でリズムよく動いていた足が止まった。無意識に顔を逸らす。

「あの、何か用ですか。ついてこられるの怖いんですけど」

ぶっきらぼうな顔をしながら、一定の声のトーンで彼が言った。

「あ、すみません。さっき同じ哲学の授業を受けていた者です。ストーカーするつもりはなかったんですが、なんだか話をしてみたくって、、」

 柄にもないことをした自分が恥ずかしく、身体中に熱が込み上げてきた。

「はぁ、僕は別に話す事はないんで大丈夫です。」そう言って、振り返り、狭い歩幅のまま裏門を出ていった。引き止めてまで相手に聞いてもらいたい内容があるかと言われれば、そこまでの自信はなく、追いかけることもせず、私も家へと帰ることとした。


 次の週も同じ哲学の講義で同じ席に座った。彼もまた、同じ席に着いて先生の話に耳を傾けていた。

「はい、今日はグループワークをしてもらいます。これ、成績つける時に結構な割合占めるからちゃんとやったほうが後々楽になるからな〜」

思いつきじゃないかと疑いたくなるような間で、突然先生が言った。ほとんどの生徒は友達と一緒に講義を受けているため、難なくグループを作ったが、私のように1人で講義を受けている者たちは点々と、残されてしまった。

「あの、すみません。グループ一緒になってもらっていいですか?」

周りからの視線に逃れるように、私は先週話しかけた彼のもとへ歩み寄り、話しかけた。

「あ、はい。よろしくお願いします」

その後、もう1人が追加され、私達は3人グループになった。

「はい、皆さんグループできたみたいなので、課題を説明します。今日は、’’苦しみ’’とは何かについて考えてもらいます。これまで自分で体験した辛い経験でもいいですし、自分ではない誰かが経験した話でもいいのでグループの中でそれぞれ1つ発表してください。そして、その苦しみから逃れる方法をみんなで話し合い、最後レポートにまとめてもらうのが課題です。わかりましたね?では、早速始めてください」

周りから徐々に声が聞こえ始める。苦しみというテーマについて話しているというのに、どこか声に明るさを感じた。

「私たちも順番に話しましょうか」

最後にグループに加わった女子生徒が私たちの顔を交互に見ながら、緊張した面持ちで言った。

「そうですね。誰からいきましょうか」

「俺からでいいですか?」

彼が言う。いつもの気怠げな雰囲気とは違って、何かを渇望するような瞳がいつも以上に魅力的に見えた。

「是非是非、お願いします」

彼女もトップバッターではないことに安堵したようで、強く賛同した。

彼はひと呼吸置いて話始めた。

「中学校の時に仲が良かった友達の話なんですけど、彼はとても見た目が良かったんです。彼の人気は同級生だけに留まらず、上級生の間にまで影響を与えていました。もちろん、思春期真っ只中だったので恋愛にも、女性にも興味は十分にあったと思います。誰を初めの恋愛相手にするか随分悩んだようでしだが、結果1人に絞ったんです。あまりに選択肢が多いと、人間、他と違う魅力がある人を選択しがちな傾向にあるのは間違いないでしょう。彼が選んだのは学校で一番やんちゃしていた上級生の女子でした。みんなとても驚きましたが、本人が悩んだ末の結果だったので、納得せざるおえませんでした。彼と先輩は初めの何週間かは周りの生徒達に見せびらかすように、校内を手を繋いで歩き回ったり、登下校を一緒にしたりして、仲睦まじいカップルとして認知されていきました。’’あの事件’’が起きるまでは、、、」

澱みなく話していた彼が急に言葉に詰まった。私と女子生徒は同時に顔を上げ、彼の顔を見ていた。いつもの涼しい顔が崩れ、大量に汗をかいている。どこか息も苦しそうだった。

「あの、大丈夫ですか?」

何が大丈夫か聞きたいのかは不明だが、そう聞くしかなかった。

「すみません、ちょっと体調悪くなっちゃったみたいなので少し休憩させてください」

そう言って、ペットボトルの水を喉を鳴らして流し込んだ。

「じゃ、じゃあ少し休憩していただいている間に私が話しますね」

女子生徒が言った。

「まずは自己紹介から、私は人文社会学部の須藤彩音と言います。これから話す内容は私が実際に体験した話です。」

話者交代で一度緩んだ緊張が戻る。

「中学生の時、私は1人の人生を狂わせました。今もまだ謝ることができていません。ずっと誰にも言えずにここまできてしまいました。こんなところで初対面のお二人に打ち明けるような話ではないかとも思いましたが、もう1人では抱え切るのが苦しくて、誰でもいいから聞いて欲しいんです。」

彩音が今にも泣き出しそうな声で弱々しく言った。意識していなかった拳が、強く握られていたことに気づいた。

「あの、俺でよければ聞かせてください。聞かせてもらいたいです。自己紹介遅くなってすみません。教育学部の榊原光輝です。」

さっきまで項垂れるようにしていた彼が真っ直ぐと彩音の方を向いて言った。

「俺も力になれるかは分からないけれども、彩音さんの話聞かせてほしい。」

2人の雰囲気に呑まれ、前のめりになっていた。

「お二人ともありがとうございます。では、話の続きをさせていただきます。中学生の時、誰からも好かれるクラスメイトがいました。勉強でも運動でもいつもキラキラ眩しかった。目立たない私とは住む世界が違う。同じ時間を過ごしているようで、私たちの間には何層もの壁がありました。正直、疎ましい気持ちでした。彼女のようになりたい、私も人から注目を浴びたい。そんな気持ちが募り、魔が刺しました。私は、放課後彼女の机にあったノートから1枚破り、それっぽく見えるように加工しました。期末試験当日、彼女が席を立った隙を狙って、持っていた消しゴムと彼女の消しゴムをすり替えたのです。事前に全く同じ消しゴムを購入し、同じくらいの使用感になるまで何度も何度も机を擦り続けました。彼女はすり替えられたことに気づかず、試験がスタート。見回りの先生が自分の横を通るのはおおよそ2回。1回目は先生が横を通った時に彼女の方に視線を向け、これから起きる出来事を匂わせました。そして、2回目に先生が横に来た際、手を挙げ、耳元で囁いたんです。「〇〇ちゃん、カンニングしてました。私、たまたま見えちゃったんです、消しゴムのカバーの下に紙隠してるの。」先生が一瞬で怖い顔になり、彼女の元へと向かいました。話しかけ、消しゴムを確認してすぐに、2人は教室を後にしました。テストの後、学年集会が開かれ彼女のカンニングが一気に広がりました。これまで彼女を慕っていた人たちが手のひら返しをしていくのが、ひどく面白く感じたのを覚えています。彼女は学校に来れなくなり、引きこもるようになったそうです。今もまだその世界から抜け出せていない。最低なことをしてしまったんです。私は。」

彼女はそう言って、下を向いたまま動かなくなった。言葉の発し方を忘れてしまったように、誰も口を開かなかった。

「ありがとうございました」

ぼそっと榊原が言った。教室は周りの人たちの話し声で溢れているはずなのに、その言葉が初めての音のように聞こえた。私はというと、まだ何も言えないでいた。

「あなたが懸命に話す様子に勇気をもらいました。さっきの続きをさせてもらいたいです。」

2人のテンポに置いていかれないようにと前に出ようとするが、身体が固まってしまって動けない。街に置かれている銅像が、好きな人を目の前にした時に味わう感覚と似ているんだろうか。そんなことを考える余裕はないはずなのに、考えないわけにはいかなかった。幼い時に感じた様々な負の感情が頭に一気に流れ込んできてしまうから。

「無理しないで、少しずつでいいので話してみてください」

彩音が言った。

「ありがとうございます。さっきは途中で話を止めてしまってすみませんでした。話の最後に言った事件、’’妊娠’’です。彼は告げられました。彼女からその事実を。初めての行為をした日から一週間経った日の放課後に。告げた彼女はなぜかあっけらかんとしていて、重大な事がおきているはずなのに、頭がおかしくなりそうでした。後から分かった事でしたが、彼女はその時で既に2回目の事だったそうです。彼は親に相談し、酷く叱られましたが、彼女の両親と話をして堕ろすことを決めました。前の前で話しているのに、ましてや自分たちのことなのに遠くで話しているかのように感じられました。1つの生命を身勝手に産み出し、また勝手に無かったことにしてしまった恐ろしさに気づいた時、笑う事が出来なくなった瞬間でした。今でもまだ先に進めていません。」

初めて彼を目にした時に感じた違和感がなんとなく理解できた気がした。これまでの彼は自分で作った硬い殻を被って常に生活していたのだ。誰にも壊す事が出来ない、自分にも壊すことの出来ない、とても硬い殻に。そして今、それに亀裂をいれようとしている。何かのきっかけを待っていたのかもしれないし、今がその時だったのかもしれないが。聴き手の2人は既に分かっていた。知り合いの話ではなく、自分自身の話なのだ。苦しんでいるのは彼自身なのだと。

「辛かったね」

想いをめぐらせ、悩んだ末に口から漏れ出た言葉はシンプルだった。

「うん」

素直に答える彼は前より近くに感じられた。

「あなたは?」

彩音が言った。急に振られたため、ドキッとしたが平静を装った。

「ごめん、僕には話せるものはないんだ。」

「そうですか。ない方が自然なことかもしれませんね」

彼女の中に芽生えつつあった仲間意識が遠のいていくのが見えた。

「その代わり、お二人の苦しみをやわらげる方法を僕に考えさせてください」

2人はこちらを見て、何も言わなかった。お前に解決できるものではないと言わんばかりの目つきで。

「俺は苦しみから逃げようとするのがそもそも間違いだと思うんです。一生付き合っていかなければならない痛みであれば、同じくらいの代償を払ってしまいましょう。結局は気持ちの問題ですから全て」

2人の顔が歪んでいくのを感じたが、気にせず話し続けた。

「2人とも傷を舐め合って、気持ちよくなってるだけだよね。僕にはそう見える。1人になった時、僕らはとてつもない恐怖に襲われる。その時のことを思い出して。そんなのせっかくの人生もったいない気がするんだよね。犯罪者だって、罪を犯した分だけ罰を科されて、それを受ける事が出来る。罰を受けている間は苦しいかもしれないけど、きっとその分やり切った感、生まれ変われた感触がきっとあると思うんだよ。けど僕らはそうじゃない。何も罰を科されないけども一生心を蝕まれながら生きていくしかない。」

もう2人の顔に表情は無かった。目の前にある何かだった。

「ねぇ、あなたの右眼の訳を聞かせてよ」

流れるはずのない涙が右頬を伝う。

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