一家団欒
「ちゃーちゃん、ただいまー!」
大きな声で目を覚ました。驚いて顔を上げると、ユヅキがばたばたとこちらに走ってくるのが目に入った。──どうやら、もう夕方になってしまったようだ。
「ちゃーちゃーん!」
あとを追ってジョウも走ってくる。
「お〜、おかえり〜」
二人はまだ横になっている私のもとへ来て、満面の笑顔で飛び跳ねる。私は体を起こして、子供たちを両腕に抱えた。少し会わない間にまた成長しているのがわかる。
久しぶりに抱くわが子。いつまでも離れようとしない二人同様、私もいつまでも二人を抱いたままでいた。その時間は、それまでで最も子供たちを愛おしく感じた瞬間だった。
「どうだ、調子は」
少し遅れて部屋に入ってきた父が、私に聞く。
「う〜ん……。イマイチだけど、治療中よりはましだよ」
「そうか、まぁゆっくりしろ」
「うん」
「ちゃーちゃん、今度はいつ病院戻るの? 明日? 明後日? 今日は一緒にお風呂入って、一緒に寝れるんだよね?」
父との会話もそこそこに、すぐにユヅキの質問攻めが始まった。気持ちはよくわかる。ジョウがまだ小さいので、お姉ちゃんのユヅキは甘えたくても甘えられず、いつも我慢している。一所懸命にそうしているのがわかる。
(家にいる間は、たくさん甘えさせてあげなきゃね)
質問にあらかた答えた私は、
「ユヅ、一緒にのり巻き作ろっか?」
と、ユヅキの好物を夕飯にしようと思って言った。
「うん、作る作る!」
「じゃあ今日の晩ごはんは、ユヅの好きなのり巻きにしよう!」
「やったー!」
笑顔ではしゃぐユヅキ。この子が産まれてから今まで、私は何度この笑顔に救われてきただろう──。
夜、久しぶりの一家団欒。
「見てー、ちゃーちゃん!」
「お〜、うまいねユヅ! 今度はこっちのおかずで作ってみようか」
「は〜い!」
もちろんお世辞にもうまいとは言えないが、そんなことはどうでもいい。手の平を米粒でいっぱいにしながら楽しそうにのり巻きを作るユヅキを見ていると、私は大きな幸せに包まれる。
となりの部屋で遊んでいたジョウも、こちらの楽しそうな雰囲気が伝わったのか、ぱたぱたと走ってきた。
「ジョウもやる〜?」
ユヅキが聞くと、ジョウは「うん!」と元気よく返事をして、手も洗わずにのりを鷲掴みにする。
「ダメだよ! ちゃんと手、洗わなきゃ!」
私が言うより先にユヅキが注意して、ジョウを連れて洗面台へ向かった。
(ホントに、お姉ちゃんになったな〜。……私が病気なんかしなかったら、無理な背伸びさせなくても済んだのに……)
目に涙が滲む。やっぱり私は泣き虫だ。
(……ダメ。子供の前なんだから)
泣きたくなるのをこらえて、またのり巻きを作り始めた。二人が戻ってきて、「じゃあ、作り方教えてあげるね!」とユヅキはここでもお姉ちゃんぶりを発揮する。
「ちがうよ、こうやるの! ……そうじゃなくて〜!」
「いいの〜!」
何度も同じことを言われて、ジョウもだんだんユヅキの言うことを聞かなくなってきた。
「ねぇユヅ、一回だけジョウの好きに作らせてみようか」
「え〜? だってジョウ、ぐちゃぐちゃにするんだもん!」
「ほら、ジョウも頑張って作ってるからさ。一回だけ、ね?」
「う〜ん……わかった〜」
納得のいかない表情を見せつつも、ユヅキはジョウに口を出すのをやめた。ジョウは真剣な眼差しで米とのりを相手に格闘し、苦労してやっとひとつ作り上げた。
「できたー!」
「どれどれ〜? おー、すごいすごい! よくできました〜」
私が言うとジョウは、とてものり巻きとは思えない自分の作品を誇らしげに皿の上に置き、となりの部屋へ戻っていってしまった。
「ジョウ、もう作らないの〜?」
「もういい〜」
(まったく、相変わらず飽きっぽいなぁ。……私に似たのかな?)
しかし良くも悪くも、子供が自分に似ているのは嬉しい。
(でも、ユヅは父親似かなぁ)
私と違って運動神経の良いところは、間違いなく父親譲りだ。彼が我慢強かったかどうかは忘れたが、そこも私には似ていない。……少し悔しい。
(ま、いっか。似てるとこもあるし! って、何ムキになってるんだろ?)
今さら昔の男に対抗心を燃やした自分がおかしくて、ひとりでくすくすと笑ってしまった。
楽しく食事をして、テレビを観て笑って、子供たちとお風呂ではしゃいで……。やはり家族といる時間は、この上なく幸せだ。ひと月分の幸せをひと晩で取り戻すように、この夜は子供たちと目一杯触れ合った。