償い
自動ドアを抜けると、冷たい空気が体を包んだ。寒さに肩をすくめながら、出入り口の前に停まっているシュウの車までのわずかな距離を、ゆっくりと歩く。
コンコン、と助手席の窓を叩いてドアを開けた。
「おはよ」
「おはよう」
シュウの笑顔は、どこかぎこちなかった。たぶん私もそうだったに違いない。シートに腰を掛け、最初の言葉を探す。だが、なかなか見つからない。気まずい沈黙が車内を支配する中、先に口を開いたのはシュウだった。
「……お疲れさま。体調、どう?」
当たり障りのないセリフだが、今の雰囲気にはちょうど良かったのかもしれない。
「……ありがとう、もうすっかり元気だよ」
「……そっか……」
また二人とも黙ってしまう。
(聞かなきゃ……。どうせいずれ聞くんだもん、今聞かなきゃ……)
「あのさ……」
私は勇気を振り絞って言葉を発した。
「……四クール目から、全然来てくれなくなったよね。何かあった?」
(何かあった? か……。便利な言葉……)
いざ声を出したら急に冷静になったので、話をするには良い状態だと思った。
「……実は……」
たっぷりと間を持たせながら、彼は話し始めた。
「……ずっと考えてたんだ。俺、必要なのかなって……」
(──当たり前じゃん! シュウがいてくれたから頑張れたんだよ!?)
そう言いたいのをこらえ、黙って彼の言葉を聞いた。
「……俺と一緒にいる時ぐらい、病気のこと忘れてほしかったんだ。でも、どっか出掛けても病気のこと話したり、っていうか話繋げたりするから……。体のことは、サユが言わなくてもちゃんとサポートしようと思ってたのに、滝の前であんなこと言ったり……城の時も。何か見て、ついそう思っちゃうのはわかるけど……そのたび俺は、自分の力が足りないんだって反省してた」
「……」
「だから……改めて俺なんかが支えていけるのかって、不安になったんだ。連絡しなかったのは悪いと思ってる。ごめん。でも、ひとりでゆっくり考えたかったんだよ。……サユに会うと、せっかくいい方向に向いてた考えが崩れそうで……」
(シュウ……)
真剣な表情で話す彼は、嘘をついているなんて到底思えなかった。
「……私……シュウが浮気してるんじゃないか、って思った」
(──ズルい女)
「浮気?」
「うん……。私と一緒にいるのに疲れて、嫌になったのかと思ったの」
(私は……ズルい)
「そんなこと……。確かに、サユを支えていくのは大変だと感じたよ。でも、それで浮気なんて……絶対ない」
はっきりと言い切った彼を、私はのう疑わなかった。
「……ごめんね、変なふうに疑って。私も不安だったよ。シュウがそばにいてくれなくて、寂しかった……。でも、もう病気もほとんど治ったようなものだから……またそばにいて欲しいよ。これからは私も、シュウに何かあった時は支えるから……。いいかな……?」
「……俺でよければ」
胸の奥が、また小さく痛んだ。
実際、小泉先生と何があったわけではない。しかし、こんなにも真っ直ぐな彼を勝手に疑って、別の人にわずかな間だけでも想いを寄せた。いくら寂しかったとはいえ、謝っても謝りきれない……。
「ありがとう……シュウ」
それだけ言うと、シュウは以前のように優しく微笑んでくれた。その笑顔が愛おしくてたまらなかった。彼の胸に顔をうずめ「ありがとう」と言いながら、心の中ではそれと同じだけ『ごめんなさい』と繰り返し、泣いた。
私は、小泉先生のことを話さなかった。話せたタイミングのぎりぎりまで迷ったが、話すべきではないと判断した。──シュウを失いたくなかったから。理由はただ、それだけ……。
自分勝手で、嘘つきで、意地汚い女。こんな女のそばに、シュウのような真っ直ぐな人がいてくれる。
私はこの先、もっと変わらなければいけない。シュウのことだけを見ていられるように。それが私の、シュウへの償い──。