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ダメ女のエール ~笑顔のキセキ~  作者: F'sy
第三章・発覚
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余命宣告

 翌朝、シュウからメールが来た。朝にメールなんて、私が送らないかぎり来たことがなかったので少し驚いた。

(珍しいなぁ〜、なんだろ?)

 不思議に思いながら、携帯を操作する。

『今日、電話で話したいことがあるんだ。仕事が終わったら電話してもいい?』

(……急に何? なんか、嫌な予感……)

 私は気持ちをそのままメールに打って返した。

『何? なんか怖い。メールじゃダメなの?』

『大事なことだから……。じゃあ、あとで電話するね。』

 ──きっと良くないことだ。勝手にそう思ったが、こういった勘は意外と当たる。今すぐ言わないなら、わざわざ前置きなんかしないでほしい。

 朝からテンションが下がり、いろいろな不安が頭をよぎる。もしかしたら、私にとって最悪の内容かもしれない……。


 彼から連絡が来るまで、不安を抱えたまま過ごさなくてはならなくなった。気を紛らわせてくれるものもない。昨日とはうって変わって曇り空の一日、落ち着かない気持ちで夜を待った。


 あまり食欲の出なかった夕飯も終わり、子供たちを寝かせてから少し経ったところで携帯が鳴った。時間は十時を過ぎていた。

(とっくに仕事終わってるのに、なんでこんな遅いの……?)

 疑念を抱きつつ、画面も見ずに受話口を耳に当てる。

「……」

 私は何も言わなかった。

「……もしもし」

 普段より少しトーンの低い、シュウの声。

「……もしもし。どうしたの?」

「うん……えーっと……」

 数秒ほどの沈黙。

(何よ……。黙ってないで早く言ってよ)

 私の考えていることが伝わったかのように、シュウが話し始めた。

「……自分でもどうしていいのかわからなくて……この先、サユと結婚を考えてるなら、一緒に病気と闘っていこう! って迷わずそう言ってあげられるんだけど……。ずっと一緒にいたいとか、結婚したいとか、今は考えられないんだ。そんな中途半端な気持ちじゃ、サユのこと支えていけない。支えてく自信もない。こんな時に申し訳ないけど……正直な今の気持ちです」

 半ば予想していた内容だったが、言葉にされると思いのほかショックは大きく、私は何も言えなかった。──が。

(……ホントに、なんでこんな時に。なんでそんなこと言えるの? なんなの?)

 何度も練習を重ねたセリフを読むような彼の話し振りが、ショックをすぐ苛立ちに変えた。私はわざとわかりきった質問をした。

「……それって、別れたいってこと?」

「──うん。そうなる」

(は? 「そうなる」? 何、その言い方……。病気の彼女の面倒なんて見てられないってこと? てゆうか、結婚とかあんま関係ないじゃん……)

「なんで? いきなり? 昨日まで頑張ろうって言ってくれてたじゃん! なんで!? やだよ!」

「……ごめん。俺にはやっぱり、支えてく自信がないんだ」

「やだ……別れたくない」

「でも。……俺には何もできないよ。ごめん」

 その言葉を最後に、彼は一方的に電話を切った。取り残された私はしばらく携帯を耳に当てたまま、ツー、ツー、という今はひと際寂しく感じられる音を聞いていた。

 そのうち音も消え、がっくりと携帯を持つ手を床に落とす。焦点の合わない目でどこかを見つめたまま、頭の中には『なんで?』という言葉だけが繰り返すばかりだった。


「……ユ。サユ」

 名前を呼ばれ、ぼやけていた視界のピントが合う。ゆっくり振り返ると──幸い、泣いてはいなかった──父が一枚の紙を持って立っていた。

「……何?」

「これを見ろ」

 なぜか少し乱暴に渡されたその紙は、私のカルテのコピーだった。

(……そうだった。お父さん、今日病院行ったんだ)

 コピーを読んだ私は、なぜ父と私が別の日に説明を受けたのか、その理由を知った。

 そこには、

〝予後は半年から一年と考えている(本人には伝えていない)

 もっと早い可能性もある(肺動脈が詰まると突然死)

 急変時、家族としてはNO CPRを希望(蘇生処置をしない)〟

 と書かれていた。


 ……私は愕然とした。とても自分のこととは思えない。命に期限を設けられるなんて──。

 しかし今、目の前に信じがたい現実が突きつけられている。疑う余地はない。そんな権利は、私には与えられていない……。

 今までいろんな不安は抱えてきたが、〝死〟に関しては考えなかった。考えないようにしていたのではなく、そんなことは思いもしなかったから。


 ただ呆然とその紙切れを見つめることしかできずにいた私に、父が語気を強くして言った。

「お前の自分勝手な行動が、いつもたくさんの人に迷惑を掛けるんだ。本当はお前には見せちゃいけないんだろうが、お前みたいなのはそれを知って、もっと意識を高めるぐらいがちょうどいいんだ」

 ……相変わらずこの人は、時と場合を選ばず厳しい。子供のことなどいろいろと迷惑を掛けたのはわかってるし、申し訳ないと思ってる。でも、それと今回のことは関係ないのに。そうじゃなくても気持ちが弱ってる今、昔のことを持ち出してまで厳しくされたくない。


 だが今はそれよりも、父の言葉を考えるのが先だ。

(そんなこと言われても……どうしたらいいの? 考えてどうにかなるの? 私、どうすればいいの?)

 わからない。とにかく、死にたくなんかない。誰か助けて。──シュウ、助けて……。


 父が出ていって、再びこの部屋には静寂が戻った。うるさいくらいの耳鳴りの中、私は手にした一枚の紙を読みもせずにずっと見つめていた。

 そのうち窓がトントンと音を鳴らし、外では雨が降り始めたことを知らせる。魂が抜けたようになってしまった私の代わりに、空が泣いてくれているようだった。


 ……どれくらいその場に座り込んでいただろう。どれほどこの難しい問題に頭を悩ませていただろう。

 解決策なんてなかった。ただ、自分なりの答えを導き出した私は、鈍い手つきで携帯を掴みメールを打ち始めた。


『シュウには言わないほうがいいと思ったんだけど……。

 どうしても離れたくないし、そばにいて欲しいと思ったの。

 だから言うね。さっき知ったこと。

 〝予後は半年から一年。突然死あり。蘇生処置はしない〟って。


 ……でもね、キセキはあると思う。そう願ってる。

 私は絶対、治る。生きるから。キセキを信じて、頑張ってみる。


 だから……もう少しだけ、一緒にいてもらえませんか?

 ……お願いします。』


 ──余命宣告なんかされた私と一緒にいても、悲しい思いをさせてしまうだけ。彼のためを思うなら別れるべきだと、何度もそう思った。私のわがままで、彼の人生をも狂わせてしまうことになりかねない。私がそんなこと、しちゃいけない……。


 でも私はきっと、誰かがそばにいてくれないとダメ。もちろん、子供たちが心の支えになるのは間違いない。私がいなくなった時のことを考えたら、死ぬわけにはいかないと思える。それに、責任を果たさないまま二人の前から姿を消せない。父親のいない家庭に産んでしまった、大きな責任を……。

 そんな想いがありながらもそれだけで頑張れないのは、母親として失格だろうか。ただ、子供たちはどんな状況でも母親である私を頼ってくるだろうし、自発的に振り絞れる気力にも限界があると思う。


 そんな時、私も誰かに頼りたい。……いや、本当はいつも頼っていたい。好きな人に、そばにいて欲しい。それが迷いに迷ってたどり着いた、私の答え。

(ごめんね、シュウ……。私なんかと付き合わなきゃよかったね……。でも今の私を救えるの、シュウしかいないよ。ごめんね……)

 ベッドにうつぶせて枕を濡らす。変わらない返事でも、返事が来なくても、これ以上彼を追い詰めるのはやめよう。私のわがままは、これでおしまい──。

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