三日目
寝不足のまま、朝がやってきた。
食事が運ばれてきても、食べたあとのことを考えると箸が進まない。普段は人一倍食欲のある私が、まさか食べることを躊躇するとは思いもしなかった。
(はぁ……気持ち悪い……。どうせ食べても吐いちゃうし……)
しかし、食べなければ点滴をしている期間が長くなり、余計につらい思いをすることになる。
(……しょうがない、食べよ……)
悩んでいる間にすっかり冷めた朝食に、ようやく箸をつける。それでもなかなか口へ運ぶ勇気が出せずに皿の上でおかずを転がしていたが、あまり時間をかけると下げられてしまうので、少しだけ摘んで口に入れてみる。その瞬間、拒否反応のように吐き気が強くなり、我慢して数回噛んで飲み込むと、胃にたどり着く前にもう逆流してきた。
(うぅ……やっぱりダメ……。でも食べなきゃ……)
食べては嗚咽、食べては嗚咽を繰り返しながら半分ほど食べたが、こんな感じではまったく食べた気がしない。私は諦めて、来たるべき嘔吐に備えてトイレに入った。
数分後には思ったとおりの状態になり、しばらくトイレから出てこられなかった。それ自体もつらいが、吐いたからといって胃のむかつきが治まるわけではないのが、またつらい。
息を切らせてようやくトイレから出てくると、今度はお腹が痛くなってきた。初めは胃の中が空っぽだからだろうと思っていたが、胃だけでなく下っ腹まで痛くなってきたので、だんだん不安になる。
そのうち食べてもいないのに催してきたので、トイレに行くと……下痢だ。同時にお腹がぎゅうっと痛む。限界を感じた私は、看護師さんを呼んで症状を伝え、先生に来てもらった。
簡単な検査をした結果、急性腸炎という診断が下された。入院前の説明では聞かなかった症状だが、これも副作用である可能性が高いようだ。
変わらず続く吐き気と断続的にやってくる腹痛に、私は死んだようにベッドに横になり動けなくなっていた。昼食が運ばれてきても、箸を握ることはおろか見るのも嫌になる。
(……そういえば、吐き気止め打ってるんだよね? 全然効かないじゃん……)
副作用について記された紙を棚から取り出して読むと、確かに『吐き気止めを充分に使う』と書いてある。しかし続けて『完全に消すことはできない場合もある』とも書いてある。
(場合って……こんなの効く人いる? 打たなかったらもっと酷いってこと? ……これ以上なんて、想像できない。したくもない……)
嘔吐と下痢に体力を奪われ、抗う気持ちを持てずにいた。酸欠になった時のように朦朧とした頭には、弱音ばかりが渦巻いている。
(まだ三日目なのに……)
(もう無理。もう限界……)
(助けて……)
こんなものが治療だというなら、もうやめてしまいたい。やめて、一年だろうが半年だろうが残りの人生を楽しく生きたい。
──『早く良くなってね』
昨晩電話した時の、泣きながら言うユヅキの声が脳裡をよぎる。受話口の向こうでは、ジョウも「ちゃーちゃーん!」と私を呼びながら泣いていた。……もう、泣かせたくない。
それに、一度は私のもとから去ろうとしたシュウも、重い足枷に繋がれるとわかっていながら戻ってきてくれた。彼の気持ちにも応えたい。
病気のことを話した数少ない友達も、みんな応援してくれている。『何かあったらいつでも呼んで』──今の私には、その言葉がとても心強い。
(……頑張って乗り越えなきゃ。入院する前も、そう決めたんだもん。早く元気にならなきゃダメだね……)
私は気を奮い立たせた。支えてくれるシュウや友達のため。そして、私の帰りを待っている子供たちのために。まだまだ泣き言を言っている場合ではない。