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ダメ女のエール ~笑顔のキセキ~  作者: F'sy
第四章・闘病
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抗ガン剤投与・初日

 今朝は早くから、先生や看護師さんたちが慌ただしく走り回っていた。

(バタバタしてる……。なんかこの雰囲気、やだな……)

 昨日あれほどシュウや子供たちに勇気をもらったのに、いざとなると逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。


 ベッドで横になっていた私のまわりに、いろいろな器具や点滴のパックなどが置かれ始める。

(あぁ〜、やっぱ怖いよ〜……。点滴だけで、こんなにいろいろ必要なの?)

 準備が整ったのだろう、先生が私の横に来て言った。

「ではこれから、CVという点滴をします」

(CV? なんだろ……)

 先生の動きを目で追っていると、普通のものよりも太い注射針と、白く細長い管を用意していた。管はその注射針の穴よりも細く、長さは四十センチほどもあり、どう使用するのかまったく見当が付かなかったが、黙っていても先生がその問いに答えてくれた。

「針で血管に入り口を作って、その中にこの管を通していきます」

「え!」

 私は思わず大きな声を出してしまった。

(何それ……やっぱり普通の点滴じゃない。大体、針太すぎじゃない? 痛そ……)

「じゃあ始めます。──あ、見ないほうがいいですよ」

 臆病な私は言われてすぐに先生のほうから目を逸らし、恐る恐る左腕を差し出した。緊張して強ばった腕に、消毒液の染みた脱脂綿がとても冷たく感じられた。


 そして、次の瞬間。

「痛っ!」

 腕に激痛が走る。こんなに痛い注射をしたのは初めてだ。針を刺し終え、その中に管が通ってゆくのを感じる。

「……っ! いったーいぃ!」

 管が深く入り込むほどに痛みは激しさを増し、まるで全身が尖った芋虫が腕の中を這い上がってくるようだ。ぎゅっと目を閉じ、顎が痛くなるほど歯を食いしばる。痛みは少しずつ、胸のあたりにまで達してきた。


 途中、腕に生温さを感じた。痛みをこらえながら薄く瞼を開いてそちらを見ると、人より白いはずの私の腕が赤黒く見えた。驚いて目を見開く。瞬間、気を失いそうになった。


 腕を染める、血。太い注射針が血管の役割を補うようにして血が漏れ出し、針が刺さっているあたりを赤く濡らしている。気を保ちながら少し頭をずらして下に目をやると、血は床にも赤い斑点を作っていた。額にじっとりと脂汗が浮かび、顔が青ざめてゆくのがわかる。

「大丈夫ですか?」

 黙々と管を操っていた先生が、私に問いかける。……大丈夫なわけがない。どうでもいいから、早く終わらせてほしい……。

「痛い、です……!」

「もうすぐ終わります。……はい、終わりです」

(あぁ……もうやだ……)

 ようやく管を通し終え、あとはこの波打つような痛みが治まるのを待つだけ……と思っていると、先生の口から耳を疑うような言葉が発せられた。

「じゃあ、縫います」

「……えぇ……?」

「管が抜けないように、皮膚と管を縫い合わせます」

「……」

 私は絶句した。

(──もうやめて。もう痛いのは、嫌だ……)

 私が痛みに弱いのだろうか………まだ治療が始まったわけでもないのに、すでに精神的な限界を迎えたような気分だ。目にもうっすらと涙が浮かぶ。

 縫っている間はちくちくとした痛みがあったが、それまでの激痛のお蔭というべきか、それ以上の痛みはなく涙も流れるまでには至らなかった。


 まるで手術のような点滴の準備──数日後にCVが手術の一種だと知って、局部麻酔ぐらいしてくれても良かったんじゃないか、と思った──のあと、抗ガン剤の前に大量の吐き気止めを流してゆく。腕に通した管の道筋が冷たくなり、薬が流れている感覚が鎖骨の下あたりまで伝わってきて、まだズキズキと痛む箇所に新たな鈍痛をもたらす。


 ポタッ、ポタッ、と等間隔でゆっくり落ちる薬の雫を見ていると、時間の流れがとても遅くなったように感じ、私が思うよりも先が長いことを示しているようだった。

 数時間かけて吐き気止めの入った点滴パックの中身を半分以上流したところで、その残りと一緒に抗ガン剤のひとつを流してゆく。

 種類の違う薬を同時に入れるなんて、本当に大丈夫なのだろうか……。すべてが初めての経験なので、ちょっとしたことでも不安になる。


 すでに疲れきっていた私は動くのも億劫おっくうになり、ベッドに横になってテレビを観たり本を読んだりして、どうにか気を紛らわせていた。

 しかし、三時間おきに尿を採り、尿潜血があるかどうか見なければいけない──あれば陽性か陰性かを調べてもらう──ので、ずっと寝ているわけにもいかない。そのたびに重い腰を上げ、トイレに行った。

 腕の痛みは夕方近くまで続いたが、次第に気にならない程度にまで治まり、わずかながら安堵感を覚えた。


 消灯時間になり、吐き気がなかったことに気付く。すぐに現れるものだと思っていたので、また少し

だけ気分が晴れる。

 まだ慣れないベッドだが、疲れていたのでわりと早く眠ることができた。

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