新たな治療
翌日の午前中、評価を伝えにO先生がやってきた。少し身構えつつ、先生の言葉に耳を傾ける。
「えーと……まずはお疲れ様でした。体調はどうですか?」
「元気です! 早く結果が知りたくてしょうがない! って感じですよぉ」
「ははは、それなら良かった。じゃあまずは結果から」
期待が膨らみ、ドキドキする。
(お願い、全部なくなってて……!)
「──四回やって、半分ぐらいはなくなったね」
(え……半分だけ?)
前回ほとんど変わっていなかったことを考えると、さすがに完全消滅を望むのは無理があったようだ。
「半分かぁ……。でも三回目より効いてるから、良しとしなきゃね〜。──あ、それじゃまだ退院できないんですか?」
「そう、ここからは今後の話です。五、六回目の抗ガン剤治療をやる方法もありますが、体力面、肉体面の負担を考えるとお勧めできません。手術は最初の説明同様、血管の中の腫瘍なので無理ですね。残るは放射線治療なんですが……」
私は黙って頷きながら、O先生の話を聞いていた。〝放射線治療〟……本入院前の説明でも聞いた言葉。その時は確か、『抗ガン剤治療のほうが効果が望めるから』という理由で見送られたのだった。
「それなりのリスクはありますが、抗ガン剤治療のような命に関わる副作用などはありません。やってみるなら放射線科の先生に相談してみます。どうしますか?」
「──やります」
どんな治療かはわからないが、またそれを勧めるということは、今の私にはそれしか方法がないのと同時に、その効果が望めるところまできているのだと判断した。
「わかりました。じゃあ相談してみますので、またのちほど」
「はい。お願いします」
治療の内容を詳しく聞くべきだっただろうか? とも思ったが、聞いたところで私の決断は変わらないはずだ。自分の性格上、聞いたら嫌になってしまう可能性もある。
効果が予測できなかった抗ガン剤も、ここまで効いてくれた。どんな治療だろうと、ここからは攻めだ。守りはいらない。
夕方近くに放射線科の先生が来て、治療の内容や実施することを前提とした開始時期を説明していった。
準備や検査のため、治療開始は十日後。治療は午前と午後の一日二回、それを二十回おこなうとのことだ。O先生が言っていたとおり抗ガン剤治療に比べて危険性は低いが、それなりの問題はある。
肺動脈内への腫瘍に直に放射線を照射するので、回数を重ねるごとに周辺の臓器──肺そのものや食道にもダメージが生じ、炎症を起こしてしまう。そのため、毎日おこなえば二十日で終わるが、それができないので入院期間は延びてしまう。
だがその程度ならば、今の私にとって大したことではない。私には、四回ものつらい抗ガン剤治療に耐えたという強みがある。入院期間が延びるといってもせいぜい十日ほどで、全体ではひと月ぐらいで終わるだろう。
「抗ガン剤に比べたら、そんなことは気になりません。放射線治療、やります」
私は強く言った。われながら逞しくなったものだ、と心の中で自画自賛する。
放射線治療をやると決めた直後、家族やシュウ、友達にそのことを伝えた。友達はまず抗ガン剤治療が終わったことをとても喜んでくれて、私自身が治療を終えた時よりもその反応のほうが嬉しかった。
しかし家族は手放しでは喜べなかったようで、とくにユヅキはあまり喜んでいなかった。──いや、ユヅキは私が〝また〟そうさせてしまったのだ。
「ユヅ〜、抗ガン剤終わったよ!」
「ホント? やったね、ちゃーちゃん! じゃあ、もう帰ってくるんだ!」
本当に嬉しそうなユヅキの声。この時、私はまた間違った言い方をしたことに気付いた。だがそれを修正する言葉はなく、ただ謝るしかなかった。
「……ごめん、ユヅ。まだ帰れないんだ……」
落ち込んだ声が耳に入ることを予測したが、実際のユヅキの言葉は予想外なものだった。
「え〜? ……そっか。あと、どれぐらいかかるの?」
──私はなんて馬鹿な母親なんだろう。この前あれほど反省したのに、同じ失敗をまたもや繰り返してしまった。ちゃんと順序よく説明していれば、ユヅキを落ち込ませることはなかった。
私の至らなさを補うかのように、ユヅキはどんどん賢くなってゆくのだが……。それは成長ではなく、私が無理矢理させている我慢の結果だ。
そのあと改めて順を追って説明し直し、ようやくユヅキの笑い声を聞くことができた。
(しっかりしろ! バカサユ!)
家事や育児など、すでに母親として最低限のこともできていないのに、わが子に対してそんな小さな気遣いすらもできなくなっている自分に、厳しく喝を入れた。
父が素直に喜べなかったのは、やはり医療費の問題があるからだろう。それは私にも充分わかっているので、放射線治療が終わったあとはなるべく費用のかからない治療法を選ぼうと考えた。もちろん今後の結果にもよるが、良い結果が出ることを信じて進めていかなければ。
「お疲れさま、おめでとう!」
シュウと電話した時の、彼の第一声。
「ありがとう、シュウのお蔭だよ」
「そんなことないよ、サユが頑張ったんだから。もう退院できるの?」
「ううん。抗ガン剤が終わっただけで、ガンは半分残ってるから。次は放射線治療っていうのやるんだよ」
「放射線? なんか怖そうだなぁ」
「別に大したことないと思うよ! たぶん一ヵ月ぐらいで終わると思うし」
「そうなんだ。でも、まだ半分も残ってるのか……。放射線って、効くの?」
「え? わかんないよ、これからなんだから……」
「あ、そうか。そうだよな。……もしそれが効かなかったら、どうすんの?」
……なんだか今日は質問が多い。しかも、やけに結果を焦っているような聞き方をしてくる。私は気持ちをそのまま言葉に出していた。
「なんか今日、質問多いね」
「──え? そう? そんなことないよ。……ただ純粋に、今後のことを聞いてるだけだよ」
こんな動揺を見せた彼は初めてだ。やはり最近の彼の様子は明らかにおかしい。「また仕事が休みの時、病院行くよ」と言って、彼はそそくさと電話を切った。
(……ホントに? ホントに来てくれるの?)
疑念と不安が入り交じり、その後は何かにつけて彼を疑うようになった。しかし、言葉にするのは怖い。確信のない追求をして、彼を失いたくない。評価の結果とは逆に、私の気持ちは徐々に沈んでいった。