複雑な涙
車が走り始めた頃には、日が暮れかかっていた。車内で鎌倉や江ノ島のことばかり話して、余韻に浸る。
「鎌倉初めてだったから、すごい楽しかった〜! ホントありがとう!」
「俺も久しぶりで楽しかったよ。そういえば、あんまり息切れしてなかったよね?」
「──あ、そういえば……。ホントだ、すご〜い!」
「やっぱり楽しいことは疲れないんだな」
「だね〜、自分でもびっくりだよ!」
言われて初めて気付いた。疲れが気になったのは、憶えているかぎりでは展望台へ向かう時の商店街の階段ぐらいだ。
「階段のところぐらいかな? でも、あれは俺も疲れたよ」
話しながら歩いていたのに、シュウはちゃんと見ていてくれた。
「そうだね〜。でもほら、シュウと一緒だからさ♪」
「ははは、それは光栄です」
尽きることのない話の中、もう外は見慣れた景色だ。途中で軽くお茶をして、家路につく──と思ったら、おかしな場所で車は停まった。
「あれ? どうしたの?」
シュウは窮屈そうな体勢で後部座席へ体を伸ばして、何やらごそごそとやっている。
「……っと……はぁっ、取れた。サユ、おめでとう」
「?」
「誕生日だね。高い物じゃないけど、プレゼント」
そう言って、彼は小さな箱を私に差し出した。
「え〜、ありがとう! 開けていい?」
「いいよ」
丁寧に包みを剥がし、箱を開けると……。
「あっ、ハート?」
シルバーの、ハートのネックレスだった。
「可愛い〜♪」
「つけてみて」
「うん」
シュウに促され、早速ネックレスをつけてみた。
「どう? 似合う?」
「うん、よく似合うよ。──サユ、十三日で二十四歳だね。おめでとう。当日はこんなふうに祝えないと思ったから早くなっちゃったけど、いい記念になったかな」
「当たり前だよ〜。すごい楽しかったし、思い出に残るよ!」
「良かった。本当はこんな言葉で締めくくりたくないんだけど……これからも頑張って、病気と闘っていこうね」
「うん……シュウ、ありがとう。……私ね、シュウが戻ってきてくれて、ホントに嬉しかった。ここまで頑張れたのも、シュウがいてくれたからだよ。ありがとう……」
目に涙を浮かべた私を、シュウは優しく抱きしめてくれた。この前と違い、今日は私も彼にしっかりと抱きつく。
──こんなに温かくて、こんなに愛しい。ずっとずっと、離れたくない。毎日、彼の笑顔を見ていたい……。今までで一番強く、心からそう思った。
しかし、なぜだろう──。
想いが強くなればなるほど、不安も大きくなってゆく。私の想いが彼に通じているのか、心配でたまらなくなる。離れたくないと思うのは、怖いから。いつも何かで繋がっていないと、また彼がどこかへ行ってしまうような気がして……。
(……ダメ。考えてると、ホントになっちゃう……)
不安な気持ちを抱いたまま、しかし彼に確かめることもできないまま、私は彼の腕の中で複雑な涙を流していた。