治療への慣れ
朝、すぐに治療が始まった。痛いことに変わりはないし嬉しいということもないのだが、三回目なのでCVにもだいぶ慣れた。
それよりも気になることがある。今まではつらさが先立っていて気が付かなかったのだが、治療を始めてから二ヵ月、生理がきていない。
(副作用だと思うけど……。一応、先生に聞いてみようかな)
昼食前、問診に来たO先生にそのことを話した。
「先生、生理がきてないんだけど……」
「副作用か、もしくは抗ガン剤が細胞を壊してるんだね。子宮は細胞の集まりだから。あと考えられるのはストレスとか、今は体力も落ちてるから子宮自体が働いてないのかもしれない。いずれにしても、治療が終わってリラックスすればもとに戻ると思うよ」
「そっかぁ。ならいいや」
むしろ今は、生理などないほうが気が楽だ。──これが原因で赤ちゃんが産めなくなるのだとしたら、話は別だが……。
いつもと同じ治療、いつもと同じ副作用。普段はぐったりとしているが、慣れのお蔭で吐き気に耐えられる時もあり、そんな時はここぞとばかりに食べる。
入院中にはまってしまったのは、味の濃いカップラーメンやお菓子類だ。副作用で味覚がおかしくなり、病院食の味付けではまったく味がしないのと同じように感じる。
先生曰く「食べられる物を、食べられる時に摂取してほしい」とのことなので、箸の進まない病院食よりそちらを優先して食べた。栄養面は点滴で補っているので、体力を落とさないために食事を摂る、といった感じだ。
白血球が下がると、食事に制限が設けられる。すべて加熱食になり、生ものは一切食べられない。野菜も温野菜のみ。果物なども缶詰になり、しかも温めたものが出される。正直、おいしくはない。
私はシュウが来てくれる時に、病院食では出されないものを頼むようになった。
『シュウ、枝豆とゆで卵が食べたい。』
『わかった。かちかち卵、持ってくよ。』
固ゆではあまり好きではないのだが、食べられるだけましなので我慢する。
隔離の時は相変わらず、食欲どころか動く気力すらない。しかしそれもパターンとして考えるようになったので、とにかく早く数値が上がることだけを待つ。
精神的なものはやはりとても大きい。そういった治療に対するいい意味での慣れが、だんだんと自分の弱さに打ち勝っている気分にもなり、シュウにメールする回数も減っていった。
とくにいつもと変わりなく、三クール目も終了した。自分でも驚くほど淡々と治療を受けていたので、こんなことを考える。
(ホントに、余命宣告なんてされるほどなのかなぁ……?)
もちろん何事もなく治療を受けられるのは、シュウや友達のサポートを受け、子供たちの元気な声に励まされているからこそできることだ。しかし気分的な慣れはともかく、治療を重ねるごとに肉体的にも少しずつ楽になってきているので、『もしかしたら、このまま治っちゃうかも?』という期待感が日々増している。
クール間には必ず、抗ガン剤がどれだけ効いているかを調べる〝評価〟を造影CTによっておこなう。一、二クール目の評価では、腫瘍がわずかに小さくなっていて、血液の流れも多少良くなっていた。
今回はそれ以上の期待を持って検査に臨んだので、評価が楽しみで仕方なかった。
しかし結果は……ほとんど変わらず。
(ま、そんなにうまいこといかないか……。次に期待しよ!)
がっかりはしたもののそこまで気分は落ち込まず、その程度の思いで済んだ。われながら、ずいぶんと前向きになったものだと思う。
肺にぽつぽつと影が見えるとのことで、四クール目に入る前、体の様子を見て〝気管支鏡検査〟をする必要があると伝えられた。この検査は、口から気管支を通して肺に管を入れ、細胞を採取するというものだ。肺への内視鏡検査のようなものだろう。
翌々日、体調も良かったので気管支鏡検査をおこなった。
(検査のやり方はわかったけど……どういうふうにやるんだろ?)
「まず、喉に注射打つよ」
「え〜! 喉に!?」
思わず大きな声を出してしまった。喉に注射するなんて、聞いたことがない。
「ちょっと痛いよ」
喉に針が刺さる。あまりの痛さに、最初のCVの時のように泣いてしまった。
仰向けになり、口からカメラを入れてゆく。検査の時間はおよそ三十分程度だったが、とても長い三十分に感じた。
検査が終わり、カメラが抜かれる。
「うぅ……死ぬかと思った……。もう絶対やらない」
「はいはい、よく頑張りました。あ、もうひとつ検査やりたいんだけど」
「え〜? ……どんな?」
「血液ガスを採る検査で、動脈から採血するから……これもまた痛いんだ」
「えー! もう痛いのやだよー!」
「そうは言ってもねぇ……。手首か足の付け根から採るんだけど、手首のほうが痛いから足からにしよう」
言葉も出ない。私は無言で泣いた。
「じゃあ始めるよ」
「……! 痛ーーーい!」
私は大人げないのか……。いや、誰もがこうなると思う。恥も外聞もなく、私は大声で叫んだ。
「終わったよー」
「あ〜……あ〜……。良かったぁ〜……」
精根尽き果てた感じだ。しかし今までの抗ガン剤治療に比べたら、この瞬間で終わるだけいいのかもしれない。
検査の結果、肺は正常で細胞にも問題なかったので、とりあえずひと安心だ。しかも四クール目までは、その他の検査などで約三週間は間が空く。週末はなるべく病院から出るようにして、無理のない程度に好きなことをしようと思った。
いつ何が起こるかなんてわからない。もしかしたら、このまま抗ガン剤が効かずに終わってしまう可能性もある。だが今は、それすらもネガティブに捉えることはなくなった。
攻めと守り。そのバランスをうまくとることが、私にとっての最良の方法だと考えるようになっていた。