四日目
今日は友達が来てくれた。
保育園で仲良くなった、ママ友達のナミさん。私にとっては母親的な存在──こんなことを言ったら怒られるかもしれない──の、六歳年上のお姉さんだ。
『今日、行っても平気?』とメールが来た時は、少し迷った。今はいくらか具合が良いが、昨日より少しは、という程度だ。一昨日から具合の悪い状態が〝普通〟になっているので、来てもらってもきっと話せなくなる。同じ病室の人たちと話していても、時間が経つにつれて自分の声に抑揚がなくなってくるのがわかるぐらいだ。
(やっぱり、もう少し調子のいい時にしてもらおう……)
そう思って、メールを返そうとした。
(……でも、これから調子の良くなる時なんてあるかなぁ?)
一昨日、シュウが来てくれた時にも思ったこと──きっとこれから先、抗ガン剤を流し終えるまで具合が良くなることはないだろう。それならば、会える時に会っておいたほうがいいかもしれない。
私はナミさんに『うん、大丈夫。ありがとう、待ってるよ。』とメールを返した。
一時間もしないうちに、差し入れを持ったナミさんが病室へ入ってきた。
「よ。調子どう?」
「う〜ん……イマイチ、かな」
「だろうね、その顔じゃ」
「ありがとね、わざわざ」
「気にしない。あんたは早く治せばいいの」
ナミさんはさっぱりした性格で、まさにお姉さんといった雰囲気の女性だ。私と同じくシングルマザーで、そういった話にも理解を示してくれるので信頼も厚い。
来てくれたことが嬉しくてついテンションを上げて話してしまったが、二十分もすると具合の悪さが酷くなり、声のトーンが一気に落ちる。
「そうかぁ……。──ん? あんた、大丈夫?」
「ん……。ちょっと、つらい……」
「なんだ、早く言いなよ。トイレ行く?」
「ううん、大丈夫」
「そう。じゃ……何もできないだろうから、私は帰るよ。ゆっくり横になってな」
「ごめんね」
「病人が謝らない」
「……うん。ありがと」
「じゃあね。少し良くなったら連絡して。いろいろ持ってくるからさ」
「うん」
やはりすぐに帰らせてしまうことになった。しかし、ナミさんと話せて良かったという気持ちは大きいので、今日来てもらったのは正解だった。
もう一度「ありがとう」と言うと、ナミさんは笑顔だけ見せて病室を出ていった。
今日も夕食後を含めて何度も嘔吐した。下痢も続いている。肉体的なダメージはもちろん、精神的にもかなりつらい。
消灯時間になり、ベッドに備え付けの小さなライトも消す。昨晩にも感じたことだが、部屋の灯りが消えると私の心はより大きな不安に支配されてしまう。初日のような奇妙で恐ろしい夢を見るのが怖いのではなく、なんだか取り残された気分になってしまうのだ。
四人部屋なので、まわりには他の患者さんがいる。病室には、少し離れた所にあるスタッフステーションの灯りがわずかだが差し込んでいるし、当然そこには看護師さんたちがいる。だがベッドに横になっていると、体の内側から焦りや怯えが滲み出てくる。
きっと子供の頃の記憶が──『夜、目が覚めると誰もいない。お母さんは昼間なのに寝てる。なんで?』──すでに参っている神経に追い打ちをかけているのだと思う。
(今日はちょっとだけ、カーテン開けとこう……)
なぜか昨夜はその行為に抵抗を感じたのだが、このままでは本当にどうにかなってしまいそうだったので、私はゆっくり体を起こしてカーテンに手をかけ、横に滑らせた。少し開けるとすぐに廊下の薄明かりが見え、緊張していた体の筋肉が徐々にほぐれてゆくのがわかる。
(はぁ……。昨日もこうすれば良かったなぁ……)
不安感はだいぶ小さくなったが、それでも完全に取り除くまでには至らない。この不安定に上下する気分の波は、病気を治さなければ治まらないだろう。
病気だけでなく、自分自身とも闘わなくてはならない。