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ダメ女のエール ~笑顔のキセキ~  作者: F'sy
第一章・過去
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育ての母の死

 その年の冬、母が倒れた。もともと糖尿病を患っていて、それが原因で脳梗塞を引き起こしてしまった。

 それからひと月後の、一月七日。母は五十七歳の若さでこの世を去った。


 とても厳しかった母。思い出と呼べるものも少なく、店で一緒に働いていた記憶ばかりの母。そんな母でも、亡くなった時はとても悲しかった。

 倒れた時から覚悟はしていたのだが、それでも何日かは思い出すたびに泣いた。父の前では恥ずかしくて泣けなかったが、ひとりの時は激しく泣いた。──どんな母でも、やっぱり家族だから。血の繋がりは薄くても、お母さんはお母さんだから……。

 もしかしたら母自身、数年前から先が長くないことを知っていたのかもしれない。だからニューヨークに行かせて、本当の母との時間を過ごさせようとしたのかもしれない。──私が事実を知ることを前提にして。

(あんなこと、知らなくても良かった……)

 いなくなってわかった母なりの優しさに、ひどく心が痛んだ。


 父は、母が亡くなってからさらに厳しくなった。何をするにも逐一連絡が必要になり、外出していると何度も携帯が鳴る。着信を受けると「どこにいる! 何してる!」と、頭ごなしに怒り出す始末。目の届かない場所にいて心配なのはわかるが、常に監視されているようだった。

 そして、私も変わり始めていた。唯一かろうじて血の繋がりのあった母が亡くなり、家にはまったく血縁でない父と二人だけになったことで、〝自分の家庭〟が欲しいと強く想うようになっていた。

 母を失った寂しさを、当時付き合っていた一つ年上の彼氏と一緒にいることで埋め、先のことなど考えもせず「子供が欲しい」と頻繁に言い、そのつもりで彼との夜を過ごしていた。


 二月。生理がなかったので、妊娠検査薬を買って調べてみた。──陽性。

(赤ちゃん、できた!)

 すごく嬉しくて、真っ先に彼のもとへ行って報告した。だが、それを聞いた彼の第一声は……「堕ろせ」。

 ショックだった。しつこいくらいに気持ちを伝えていたので、彼も絶対に同じ気持ちだと思っていたのに……。なんて酷い言葉なんだろうと思う。しかしその時は想いを伝えることだけに必死で、彼の言葉がどうこうなどと考えていられなかった。

「私はちゃんとした家族が欲しいの! 血の繋がった本当の家族が……! それに、私だけの子供じゃないんだよ!? 私はあなたと家庭を築きたいの! だからあんなに子供が欲しいって言ってたのに! ねぇ、一緒に育てていこうよ! お願い!」

 彼が首を縦に振るまで、何度も訴え続けた。その甲斐あって、彼も「わかった、頑張って育てよう」と言ってくれるようになった。


 妊娠したことと結婚して家庭を持ちたいということを、彼とともに私の父に話した。父は予想に反して、「二人がちゃんとやっていけるなら、いいだろう」と言った。父がこんなにあっさり許すなんて、とても驚いた。「妊娠したら絶対産むからね」と宣言していたからだろうか。

 本来なら感謝すべきところなのだろうが、反抗期に加えて普段の鬱憤も溜まっていた私は、礼も言わずに彼と家を出た。

「私のお父さんが許してくれたんだから、大丈夫だよね!」

「うん、大丈夫だ」

 かなり気持ちの軽くなった私たちは、もう決まったも同然という思いで彼の両親に会いに行った。ところが……。

「まだ二人とも高校生だし、できれば……堕ろしてほしい。でもまたこれからも仲良くして、お互いもっと大人になってからもう一度……」

 私はまたショックを受けた。正直、彼に言われた時よりもショックは大きかった。三人も子供を持つ親が、そんなことを言うなんて……。

「どうしても産みたいんです!」

 素直に受け入れられずに想いをぶつけてみたが、彼の両親の言い分が変わることはなく、次第に彼も自分の親の言葉で当初の気持ちが戻ってきたらしく、徐々に私たちの間には溝が生まれ始めていた。


 ある時、彼が電話で「金の話するならこっちも弁護士立てて、出るべき場所に出るからな!」と言い、そのことで彼と父が言い争いになったこともあった。

 彼の両親は、私がお金目当てで嘘をついているとでも言っていたのかもしれない。本当にそう思っていたのか、私が折れないから彼にそう信じ込ませていたのか……。


 その電話の翌日は、双方が集まって話し合うことになっていた。

 予定の時間、予定の場所に、全員……集まらなかった。彼が来ない。

(──まさか、逃げた?)

 父が前日の電話の話をすると、彼の両親は顔色も変えずに「違う人なんじゃないですか?」と、信じられない言葉を発した。

 もうこの人たちには何を言っても無駄だ、と思った。それに、こんな大事な席に現れなかった彼にも愛想を尽かした。

(……私は、ひとりで産む。もう彼なんかいらない)

 そう思い、父にその場で「ひとりで産む」と言った。父は当然、大反対した。

「子供を育てるのは、そんなに簡単なことじゃない!」

 怒鳴る父。それでも私は産みたかった。人生で初めて父に頭を下げ、

「必死に働いて、ちゃんと育てるから……この子には絶対、寂しい思いや悲しい思いさせないから……お願い、産ませて!」

 と懇願した。そんな私の強い説得に、渋々といった表情ではあったが父が折れ、なんとか承諾を得ることができた。

 あとは、今のやりとりを黙って人他人事のように聞いている彼の両親だ。もちろん説得するつもりなんてない。

「お聞きのとおり、私はひとりで産みます。お金は一切要りません。産まれても、彼には絶対会わせませんから」

 きっぱりと言うと、私の前に座っている二人は安堵したようだった。それを表すかのように、彼の母親は「ああ、そうですか」と抑揚のない声で言った。

 すごく腹が立った。私は素早く腰を上げ、「失礼します」と言ってその場を去ろうとした。すると追い打ちをかけるように、人としての感情が欠落した目の前の女は言った。

「元気な赤ちゃん産んで、頑張ってね」

 私は、これ以上ここにいたら何をするかわからないと自分で思うほど、頭に血が昇った。

『ふ……ざけんな!! 自分だって三人も子供いるくせに、人の気持ちわかんないの!?』

 ──叫びたかった。大声で怒鳴り散らしたかった。しかし、できなかった。産むことを許してくれた父が、となりにいる。何も言わず、腕を組んだままじっとしている。その姿は〝叫んだら負けだ〟と言っているように見えた。

 私は父の手を引いて、足早に立ち去った。もうこいつらの顔なんて一秒たりとも見ていたくなかったし、同じ場所の空気を吸うことすら嫌だった。

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