泣き顔だらけのメール
抗ガン剤の投与が終わると白血球の数値が下がり、体調もさらに悪くなる。数値はまだ一〇〇〇を切っていないが、すぐにそうなるだろう。せっかくみんなからもらった元気も出せず、気分は落ち込むばかり。入院している間、幾度となくこの気分の浮き沈みを繰り返している。
『明日、仕事休みだよね? 来れる?』
気分が沈んでいる時、私はすぐシュウにメールする。体調が悪いとメールの絵文字も泣き顔だらけだ。
『はいよ〜。会える日は会いに行くから、泣かないで。今日も行くよ。』
シュウは翌日、いつもどおり昼に来てくれた。
「もうヤダ」
「早く点滴取って」
「帰りたい」
子供みたいに文句ばかり言ってしまうが、彼は怒りも呆れもせず、あやすように言葉をかけてくれる。
「今できる治療が抗ガン剤しかないんだから、頑張ってやるべきだと思うよ」
「アイスでも食べて、ファイトだよ!」
そうやって励まされるたび、私は同じ言葉を繰り返す。
「うん。頑張る」
何度言ったかわからないその言葉に、だんだん自信が持てなくなってきている。きっと彼も聞き飽きているだろう。本当に甘えてばかりだ。
(ごめんね、シュウ……)
シュウが帰ると、一気に不安の波が押し寄せる。そんな気分の時に、ふと先日の彼とのメールを思い出してしまった。
──『愛はある?』
──『サユには負けてるかもしれないけど、あると思うよ!』
(……嘘だよ。こんな私に、愛なんてあるわけないよ……)
いつもかけてくれる優しい言葉も、私のことにうんざりしているから適当に言っているのかもしれない……。
(──もうやだ! なんでこんなふうに考えなくちゃいけないの!?)
体調が悪くなるにつれ、考え方がどんどん悪い方向へ流されてゆく。本当はもちろんシュウを信じているのだが、意識してそう思わなければならない状態になることが増えてきた。
そのたびに携帯を手に取り、聞かなくてもいいようなことをメールに打ち始める。しかし、途中で全部消去する。そんなメールを送って、彼が本当に嫌になってしまったら? ……きっと二度目はない。今度こそ、私の前からいなくなってしまうだろう。そう考えると、メールを送ることはできなかった。
翌日、白血球の数値が一〇〇〇を切った。以前と同じく腰を曲げて点滴台にしがみつきながら〝隔離部屋〟へ向かう。
病室のドアを開けて中を覗くだけで、ベッドで動けなくなっている自分の姿が蜃気楼のように浮かび上がり、余計に具合が悪くなる。今度は何日、ここに閉じ込められるのだろう……。
隔離されてから、私は絶えずシュウにメールを送っていた。
『隔離だよ〜』
『寂しいよ〜』
そんなメールばかりで、見返すと自分でも呆れる。
『今は部屋から出られないし、気持ちがさらにマイナスになってるね。
でも白血球上がってきたら、また元気もアップして頑張れるよ!
大仏、行くんでしょ? 元気蓄えておかなきゃ!』
次の外出の時に鎌倉へ行く約束をしていて、そのことを〝大仏〟と呼んでいる。
『うん、大仏見たい! ビデオカメラ持ってこう♪』
『少しずつ回復してほしいし、いつもそう願ってるよ!』
職業柄、彼も一時間に一度はメールをチェックする時間が持てるので、あまり間を置かずに返事が来る。それがとても嬉しい。つまらないメールにもちゃんと返事をくれる。
(やっぱり、シュウがうんざりしてるなんて思えない。……それも自分勝手かな……)
しかしここにいる間、私を元気づけてくれるものはシュウからのメールだけだ。自分勝手だろうと、治療に耐えるために彼の言葉を信じて頑張らなければ。
そう思い始めたのが功を奏したのか、前回より二日も早くこの病室から出ることができた。




