久しぶりのデート
翌朝、ユヅキを見送ったあとジョウを自転車に乗せて保育園へ向かう。今日もうだるような暑さだ。それも手伝って二、三分もペダルを漕ぐと、すぐに息が切れてしまう。
(あ〜、車があればなぁ……)
入院前は、わが家にも父の車があった。しかし『入院するんだし、俺も使わないから必要ないだろう』と、医療費に充てるという理由で父が売ってしまった。
「ちゃーちゃん、バイバーイ!」
「はーい、バイバーイ」
手を振るジョウに応え、建物の奥に入ったのを見届けて家に戻る。保育園は家からわずか十分ほどの距離だが、この行き帰りだけでどっと疲れが押し寄せる。
部屋に入って呼吸を落ち着かせ、簡単に着替えを済ませてシュウからの連絡を待った。今日はシュウをドライブに行く約束をしている。約束自体は治療が始まってすぐにしていて、本当は少し遠出をする予定だったのだが、彼が私の体を気遣って近場のドライブに変更することになった。
十時を少し過ぎた頃、シュウから電話がきた。
「おはよう。着いたよ」
「わかった、今行くね!」
私は息切れしないように、ゆっくりとシュウの待っている場所まで歩いた。車に到着すると、「おはよう」と言いながらシュウが内側から助手席のドアを開けてくれる。
「おはよ! 久しぶりだね〜。あれ? シュウ、髪切った?」
耳に少しかかるぐらいあったシュウの髪が、ソフトモヒカンのような髪型に変わっていた。
「うん、ついこの前ね。夏だし。どう?」
……もしかしたら、私の脱毛に合わせて切ってくれたのかもしれない。だが「夏だし」という部分を少し強調して言ったシュウに対して、そんなことを口にするほど私も野暮じゃない。
「似合うよ〜、カッコいいじゃん♪」
「そう? ありがとう。あ、今日どこ行く?」
「え〜とね……久しぶりに会ったから、初デートで行ったお台場!」
「オッケー、じゃあ行こう」
お台場に着いて、二人で浜辺を歩く。しかし今日は以前のように、はしゃいだりしない。手を繋いで、穏やかな波の動きよりもゆっくりと歩いた。
「だいぶ痩せたねー。今日はたくさん食べなよ」
「うん! 何食べよっかなぁ〜♪」
「治療終わったばっかりなのに、食べる気満々じゃん!」
「自分でたくさん食べろって言ったんでしょ〜!」
こんな何でもない会話に、二人で大笑いした。
この日は何をするわけでもなく、ただ一緒にいただけだった。だが、それがとても大事だということをお互いが知っている。
シュウと過ごすことで何倍にもなる、病気と闘うための勇気。彼がいてくれて……戻ってきてくれて、本当に良かった。その気持ちがとても大きくて、私は一日のうちに何度も、何かにつけて「ありがとう」と言っていた。
帰り際は言いながら少し涙ぐんでしまったので、彼は「大丈夫だよ」と優しく頭を撫でてくれた。私は抱きつきたい衝動を抑え、車のテールランプが視界からなくなるまで彼を見送った。
──私は強くならなきゃいけない。さっき我慢せずに彼の胸に埋もれていたら、きっと這い上がれなくなってしまうと思った。シュウがくれる勇気を無駄にしたくない。
(よしっ、頑張ろう! もう弱音は吐かない。ポジティブにいこう!)
支えてくれるシュウや友達のために、そしてユヅキとジョウの笑顔を毎日見るために、私はこの苦難を乗り越えるんだ。




