病人としての自覚
久しぶりに──とはいえ一週間ほどだが──シュウに会えることが嬉しかった。
検査もないのに病院にいても仕方がないので、今朝すぐに外泊許可をもらって、治療が始まる前日の夕方まで家に戻ることにした。
その前に、昨夜のメールでシュウと帽子を買いに出る約束をしてある。昼前までに準備を済ませ、彼が来る二十分も前に病院の入り口に立っていた。
ほぼ約束どおりの時間に彼の車が見えてきて、私は少しでも早く彼の顔が見たくて小走りで車へ近づいた。
「おはよ〜!」
「おはよう」
シュウはいつもどおりの笑顔だった。私の笑顔で応え、助手席に乗り込む。彼も、彼の車の匂いも、走り出した車の中で浴びる陽の暖かさも、いつもと変わらず心地好い。
病院の近くにあるショッピングモールまで行き、シュウと相談しながら帽子を選ぶ。帽子ひとつでも形や色など様々なので、見ているだけでも飽きない。私はまず、色から選ぶことにした。
「何色がいいかなぁ〜?」
「うーん……。これから夏だし、明るい色のがいいんじゃない?」
「そっかぁ。でも私、黒が好きなんだよね〜」
こうしていると、自分がガンであるなどとは思いもしない。
「……好きなのは知ってるけどさ、黒は気持ちも暗くなるからやめない?」
──はっとした。シュウのその言葉を聞いた瞬間は、今だけでも病気のことを忘れていたいのに……と思ったが、自分が一番真剣に考えなければいけない、と反省させられた。もしかしたら、私以上にシュウのほうがいろいろと考えてくれているのかもしれない……。
「……じゃあ〜、ピンクか白、かな♪」
「いいね!」
彼はすぐに笑顔でそう言ってくれた。
色は決めたものの、いくつか店を回るとどれも可愛かったので、なかなか決まらずに一時間以上は迷っていた。ようやく二つ選んでどちらにしようか見比べていると、
「迷ってるなら、両方買ってあげるよ」
とシュウが言ってくれた。あまりに長い時間迷っていたので、呆れたのかもしれない。私は素直に彼に甘え、
「ホント? ありがと〜!」
と、白とピンクの二つを買ってもらった。病気のためとはいえ、普通にプレゼントをもらったような感じがして嬉しくなった。
夕暮れに包まれた帰りの車中、私は袋から帽子を取り出して、眺めたり被ったりしていた。
「可愛いのがあって良かったね」
「うん、ありがと!」
シュウに自宅前まで送ってもらい、「またね」と言い合って彼の車が遠ざかる。少し寂しさを感じつつ家に戻ると、急にドキドキと心臓の鼓動が速まってきた。
(抗ガン剤なんて……。私、大丈夫かな……耐えられるかな……。終わったら、ちゃんと治ってるかな……?)
消極的な思いばかりが、頭の中に、胸の奥に巡る。
「ちゃーちゃん」
不意に耳に入った声のほうに顔を向ける。そこにはユヅキがジョウを、子分を従えるかのようにして立っていた。
「どうしたの?」
私は二人に不安が伝わらないように、精一杯の笑顔で言った。
「また病院行っちゃうの?」
「ごめんね。でも、明後日の夕方までは家にいるよ。ちゃーちゃんが病院戻ったら、ジョウのことよろしくね。喧嘩しないで、仲良くしててね」
「……うん。早く帰ってきてね」
ユヅキの寂しそうな顔……。今にも泣き出しそうなのを必死にこらえている。そんな表情を見ていると、私が泣きそうになってしまう。──まだ六歳の子が我慢しているのに、私が涙を見せるわけにはいかない。この子たちのためにも、頑張らなければ。
「うん。早く帰ってくるよ。約束する。……指切りしよっか!」
そう言って絡めたユヅキの指は、心なしかいつもより力が強かった。