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ダメ女のエール ~笑顔のキセキ~  作者: F'sy
第四章・闘病
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もどかしさ

 病院の売店にある雑誌コーナーで次の休みのことを考えていると、〝箱根湯河原・足湯特集!〟という文字が目に入った。

(この前の箱根、楽しかったなぁ……。足湯なんて入ってないし、まだまだ楽しいとこあるかも!)

 私はその雑誌を買って、病室でじっくり読んでみた。特集が組まれているだけあって、足湯の情報はバッチリ。足湯以外にも体験していないものがたくさん載っていたので、やはりもう一度行きたくなった。そのことをシュウにメールしてみる。

『次の休みさぁ、また箱根行かない?』

『え? また?』

『うん。雑誌見てたら、ちょうど箱根のことが載っててさ〜。行ってない所ばっかりだったから、また行きたくなっちゃった! この前も楽しかったし!』

『そっか、サユがそれでいいなら行こう。』

 シュウも納得してくれたので、メールでプランを立てて次の休みに臨んだ。


 今月は天気の良い日が多い。毎年そうだったかどうかは思い出せないが、去年も晴れの日が多くまだ暑かったのを憶えている。なにしろ、私の〝アプローチ作戦〟が始まった時期だったから。

 次の休みも予報では快晴だ。降水確率は十パーセント。またあの綺麗な景色が見られるかと思うと、今から楽しみだ。

 シュウと決めたプランは、湯河原〜小田原城巡り。雑誌の情報をほぼそのまま使ったプランだが、『まだ行ってない所ならどこでもいい』というのが二人の結論だった。


 ……彼は私の行きたい所へ、どこへでも連れて行ってくれる。もちろん嬉しいが、時折思う。

(私が病気だから、かな……)

 闘病中の今は、その答えを知ることはできない。もし病気が治っても、こんなわがままな私と一緒にいてくれるだろうか……? 直接聞けないことが、余計に不安を煽る。

(箱根に行った時、それとなく聞いてみようかな……)

 そう思いつつ、きっと実行には移さないだろうと自分でわかっていた。


 当日は予報どおりの快晴で、街はまだまだ残暑に包まれていた。車で迎えにきてくれたシュウも、Tシャツの襟を摘んでぱたぱたと煽いでいる。

「車なのに、そんなに暑いの?」

 言いながら助手席に乗り込むと、確かに車内はあまり涼しくなかった。

「もっと冷房、強くしたら?」

「いや、これでいい。サユ、あんまり体冷やしちゃ駄目だ。外気と室温の差が激しいと、血管が縮んだり広がったりして良くないだろ?」

「……そっか。ありがと」

 ちくっ、とこの前と同じ胸の痛みを感じた。

(──あ、もしかしてアイスも……?)

 先日のソフトクリームも、からかったから多く食べてくれたんじゃない。私が病気だから、彼は必要以上に私の体のことを気遣ってくれているんじゃないか、と思った。

(嬉しいよ、シュウ。嬉しいけど……)


 箱根に着いてすぐに、足湯のある場所まで向かった。それは樹々に囲まれた中に作られていて、自然の空気を満喫しながら入ることができるので、心身ともに癒されそうだった。

「すごいね、九つもあるよ!」

「へぇー、いろいろあるんだなぁ。お、こっちは〝美人の泉〟だって! サユ、長めに入っとけば?」

「え〜? これ以上美人になったらどうすんの〜?」

「あ、間違えた。〝腎耳じんびの泉〟だった」

「は? ……ってゆうか、字も全然違うし! しかもよく見たら〝じんじ〟じゃん!」

「まぁ、とりあえず全部入っとけばいいんじゃない?」

「テキトーすぎ……」


 足湯はとても気持ちが良く、足だけしかお湯に浸かっていないのに、体中がぽかぽかと温まる。とはいえまだ暑いこの時期、すべての足湯を制覇した時には逆に暑くなりすぎて、汗が噴き出すほどだった。

(あ〜、少し涼しいとこ行きたい……。あ、そうだ!)

「ねぇ、シュウ。雑誌に書いてあったんだけど、この近くに西村京太郎サスペンスでよく使われる滝があるんだって! 行ってみない?」

「へぇ、何て滝?」

「えーっとね……確か、不動滝だよ」

「あ、聞いたことある」

「ホント? ちょっと見てみたくない?」

「よし、行ってみよう」


 不動滝という名前からして、さぞ迫力のあるものなのだろうと思っていたら、実際は十五メートルほどの小ぶりの滝だった。しかしこんなに間近で滝を見るなんて、小学校の社会科見学で行った日光の華厳の滝以来だ。しかも当時はとくに興味もなかったので、ほとんど記憶にも残っていない。

 滝に近づける所まで近づくと、顔や腕に水飛沫がかかり気持ちが良い。

「あ〜、マイナスイオン吸収〜」

「あはは、今日は美容にいいことづくしじゃん」

「ホントだよ〜、来てよかった♪」

 アメリカで見たナイアガラの滝には到底及ぶはずもないが、ここまで間近で見ると新鮮味がある。

 いつまでも尽きることなく、激しく流れ落ちる水……。

「……この滝みたいに、私のガンも流れていってくれたらいいなぁ〜……」

 私はつい、そんな言葉を口にしてしまった。

「……」

 シュウは黙っていた。そんな彼に対し、私は複雑な気持ちになった。その中には『こんな時に言うべきではなかった』という後悔も含まれていたので、雰囲気を変えようとして言った。

「……またいつか、連れてきてね!」

「うん……」

 低く返事をするシュウ。しばらく二人は無言で、ざぁざぁと落ち続ける滝を眺めていた。

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