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ダメ女のエール ~笑顔のキセキ~  作者: F'sy
第一章・過去
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結婚、そして離婚

 家の窓から見える景色が薄桃色で彩られ始めた頃、ひとりの男性との出会いがあった。その人は店のお客さんで、何度も来てくれるうちにとても仲良くなった。

 彼は二十六歳。この店では比較的若いお客さんだが、二十歳の私にとってその年齢差は彼を大人に見せた。年だけではなく、話し方やその内容、振る舞いも含めて。

 ユヅキを産んでからは、恋愛なんか忘れていた。──いや、忘れようとして、必死に働くことで紛らわせていた。

 彼も以前の私のように家族が父親だけで──理由は言わなかったし、私もそれほど気にしなかった──、私の今の生活のことを話しても親身に聞いてくれて、いくつもの優しい言葉をかけてくれた。その優しさは久々に私の胸をときめかせ、恋愛感情が生まれてから付き合うようになるまで、それほど時間はかからなかった。


 三ヵ月後。私は『この人なら、私とユヅキを幸せにしてくれるかもしれない……!』と思うようになり、彼との結婚を考えた。

 どうしてたった三ヵ月で、結婚しようなんて思えたんだろう! 思い返せば、きっと寂しかっただけ。必死に働いて、子供の世話をして……毎日、それを繰り返すだけの生活。──つらかった。本当は逃げ出したいほどだった。自分で選んだ道なのに……。父が仕事を辞めたのは、私には仕事と子育ての両立なんて無理だと初めから思っていたからかもしれない。


 しかし結婚を考えたものの、葛藤が生まれた。

(彼のこと、まだ何も知らない。三ヵ月で結婚なんて大丈夫?……本当に?)

(でも、私だって幸せになりたい!)

 もちろん、今が幸せじゃないとは言わない。私にはユヅキがいる。しかしどういう基準で〝人並み〟というのかはわからないが、今の私たちは〝人並み〟ではないと思う。ユヅキには父親が必要だし、私も頼れる存在が欲しい。そんな気持ちが勝って、ほぼ勢いのような感じで数日後に彼と入籍した。


 ユヅキに父親ができた。私に夫ができた。それだけで充分だった。

 彼と不動産屋であれこれ言いながら部屋を選んだり、部屋のレイアウトを何時間も考えたり、ユヅキと三人で食卓を囲んだり……。やっと〝自分の家庭〟を持ったと実感し、些細なことでも人並み以上の幸せを感じていた。


 しかし一緒に暮らし始めてしばらくすると、彼がいつの間にか仕事を辞めていたことを知る。きっかけは、彼が自分の収入を口籠ったこと。

 知り合った頃はホストカラオケだのカジノだのといった、普通に生活していたらあまり耳にしないような仕事をしていると言っていたが、その時は収入さえあればいいと思っていた。

「今、カジノに警察の手入れが入ってるから……」

「もうすぐしたら安定するよ」

 彼は毎日そんな言い訳ばかりを口にし、私の不安は募る一方だった。

 私は出勤日数を減らしつつも仕事を続けていたので、そう言われ続けている間は私の稼ぎで生活していたのだが、たまに財布から勝手にお金が抜かれていることもあり、不安と同時に不信感も持つようになった。だがそれでも彼を信じたいという気持ちは大きく、離婚は考えなかった。


 二ヵ月後の十月、妊娠していることがわかった。それを彼に報告するために家へ戻ると、ポストに一通の封筒が入っていた。家の中に入って封筒を開けた私は、唖然とした。

(──え? 待って、何これ……?)

 それはキャッシュカードの利用明細書だった。しかも私のカードのもので、キャッシング限度額まで引き出されていた。

 私は妊娠の報告をする前に、そのことを彼に問いただした。すると意外にもあっさりと勝手にカードを持ち出したことを認め、さらに思いもよらなかった事実を告白してきた。──彼には、多額の借金まであったのだ。

 馬鹿だったとしか言いようがない。完全に騙されていた。〝幸せになりたい〟ということばかり考え、極端に視野が狭くなっていた。聞いたことのない仕事ばかりしていると知った時点で、少しは疑うべきだった。


 その告白で私の中にくすぶっていた不信感は爆発し、離婚という二文字しか頭に浮かばなくなった。すぐに実家に帰って父に話し、離婚したがらなかった彼にも父が話をつけてくれて、二週間後にようやく離婚が成立した。

 カードのことを弁護士に相談してみたものの、『法律上、結婚中のカードの利用権は夫婦二人のものとなるため、相手にのみ請求することはできない』と言われた。

 彼は結婚する前まで、彼の父親の友人宅に住んでいた。離婚の話もそこでしたのだが、行ってみるとすでにもぬけのから。もちろん携帯など通じない。

 彼自身の借金は離婚によって私には関係なくなったが、カードの返済は泣き寝入りするほかなく、百万円というその後の私には莫大な額の借金が残された。


 以来、カード会社からは毎日のように電話や請求のハガキが来る。怖くて電話の受話器を取れなかったし、電話のベルが鳴るだけで恐怖を感じた。ポストを覗くだけでも手が震える。半分ノイローゼになっていたかもしれない。

 お腹も大きくなってきていたので働きにも出られず、家に籠り悩むだけの日々が続いていた。それでも、生活はしなければいけない。少しずつでも借金を返さないといけない。彼との生活でわずかになってしまった貯金もすべて返済に充てたが、焼け石に水。


 外で働けない私は、役所へ行って内職専門の職業紹介へ登録した。数日後、化粧品サンプルの袋詰めの仕事を紹介してもらったが、この仕事で生活と借金の返済をまかなえるはずもなく、父が新たに始めた仕事の収入で暮らすようになっていた。それもさほど給料のいい仕事ではない。


 私はついに、自分で言ったことを何もできなくなった。本当に父には迷惑を掛けてばかり……。少しでも家計の足しになればと思い、一方では督促の恐怖から少しでも遠ざかりたいために、私は毎日憑かれたように内職をしていた。

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