表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダメ女のエール ~笑顔のキセキ~  作者: F'sy
第四章・闘病
34/74

六日目、隔離・初日

 六日目ともなると、さすがに毎日の寝不足がこたえてくる。朝、腫れぼったい目を擦りながら軋む体を起こすと、今までとは違った気怠さがあるのを感じた。

(なんだか、やけにぼーっとする……。体も熱いし……)

 額に手を当てると、少し熱い気がした。風でも引いてしまったのだろうか。

(せっかく頑張れてたのに……。気、張り過ぎたかな?)

 検尿を済ませた頃、ちょうど看護師さんが検温にやってきた。私は念のため、体の熱さと怠さを伝えてから体温計をわきに挟んだ。


 今日も箸が進みそうにない朝食が運ばれてきた時、ピピ……と体温計が鳴った。──三十七度四分。それを見た看護師さんが言う。

「あー、ちょっと熱あるね。今朝、採血したでしょ? それで詳しくわかると思うよ」

「うん」

(やっぱり風邪かなぁ。体力落ちてるし、なかなか治らなそう……)

 初めは安易にそう考えていたが、時間の経過とともに体は重くなってゆく一方だ。


 採血の結果、白血球の数値が四〇〇であることがわかった。

(やっぱり風邪じゃなかった……。そうだよね、病院で風邪なんて……)

 この数値は、健康な人で平均七〇〇〇前後らしい。今の私は、言うまでもなく低すぎる。この数値が一〇〇〇以下に低下すると、自分や自分のまわりを清潔な環境に保たなくてはいけない。要するに〝隔離〟されるのだ。医師、看護師以外とは接することができなくなるため、他の患者がいるこの病室からも出される。


 下限値を大幅に下回った私は、すぐに別の病室へ移されることになった。

「あ、先生。家に連絡しておきたいんですけど、いいですか?」

「そうだね、いいよ」

 明日は日曜なので父が子供たちを連れてくる予定だったが、残念ながら会えなくなってしまった。きっと私よりも、子供たちのほうが楽しみにしていただろう。

 父に電話して事情を説明したあと、ユヅキとジョウの声も聞かせてもらった。

「……わかった。頑張ってね、ちゃーちゃん」

 寂しそうにユヅキが言う。

「誰? ちゃーちゃん? ちゃーちゃーん!」

 うしろで大声を出したのはジョウだ。まだ状況を理解できる年齢ではないので、無邪気に私のことを呼んでいる。その声に、私は少し微笑んだ。比べてユヅキは、もう大体のことはわかっている。

 わが子ながら、偉いと思う。わがままも言わず、逆に私のことを励ましてくれる。私も、もっとしっかりしなければ……。


 今までの病室からさほど離れていないにもかかわらず、移った先の病室にたどり着いた時にはすでに息を切らせていた。怠さはこの時点でのピークに達していて、体全体が熱く、重く、ほぼ点滴台にしがみつくようにして歩いてきた。


 私のイメージしていた〝隔離部屋〟──テレビドラマか何かで見たものだと思う──は、ひとつだけ置かれたベッドのまわりを透明なビニールのカーテンで覆った、機械の音しかしない無機質で閉鎖的な空間だった。しかしそこは、ベッドがひとつということ以外は今までとなんら変わりのない、単なる一人部屋だった。


 ベッドに横になると、すぐに先生が「白血球を上げる注射打つよ」と言った。

(また注射……?)

 副作用の説明で知らされていたはずだが、この時はそんなことを思い出す余裕などなかった。

 小瓶に刺した注射器が、薬液を吸い上げる。腕に針を刺す直前になって先生が言う。

「痛いと思うから、頑張って」

「──え? そう──」

 なの? と言い終える間もなく、針が私の腕に刺さった。

「いっ……! たい!」

 言うだけあって飛び上がるほど痛い。ただの注射がここまで痛いとは思わなかった。CVと同じとは言わないが、それに近いほどだ。

「ごめんねー、もう終わるよー。──はい、終わり」

「……ホント痛い……。先生、もっと早く言ってよ……」

「ごめんごめん。あ、じゃあ先に言っとくよ。この注射さ、数値が上がるまで打たなきゃいけないんだよ」

「えぇ〜? どれぐらいで上がる?」

「うーん、わからないなぁ。かなり低いからね。抗ガン剤終わったばっかりで体力も落ちてるし、結構かかるかもね」

「そう……。注射、一日一回?」

「あんまり上がらないと、様子見ながら朝晩打つよ」

「……」

「すぐ上がってくれるといいね」

「……うん」

 先生の優しい言葉も気休めにしか聞こえず、私はため息まじりの返事しかできなかった。


 昨日までで下痢は治まりつつあるが、吐き気だけは強烈なままいつまでも続いている。きっともう、私の体は悲鳴を上げているに違いない。大声を出してもいいなら、本当に悲鳴を上げたいぐらいだ。とはいえ、そんな体力も気力もないのだが……。


 夜中、酷い寒気を感じてくると同時に体の重さも増してきた。起き上がるのも大変で、ベッドからトイレまでのわずかな距離を歩くことすら困難だ。そのため、吐く時はベッドの脇に置かれたプラスチックの容器を使った。食事を摂っていないので、吐瀉物の臭いがないのがせめてもの救いだ。

 ……今夜もどうやら、あまり眠れそうにない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ