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ダメ女のエール ~笑顔のキセキ~  作者: F'sy
第四章・闘病
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ヨウちゃんの想い

 もとの病室へ戻ってきて数日、吐き気や熱も治まってきて無事に二クール目を終えようとしている。

 隔離されている間は、子供たちと会うことはもちろん電話もできない。二人の様子がまったくわからないので、すごく心配だった。

 ここへ戻ってすぐ、私は家に電話して子供たちの声を聞いた。

「ちゃーちゃん、隔離終わったの?」

「うん、電話できなくてごめんね。大丈夫だった? ジョウと仲良くしてた?」

「大丈夫だよ! ちゃーちゃん、もうすぐ帰ってくるんでしょ? 帰ったら、いっぱいお話しようね! 頑張ってね!」

「うん。ありがと、ユヅ」

 電話を切り、変わりがなかったことにひと安心する。


 ──ふと、そんな自分に対して気付いたことがある。

 振り返ってみれば、前回はあまりのつらさに自分のことしか考えていなかった。隔離されている時はシュウにメールもしなかったし、看護師さんに良くない態度を取ってしまったこともあった。しかし今回は、子供たちを心配するだけの余裕があり、シュウにメールでわがままも言えていた。

 二回目なので、治療の流れがわかっているのもひとつの要因かもしれない。だが、つらさは変わらなかったはず。吐き気や体の怠さ、白血球の数値など、身体的な状態は前回よりも悪いほどだった。

 それでも〝誰にも会いたくない〟〝誰とも話したくない〟とは思わなかったし、隔離の間も子供たちやシュウに会いたいと思っていた。


 たった一度の経験で、人はここまで強くなれるものだろうか? ──きっと経験だけじゃない。シュウや子供たち、そして友達が、日を重ねるごとに心配して励ましてくれたからだ。

 とくにヨウちゃんは今回、シュウよりも病院へ来てくれた。たくさん差し入れを持ってきてくれて、たくさん笑わせてくれた。

(……そういえば。なんでヨウちゃんって、こんなにいろいろ助けてくれるんだろう?)

 検査入院の時にも思ったこと。その時は少し自意識過剰になって、私に気があるんじゃないか、などと思ったりもしたが……。

(でも、シュウのこと話してるし……。今日来た時、聞いてみようかな)


 仕事が終わった頃に『今から行く』とメールをくれて、一時間ほどで「おす!」と言いながらヨウちゃんが病室へ入ってきた。

「明後日、外泊だな。お疲れさん」

「うん。今回もいろいろありがとね。次もよろしく〜♪」

「当たり前に思うんじゃねぇよ!」

「あはは〜、でも来てくれるんでしょ〜?」

「そういうヤツのところには来ねぇ。だいたい今月、何回来たと思ってんだ」

「ホントだよね〜、感謝してます! てか、シュウより来てるよ」

「ヒマ人だからな」

「お母さん、どう?」

「ん〜、変わらず、かな」

「じゃあ、バンドもまだできないね」

「そうだな。ま、しゃーねぇわ。親だし」

 ヨウちゃんはミュージシャンを目指していて、ちょうどバンドのメンバーを探していた時にお母さんが鬱を患ってしまい、今は家族みんなでサポートしているのだという。そのためにメンバー探しを一旦やめているそうなのだが、愚痴のひとつでも言いたいところだろうに、ヨウちゃんからそういう言葉を聞いたことはない。

(あ、そうだ。聞いてみよ)

「ヨウちゃん」

「ん?」

「あのさ〜、すっと思ってたんだけど……。なんでここまで──」

「いろいろしてくれるの?」

 ヨウちゃんは何を聞かれるのかがわかっているように、私の代わりに言葉を繋げた。

「うん。よくわかったね」

「家族でも彼氏でもねぇのにな」

「え? ──うん」

〝彼氏〟という言葉が出てきて、少しだけドキっとした。しかしヨウちゃんが話した理由は、そんな単純なものではなかった。

「言わなかったか? 俺ガキの頃、腎臓病で入院してたんだよ。見つかるのがあと一年遅かったら、ヤバかったらしい」

「え〜! そうだったの!?」

 すごく驚いた。全然そんなふうには見えないし、普段の話を聞くかぎりでは人より不摂生しているぐらいなのに……。完治したのだろうか? 私はそのまま聞いてみた。

「もう治ったの?」

「治んねぇよ、一生。歳とるごとに悪くなるらしいし」

「でも、お酒とかタバコ、大丈夫なの?」

「酒は止められてねぇけど、タバコは駄目だって。あ、女遊びは問題ないって言ってたかな? 吉原巡りとかしなきゃ平気だって」

「あはは、そこは聞いてないっ! てか、タバコ駄目なんじゃん!」

「まぁな。でも、もうすでにやめるストレスのがでかいぜ〜」

 おどけて言うヨウちゃんは一転、すぐに真面目な口調で続ける。

「まぁ……俺も入院してた頃、いろんな人に世話になったからなぁ。当時の担任なんて、週イチで勉強教えにきてくれたんだぜ。もう二十年も経ってるから、直接その人たちに恩返ししろっても無理じゃん。だから、自分のまわりで代わりにな。──ま、タバコで悪くしちまったら意味ねぇけどな」

「そうだったんだ〜……」

 ヨウちゃんの優しさには、他の人にはない細やかさがある。そうかと思うと、時々とても厳しいことを言ってきたりもする。

 私は入院当初、当たり前のように誰もが自分を助けてくれるものだと思っていた。しかしその頃、ヨウちゃんにつまらない用事を頼んだ時に冷たく返されたことがある。

『そんなもん、他の誰かに頼め』

 正直、腹立たしく思った。こっちはガンになって苦しんでるのに、と。私も意地になってしばらくメールしなかったのだが、父やシュウが持ってきてくれる差し入れだけでは間に合わなくなってきた時、また怒られるのを覚悟してメールをした。すると意外にも『OK』と快く返事をくれた。


 頼んだ内容よりも頼み方が問題だったのだろうと、そのあと自分の送信メールを見返して気付いた。──助けてくれる人への、感謝の気持ちを忘れるな。そう言いたいのだと思う。

「まさか……俺が惚れてるとでも思ったんじゃねぇだろうな……?」

「あ、バレたぁ〜?」

「自意識過剰だな。んなわけねぇだろ」

「だよね〜。シュウがいるから、惚れられても困るし〜♪」

「へーへー」


 面会時間も終わりに近づき、ヨウちゃんが帰り支度を始める。

「じゃあまたな」

「うん。いつもありがとね」

 ヨウちゃんは腕時計を見て、

「次は一週間後ぐらいか?」

 と、次回の治療の日程を私に確認する。

「そうだね」

「鎌倉、楽しんでこいよ」

「うん、ありがとう。またメールするね」

 いつもどおり手を挙げて病室を出てゆくヨウちゃんを見て、改めてとても心強い存在だと思った。

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